15 / 28
15
しおりを挟む
メイベルが一人でヒグマを1頭打ち負かしたという噂は、一夜にして王都中に広がった。
国民はその勇敢な行動に驚きと敬意を抱き、メイベルの名は「熊撃退令嬢」として有名になる。
場所が離宮であったことと、王妃様のお茶会で起きた出来事だったため、メイベルは国王陛下から王宮へ招待を受けた。
国王陛下はメイベルに特別な勲章を授け、その献身を公式に認めることになった。
王妃様からは丁寧なお手紙をいただいた。
『あなたの勇敢な行動と卓越した技量に、私は深く感謝しています。あなたが一人でヒグマを打ち負かしたことは、我が国の誇りであり、国民に希望を与えました。その勇気と決意は、多くの人々にとっての励みとなるでしょう』
しばらくは屋敷から出られないほど、たくさんの人の訪問を受ける事になり、お父様も驚いていた。
「そんな技をどこで覚えたんだ。学院で騎士科にいる訳でもないのにメイベルが槍を扱えるなど、私は知らなかった」
「お父様、護身のため密かに学んでいました」
そんな時間があったのだなと、不思議がってはいたが、自分の娘が文武両道だった事に満更ではないようだった。
お茶会に参加していた貴族たちからお礼の品が届けられたり、お茶会やサロンへの招待が多く寄せられた。
「今度、陛下との謁見が決まった。そのつもりで準備しておくように」
「承知しました」
国王陛下が勲章を授与する式典は、格式高く厳粛な儀式だ。
2ヶ月後に行われることが決定した。
ヒグマ退治から、侯爵家の護衛の数が増え、私は他の者たちから距離を置く生活が始まった。
自由に行動できない状態で、学院と屋敷との往復を繰り返している。
唯一許されたのは、王妃様からの誘いのお茶会だけだった。
「なぜ、私が一緒に行けないのかしら?」
お母様は何度も宮殿へ同行したいと言ってきたが、王妃陛下が呼んでいるのはメイベルだけだ。
「さぁ、何故なのでしょう。個人的なお茶のお誘いですので、正式な手続きを省略されたいのではないでしょうか」
「そうね……侯爵家の夫人である私を呼ぶと、公式に訪問していることになるからかしら」
ええ、そうですねと。私は口元を軽く上げて穏やかに笑った。
***
2週間が経ち、レインが花束を持って侯爵邸へやって来た。
応接室で、家族全員がレインを待っていた。
レインは私の体の状態を訊ね、心配していたと言った。
それから、複雑な表情でお父様に茶会での状況を説明した。
お父様はいろんな方から話を聞いているし、当時の状況は分かっているだろう。
私はただ黙って事の成り行きを見守っていた。
「私の心は張り裂けそうでした。しかし、無謀に突進することは避け、戦況を見極める冷静さを保ちました」
レインは全て自分の良いように報告する。もううんざりだ。私の行為を無謀だと取ったなら、レインが助けに来てくれればよかっただろう。それもせずに傍観者となり、自らを冷静だったという。
彼の言い訳を聞き、これでもまだ、お父様が婚約を継続するつもりなら、私は家を出て行く。
「お父様、私はあの時、信頼を裏切られたと感じました。命がけで戦った私を助けることなく、傍観していたレインに失望しました。このまま彼と結婚をする気にはなれません。ですから婚約は破棄します」
部屋の中は静まり返り、皆の呼吸音だけが響いていた。
レインの顔には緊張と不安がはっきりと表れている。
お父様の眉間に深い皺が寄り、目は鋭くレインを見つめている。
「ウィスパー伯爵令息。君は話によると、メイベルを一人戦わせ、離宮内に自分は逃げ込んでいたと聞いた。その理由が、サーシャやご婦人方を守るためだと言う。そして戦況を見てから行動を起こそうとしていたという。だが、それでは逃げだと捉えられても仕方がない。騎士科にいる男が、婚約者を見捨てたようにしか思えない。王妃様や他の貴族たち大勢に君の様子は見られていただろう」
「逃げ……っ」
レインは血の気が引いたように青白い顔になり、言葉を詰まらせた。
「メイベルよりもサーシャを守ろうとした。君の気持ちは、婚約者のメイベルには向いてないことは明らかだ。だから、メイベルとの婚約は解消させてもらう」
「そ、そんな……」
レインは肩を落とし、拳を強く握りしめている。
国民はその勇敢な行動に驚きと敬意を抱き、メイベルの名は「熊撃退令嬢」として有名になる。
場所が離宮であったことと、王妃様のお茶会で起きた出来事だったため、メイベルは国王陛下から王宮へ招待を受けた。
国王陛下はメイベルに特別な勲章を授け、その献身を公式に認めることになった。
王妃様からは丁寧なお手紙をいただいた。
『あなたの勇敢な行動と卓越した技量に、私は深く感謝しています。あなたが一人でヒグマを打ち負かしたことは、我が国の誇りであり、国民に希望を与えました。その勇気と決意は、多くの人々にとっての励みとなるでしょう』
しばらくは屋敷から出られないほど、たくさんの人の訪問を受ける事になり、お父様も驚いていた。
「そんな技をどこで覚えたんだ。学院で騎士科にいる訳でもないのにメイベルが槍を扱えるなど、私は知らなかった」
「お父様、護身のため密かに学んでいました」
そんな時間があったのだなと、不思議がってはいたが、自分の娘が文武両道だった事に満更ではないようだった。
お茶会に参加していた貴族たちからお礼の品が届けられたり、お茶会やサロンへの招待が多く寄せられた。
「今度、陛下との謁見が決まった。そのつもりで準備しておくように」
「承知しました」
国王陛下が勲章を授与する式典は、格式高く厳粛な儀式だ。
2ヶ月後に行われることが決定した。
ヒグマ退治から、侯爵家の護衛の数が増え、私は他の者たちから距離を置く生活が始まった。
自由に行動できない状態で、学院と屋敷との往復を繰り返している。
唯一許されたのは、王妃様からの誘いのお茶会だけだった。
「なぜ、私が一緒に行けないのかしら?」
お母様は何度も宮殿へ同行したいと言ってきたが、王妃陛下が呼んでいるのはメイベルだけだ。
「さぁ、何故なのでしょう。個人的なお茶のお誘いですので、正式な手続きを省略されたいのではないでしょうか」
