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メイベルが一人でヒグマを1頭打ち負かしたという噂は、一夜にして王都中に広がった。
国民はその勇敢な行動に驚きと敬意を抱き、メイベルの名は「熊撃退令嬢」として有名になる。

場所が離宮であったことと、王妃様のお茶会で起きた出来事だったため、メイベルは国王陛下から王宮へ招待を受けた。
国王陛下はメイベルに特別な勲章を授け、その献身を公式に認めることになった。

王妃様からは丁寧なお手紙をいただいた。

『あなたの勇敢な行動と卓越した技量に、私は深く感謝しています。あなたが一人でヒグマを打ち負かしたことは、我が国の誇りであり、国民に希望を与えました。その勇気と決意は、多くの人々にとっての励みとなるでしょう』


しばらくは屋敷から出られないほど、たくさんの人の訪問を受ける事になり、お父様も驚いていた。

「そんな技をどこで覚えたんだ。学院で騎士科にいる訳でもないのにメイベルが槍を扱えるなど、私は知らなかった」

「お父様、護身のため密かに学んでいました」

そんな時間があったのだなと、不思議がってはいたが、自分の娘が文武両道だった事に満更ではないようだった。
お茶会に参加していた貴族たちからお礼の品が届けられたり、お茶会やサロンへの招待が多く寄せられた。

「今度、陛下との謁見が決まった。そのつもりで準備しておくように」

「承知しました」

国王陛下が勲章を授与する式典は、格式高く厳粛な儀式だ。
2ヶ月後に行われることが決定した。



ヒグマ退治から、侯爵家の護衛の数が増え、私は他の者たちから距離を置く生活が始まった。

自由に行動できない状態で、学院と屋敷との往復を繰り返している。
唯一許されたのは、王妃様からの誘いのお茶会だけだった。

「なぜ、私が一緒に行けないのかしら?」

お母様は何度も宮殿へ同行したいと言ってきたが、王妃陛下が呼んでいるのはメイベルだけだ。

「さぁ、何故なのでしょう。個人的なお茶のお誘いですので、正式な手続きを省略されたいのではないでしょうか」

「そうね……侯爵家の夫人である私を呼ぶと、公式に訪問していることになるからかしら」

ええ、そうですねと。私は口元を軽く上げて穏やかに笑った。


***


2週間が経ち、レインが花束を持って侯爵邸へやって来た。
応接室で、家族全員がレインを待っていた。

レインは私の体の状態を訊ね、心配していたと言った。
それから、複雑な表情でお父様に茶会での状況を説明した。

お父様はいろんな方から話を聞いているし、当時の状況は分かっているだろう。
私はただ黙って事の成り行きを見守っていた。

「私の心は張り裂けそうでした。しかし、無謀に突進することは避け、戦況を見極める冷静さを保ちました」

レインは全て自分の良いように報告する。もううんざりだ。私の行為を無謀だと取ったなら、レインが助けに来てくれればよかっただろう。それもせずに傍観者となり、自らを冷静だったという。

彼の言い訳を聞き、これでもまだ、お父様が婚約を継続するつもりなら、私は家を出て行く。

「お父様、私はあの時、信頼を裏切られたと感じました。命がけで戦った私を助けることなく、傍観していたレインに失望しました。このまま彼と結婚をする気にはなれません。ですから婚約は破棄します」

部屋の中は静まり返り、皆の呼吸音だけが響いていた。

レインの顔には緊張と不安がはっきりと表れている。
お父様の眉間に深い皺が寄り、目は鋭くレインを見つめている。

「ウィスパー伯爵令息。君は話によると、メイベルを一人戦わせ、離宮内に自分は逃げ込んでいたと聞いた。その理由が、サーシャやご婦人方を守るためだと言う。そして戦況を見てから行動を起こそうとしていたという。だが、それでは逃げだと捉えられても仕方がない。騎士科にいる男が、婚約者を見捨てたようにしか思えない。王妃様や他の貴族たち大勢に君の様子は見られていただろう」

「逃げ……っ」

レインは血の気が引いたように青白い顔になり、言葉を詰まらせた。

「メイベルよりもサーシャを守ろうとした。君の気持ちは、婚約者のメイベルには向いてないことは明らかだ。だから、メイベルとの婚約は解消させてもらう」

「そ、そんな……」

レインは肩を落とし、拳を強く握りしめている。




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