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私はお父様との口論を思い出していた。
お父様は、侯爵として長年人の上に立ち、重要な意思決定を行い、その決断に自信を持っている。
他人の意見やアドバイスをあまり考慮せず、自分の判断を優先する。
『上から抑え込むとお前は反抗するのだろう。だが、よく考えろ。婚約を解消してお前はどうする?侯爵家の跡継ぎにならないと言うのなら、お前は何になるんだ。私がレインとサーシャを結婚させ侯爵家を継がせると決めれば、お前はまた新しい婚約者を探すのだな?自分でか?それとも誰か目ぼしい者がいるのか?』
『ならばサーシャは何か決まっているのですか?何故、私が勉強や仕事の手伝いを放棄したら、たちまち将来の事は自分で何とかしろと言われてしまうのですか?サーシャはそもそも何もしなくても、お父様たちは見捨てたりしないでしょうね』
『サーシャはまだ16歳だ。メイベルはもう18だろう、先が決まらないのは問題だ。自分の発言には責任を持て。何も先のことを考えぬまま、思い付きで物を申せば、それに伴った責任が自分に生じるということを学ばなければならない』
『なぜ私だけ、辛く苦しい生き方をしてこなければならなかったのですか。なぜ、同じ家に生まれたのに、長女だと言うだけで責任の重さが違うのでしょう』
『跡継ぎなのだから、当たり前だろう!』
『跡継ぎなんて、こっちから願い下げです』
今まで何も言ってこなかった私が、ここまで反抗したのだ。
かなり衝撃を受けたのは間違いないだろう。
けれど、思い付きで物を申せば、それに伴った責任が自分に生じると言うお父様の言葉は正しい。
どうするのか先を決めてない状態での無謀な反抗は、自分の稚拙さを表に出しただけだった。
それを嫉妬していると取られたのなら、多分その通りだと思った。
思わず自分の置かれた状況に、皮肉と情けなさが混じった笑みが浮かんだ。
誰かの決定に従うだけの、まるで操り人形のような人生だ。
このまま言いなりにはなりたくなかったから、私は侯爵家の執務は放棄した。
無理やり、強制的に仕事をさせる事はできない。もう私は子供ではないし、犯罪を犯している訳でもない。
しばらくして、お父様も自分なりに考えたのだろう。
今まで自由な時間を与えず、厳しい教育をし過ぎていたことに対して、執事を介して私に休みを与えると言ってきた。
私の職務放棄ではなく、自分が与えた『休暇』にストライキの名前が変わった。
あくまで主導権は自分にあると主張したかったのだろう。
そもそも思い通りに私を使おうと思っているなら、機嫌を損ねてはならないと気付いたのかもしれない。
ムチばかりでは人は動かない、たまにはアメを用意しなければ物事は上手く運ばないのだ。
両親は、私に対する要求が異常だったことに今更気が付いたようで、これ以上反抗されては困ると感じたようだ。
何かを強制したりはしなかった。
ただ、レインとの婚約だけは継続されている。
「お父様が、私に休みを与えてくれるんですって」
ララにそう伝えた。
「サーシャ様は年中休みですのにね」
ララはプンプン怒りながらそう言った。
ただ、サーシャはズルいと言うだけならただの嫉妬だ。子供じみている。
そうならないためにも私は頭を使い、私なりに計画を立てる。
お父様は一筋縄ではいかない人だ。
***
私は翌日、昨夜寝ずに考えていた作戦を決行する。
「サーシャ、お願いがあるの」
私はサーシャの部屋へ行き、困ったように話しかけた。
「なに?なんだってするわ。お姉様のためだったら私どんなに大変でもやってみせるわ」
サーシャは悪気がない子だから、ものすごく単純だ。
扱いやすいと言えばそうだし、頭が悪いと言えばその通りだろう。
サーシャにとっては初めての私からのお願いかもしれない。嬉しそうに私にキラキラとした目を向ける。
私はゆっくり頷いた。
「いつも侯爵家の執務の仕事が大変だって思ってくれてたわよね?」
「ええ」
「私はお父様の仕事を手伝わないことにしたの。だから、今凄く仕事が溜まっているのよ。サーシャには私の代わりに、その仕事を引き受けて欲しいの」
「それは……」
「大丈夫よ。書類を重ねたり、言われた書籍を持ってきたりするだけ。難しいかもしれないけれど、簡単な仕事だってたくさんあるわ。だから、邪魔になるなんて思わないで、もし、邪魔だと言われても逃げずにお父様の右腕になって私の代わりに手伝ってあげて欲しいの」
「私にできるかしら」
「私がもう執務をしないことをお父様は知っている。だから、サーシャがやる気を見せれば、きっとお父様も助かるはず。どんな困難なことも慣れてきたら必ずできる。逃げてしまったら士道不覚悟で切腹よ」
「し、しどう……ふ?」
「士道不覚悟っていうのは、背中を向けて逃げ出すような者は、武士を名乗る資格がないってこと。何かあっても投げ出さない。諦めないってことよ」
いけない。武士としての心得をサーシャに説いてしまったわ。
「わかったわ!」
え、分かったの?