「そうね……侯爵家の夫人である私を呼ぶと、公式に訪問していることになるからかしら」
ええ、そうですねと。私は口元を軽く上げて穏やかに笑った。
***
2週間が経ち、レインが花束を持って侯爵邸へやって来た。
応接室で、家族全員がレインを待っていた。
レインは私の体の状態を訊ね、心配していたと言った。
それから、複雑な表情でお父様に茶会での状況を説明した。
お父様はいろんな方から話を聞いているし、当時の状況は分かっているだろう。
私はただ黙って事の成り行きを見守っていた。
「私の心は張り裂けそうでした。しかし、無謀に突進することは避け、戦況を見極める冷静さを保ちました」
レインは全て自分の良いように報告する。もううんざりだ。私の行為を無謀だと取ったなら、レインが助けに来てくれればよかっただろう。それもせずに傍観者となり、自らを冷静だったという。
彼の言い訳を聞き、これでもまだ、お父様が婚約を継続するつもりなら、私は家を出て行く。
「お父様、私はあの時、信頼を裏切られたと感じました。命がけで戦った私を助けることなく、傍観していたレインに失望しました。このまま彼と結婚をする気にはなれません。ですから婚約は破棄します」
部屋の中は静まり返り、皆の呼吸音だけが響いていた。
レインの顔には緊張と不安がはっきりと表れている。
お父様の眉間に深い皺が寄り、目は鋭くレインを見つめている。
「ウィスパー伯爵令息。君は話によると、メイベルを一人戦わせ、離宮内に自分は逃げ込んでいたと聞いた。その理由が、サーシャやご婦人方を守るためだと言う。そして戦況を見てから行動を起こそうとしていたという。だが、それでは逃げだと捉えられても仕方がない。騎士科にいる男が、婚約者を見捨てたようにしか思えない。王妃様や他の貴族たち大勢に君の様子は見られていただろう」
「逃げ……っ」
レインは血の気が引いたように青白い顔になり、言葉を詰まらせた。
「メイベルよりもサーシャを守ろうとした。君の気持ちは、婚約者のメイベルには向いてないことは明らかだ。だから、メイベルとの婚約は解消させてもらう」
「そ、そんな……」
レインは肩を落とし、拳を強く握りしめている。
2,143
お気に入りに追加
3,519
あなたにおすすめの小説
式前日に浮気現場を目撃してしまったので花嫁を交代したいと思います
おこめ
恋愛
式前日に一目だけでも婚約者に会いたいとやってきた邸で、婚約者のオリオンが浮気している現場を目撃してしまったキャス。
しかも浮気相手は従姉妹で幼馴染のミリーだった。
あんな男と結婚なんて嫌!
よし花嫁を替えてやろう!というお話です。
オリオンはただのクズキモ男です。
ハッピーエンド。
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
彼の大切な幼馴染が重い病気になった。妊娠中の婚約者に幼馴染の面倒を見てくれと?
window
恋愛
ウェンディ子爵令嬢とアルス伯爵令息はとても相性がいいカップル。二人とも互いを思いやり温かい心を持っている爽やかな男女。
寝ても起きてもいつも相手のことを恋しく思い一緒にいて話をしているのが心地良く自然な流れで婚約した。
妊娠したことが分かり新しい命が宿ったウェンディは少し照れながら彼に伝えると、歓声を上げて喜んでくれて二人は抱き合い嬉しさではしゃいだ。
そんな幸せなある日に手紙が届く。差出人は彼の幼馴染のエリーゼ。なんでも完治するのに一筋縄でいかない難病にかかり毎日ベットに横たわり辛いと言う。
それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~
柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。
大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。
これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。
※他のサイトにも投稿しています
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
【完結】これからはあなたに何も望みません
春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。
でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。
結婚して三年が過ぎ。
このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。
リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。
※完結まで作成済み。11/22完結。
※完結後におまけが数話あります。
※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。
「期待外れ」という事で婚約破棄した私に何の用ですか? 「理想の妻(私の妹)」を愛でてくださいな。
百谷シカ
恋愛
「君ならもっとできると思っていたけどな。期待外れだよ」
私はトイファー伯爵令嬢エルミーラ・ヴェールマン。
上記の理由により、婚約者に棄てられた。
「ベリエス様ぁ、もうお会いできないんですかぁ…? ぐすん…」
「ああ、ユリアーナ。君とは離れられない。僕は君と結婚するのさ!」
「本当ですかぁ? 嬉しいです! キャハッ☆彡」
そして双子の妹ユリアーナが、私を蹴落とし、その方の妻になった。
プライドはズタズタ……(笑)
ところが、1年後。
未だ跡継ぎの生まれない事に焦った元婚約者で現在義弟が泣きついて来た。
「君の妹はちょっと頭がおかしいんじゃないか? コウノトリを信じてるぞ!」
いえいえ、そういうのが純真無垢な理想の可愛い妻でしたよね?
あなたが選んだ相手なので、どうぞ一生、愛でて魂すり減らしてくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる