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王宮でバラを鑑賞してお茶を飲む『王妃様主催のお茶会』の日がやって来た。

実際には、王宮より北にある離宮で行われた。バラの離宮と名付けられたこの離宮の庭園は広く、綺麗に管理されていた。
このお茶会に招待されることが、貴族たちには自慢になるようだった。

招待された貴族のご婦人やご令嬢は70名前後だ。

テーブル席も用意されているが、立食スタイルでバラを愛でながら話をするという茶会だった。

王妃が参加する事で、護衛騎士らもたくさんいて、離宮の庭は賑わっていた。

お茶会当日は、やけにサーシャのテンションが高かった。

「サーシャ、いくらメイベルも一緒にいるからと言って、はしゃぎ過ぎてはいけませんよ」

お母様がサーシャを注意した。

「だって、嬉しいんですもの!このお茶会は、たくさんの貴族令嬢たちも参加していますわ。華やかですし、後から騎士科の学生たちも来るらしいです」

若い騎士科の令息たちが参加すれば、それは親を交えた集団お見合いだ。

きっとそういう目的もあるのかもしれないと思った。

一応婚約者がいる状態の私より、サーシャがメインで話しかけられるのかと思いきや、そうではなかった。
あまり社交の場に顔を出さない私が珍しかったのか、いろんな人が声をかけてきた。

年頃の令息を持つ高位貴族の夫人たちからも、たくさん声をかけられた。
私とレインの仲がよくないことを、噂で聞いているのかもしれない。
実際はどうなのかと、話を聞きたそうにしている人たちもたくさんいた。

「お姉様、こちらはチャタール伯爵夫人ですわ!」

「ごきげんよう。チャタール伯爵様の荘園事業は素晴らしいですね」

会話の内容は豊富なつもりだ。

「あ、この方は、メリーナ嬢です」

「ごきげんよう。今年、社交界デビューされましたね」

私は顔を一度見たら忘れないし、貴族年鑑も暗記している。

「この方は……」

「カトレア夫人ですね。初めまして」

そつなく挨拶をこなす。
少なくともサーシャよりは礼儀作法をわきまえて、敬意を持って人と接することができるつもりだ。

王妃様からも声をかけられて、バラに託されたメッセージや花言葉の話を聞いた。
私はバラの神話の話をした。
知っていることはそれくらいだけど、ロマンティックな話に王妃様は興味深く聞き入ってくれた。

しばらくして、騎士科の若い生徒たちがお茶会の様子を見にきた。
その中にいたレインが私たちを見つけると、笑顔で傍までやって来た。

「やぁ、メイベル。今日は素敵なドレスを着ているね」

「まぁ、レイン様!お会いできてよかったですわ」

私に挨拶してきたレインに、サーシャが答えた。

その時……

キャーキャーと門の入り口付近で悲鳴があがった。
何事かと皆が注目する。
それと同時に会場が何だか異様な雰囲気に包まれる。
人々の悲鳴、予期せぬ事態に皆が反応して会場は騒然とする。

ここは離宮の宮殿の庭で、王宮から少し離れた場所にあった。
裏に広大な森があり、野生の動物が生息する。
周囲がざわざわと落ち着かず、不安や緊張が高まっている。

私は皆の視線の先を追った。

なんと!離宮の門から、3頭のヒグマが乱入してきたのだった。


一瞬の出来事だった。婦人たちの叫び声があがり、皆が逃げ惑う。騎士たちが何やら大声でまくし立てている。
王妃様の護衛が、王妃様を急いで宮殿内に誘導した。
とにかく皆、宮殿内に避難しなければならない。

騒ぎが大きくなるにつれ、ヒグマは興奮してきた。
耳は立ち上がり、周囲の音に敏感に反応している。巨大な前脚は地面を引っ掻き、爪の音が響き渡る。

そのうちの一頭が私たちに向かって歩いてきた。


ヒグマは我が国の森林や山地に生息している。
普段は王都にまで下りてくることはない。まさかこんなことが起こるなんて、誰も思ってなかっただろう。
ヒグマは強力で攻撃力が高く、特に驚かされたり威嚇されたりした場合は非常に危険だ。


「サーシャ、危ない!」

レインはサーシャに声をかけた。彼の目にはサーシャしか映っていなかった。

他の令嬢たちも叫びながら、騎士たちのもとへ走って行く。

ヒグマは私たちに向かって一直線に走って来た。
レインは剣を抜いて構えた。

サーシャを片手で抱き寄せるように庇っている。

ヒグマはサーシャではなく私に向かってくる。

まずい……私は丸腰だ。

そう思った時には遅かった。
ヒグマは雄叫びをあげて、私の目の前まで来る。毛に覆われた大きな顔で威嚇し、鋭い爪を持つ前足で、私を払い除けた。

次の瞬間、私の身体は宙を舞った。

全てがスローモーションのように流れていく。
落ちていく視線の先に、サーシャを庇うレインの姿を見た。彼はぎょっと目を見開きおどおどして、構えた剣は何の意味もなさなかった。

数メートル飛ばされて、地面に叩きつけられる瞬間、私は受け身の体勢を取った。

そして、そのまま地面をクルクルと転がりながら、壁の方まで滑って行った。

騎士たちが私の元へ駆け寄る。

「大丈夫か、立て!」

「いや、抱える!」

私は、助け起こそうとする騎士の手を振り払った。

「大丈夫よ!ケガはないわ。剣じゃない、槍を!」

瞬時に身体の状態を確認し、周りを見る。

側にいた騎士が一人だけ槍を持っていた。
ヒグマの大きな巨体と戦うには間合いが必要だ。

「槍を貸して!」

奪うように、騎士から槍を取り上げた。
私は靴を脱ぎ、裸足になりヒグマと対峙した。


3頭のうち2頭は他の騎士たちが応戦している。
残るは1頭。
千鶴は薙刀術の修行を積み、薙刀の名手としても知られていた。


こいつは、私が殺る。


ヒグマの喉から低く唸るような声が漏れ、私を敵だと認識した。

「な、何をしている!危ない下がれ!」
「やめるんだ!」

騎士たちが私を止めようとドレスを掴む。

「邪魔しないで!」

私はヒグマをまっすぐ見据えた。
ヒグマとの凄まじい緊張感の睨み合いに、騎士たちは後ずさる。

両手で槍を握り、肩幅ほどの間隔で足を開いて構える。
ヒグマが動くたびに、槍の先がその方向を追う。

狙うは面、籠手そして首。

私は薙刀の免許皆伝、武器が槍でもなんとかする。

槍は薙刀と違い柄が短い。だがその分、強度がある。
私は槍の柄と刃のバランスを巧みに使い、遠距離からヒグマに攻撃を仕掛けた。

その動きは流れるようでありながらも力強く、相手の隙を狙って鋭く突く方法は敵の意表を突いた。

私の槍での戦いは、非常にエレガントで、洗練されたものだった。



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