「いろいろあったから、当分は私と話をしない方がいい。私には、時間が必要なの。だから、頑張ってほしいの。あなたならきっとできるわ」
サーシャは自信に満ちた表情でやる気を出している。
さすがサーシャだ。
「そうよ!お姉様は私の憧れだもん。自慢の姉だし、お父様だってお母様だっていつもお姉様を褒めていたのよ。私も少しでもお姉様に近づけるように頑張るわ!」
「ええ!逃げちゃ駄目よ。何があってもお父様に喰らいついて!」
お父様は、侯爵として長年人の上に立ち、重要な意思決定を行い、その決断に自信を持っている。
他人の意見やアドバイスをあまり考慮せず、自分の判断を優先する。
『上から抑え込むとお前は反抗するのだろう。だが、よく考えろ。婚約を解消してお前はどうする?侯爵家の跡継ぎにならないと言うのなら、お前は何になるんだ。私がレインとサーシャを結婚させ侯爵家を継がせると決めれば、お前はまた新しい婚約者を探すのだな?自分でか?それとも誰か目ぼしい者がいるのか?』
『ならばサーシャは何か決まっているのですか?何故、私が勉強や仕事の手伝いを放棄したら、たちまち将来の事は自分で何とかしろと言われてしまうのですか?サーシャはそもそも何もしなくても、お父様たちは見捨てたりしないでしょうね』
『サーシャはまだ16歳だ。メイベルはもう18だろう、先が決まらないのは問題だ。自分の発言には責任を持て。何も先のことを考えぬまま、思い付きで物を申せば、それに伴った責任が自分に生じるということを学ばなければならない』
『なぜ私だけ、辛く苦しい生き方をしてこなければならなかったのですか。なぜ、同じ家に生まれたのに、長女だと言うだけで責任の重さが違うのでしょう』
『跡継ぎなのだから、当たり前だろう!』
『跡継ぎなんて、こっちから願い下げです』
今まで何も言ってこなかった私が、ここまで反抗したのだ。
かなり衝撃を受けたのは間違いないだろう。
けれど、思い付きで物を申せば、それに伴った責任が自分に生じると言うお父様の言葉は正しい。
どうするのか先を決めてない状態での無謀な反抗は、自分の稚拙さを表に出しただけだった。
それを嫉妬していると取られたのなら、多分その通りだと思った。
思わず自分の置かれた状況に、皮肉と情けなさが混じった笑みが浮かんだ。
誰かの決定に従うだけの、まるで操り人形のような人生だ。
このまま言いなりにはなりたくなかったから、私は侯爵家の執務は放棄した。
無理やり、強制的に仕事をさせる事はできない。もう私は子供ではないし、犯罪を犯している訳でもない。
しばらくして、お父様も自分なりに考えたのだろう。
今まで自由な時間を与えず、厳しい教育をし過ぎていたことに対して、執事を介して私に休みを与えると言ってきた。
私の職務放棄ではなく、自分が与えた『休暇』にストライキの名前が変わった。
あくまで主導権は自分にあると主張したかったのだろう。
そもそも思い通りに私を使おうと思っているなら、機嫌を損ねてはならないと気付いたのかもしれない。
ムチばかりでは人は動かない、たまにはアメを用意しなければ物事は上手く運ばないのだ。
両親は、私に対する要求が異常だったことに今更気が付いたようで、これ以上反抗されては困ると感じたようだ。
何かを強制したりはしなかった。
ただ、レインとの婚約だけは継続されている。
「お父様が、私に休みを与えてくれるんですって」
ララにそう伝えた。
「サーシャ様は年中休みですのにね」
ララはプンプン怒りながらそう言った。
ただ、サーシャはズルいと言うだけならただの嫉妬だ。子供じみている。
そうならないためにも私は頭を使い、私なりに計画を立てる。
お父様は一筋縄ではいかない人だ。
***
私は翌日、昨夜寝ずに考えていた作戦を決行する。
「サーシャ、お願いがあるの」
私はサーシャの部屋へ行き、困ったように話しかけた。
「なに?なんだってするわ。お姉様のためだったら私どんなに大変でもやってみせるわ」
サーシャは悪気がない子だから、ものすごく単純だ。
扱いやすいと言えばそうだし、頭が悪いと言えばその通りだろう。
サーシャにとっては初めての私からのお願いかもしれない。嬉しそうに私にキラキラとした目を向ける。
私はゆっくり頷いた。
「いつも侯爵家の執務の仕事が大変だって思ってくれてたわよね?」
「ええ」
「私はお父様の仕事を手伝わないことにしたの。だから、今凄く仕事が溜まっているのよ。サーシャには私の代わりに、その仕事を引き受けて欲しいの」
「それは……」
「大丈夫よ。書類を重ねたり、言われた書籍を持ってきたりするだけ。難しいかもしれないけれど、簡単な仕事だってたくさんあるわ。だから、邪魔になるなんて思わないで、もし、邪魔だと言われても逃げずにお父様の右腕になって私の代わりに手伝ってあげて欲しいの」
「私にできるかしら」
「私がもう執務をしないことをお父様は知っている。だから、サーシャがやる気を見せれば、きっとお父様も助かるはず。どんな困難なことも慣れてきたら必ずできる。逃げてしまったら士道不覚悟で切腹よ」
「し、しどう……ふ?」
「士道不覚悟っていうのは、背中を向けて逃げ出すような者は、武士を名乗る資格がないってこと。何かあっても投げ出さない。諦めないってことよ」
いけない。武士としての心得をサーシャに説いてしまったわ。
「わかったわ!」
え、分かったの?
「いろいろあったから、当分は私と話をしない方がいい。私には、時間が必要なの。だから、頑張ってほしいの。あなたならきっとできるわ」
サーシャは自信に満ちた表情でやる気を出している。
さすがサーシャだ。
「そうよ!お姉様は私の憧れだもん。自慢の姉だし、お父様だってお母様だっていつもお姉様を褒めていたのよ。私も少しでもお姉様に近づけるように頑張るわ!」
「ええ!逃げちゃ駄目よ。何があってもお父様に喰らいついて!」
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