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私は婚約解消をしたい旨をレインに伝えた。
侯爵家はお父様がまだまだ現役だ。この先10年~20年働けるだろう。
その間に、サーシャとレインに教育を施し、侯爵家の跡継ぎはサーシャにすればよい。子供ができれば、その子に跡を継がせることも可能だろう。

「私は侯爵家を出ます。他の方と結婚するかもしれませんけど、一人で生きていく覚悟もあります。爵位は必要ありません」

私は学院での成績も優秀だ。王宮の文官の道に進むこともできるし、教師として学院で働くこともできるだろう。
ダリア夫人のおかげで、外国語も話せるから国外に出てもいい。

まぁ、スパルタ教育の賜物だと言えばそうなるだろう。
その点では両親に感謝しなくてはと思う。あの人たちのやり方はまずかったけど。


「そこまでして……なぜ……」

レインは深い失望と驚きが交じり合った顔で頭を抱えている。
部屋の中は静まり返り、空気が重苦しい。

私は婚約解消をした後、サーシャと新たに婚約を結ぶ事ができると二人に伝えた。
愛する者同士が結ばれるのが一番良いことだ。

「私は婚約者としてレインに裏切られたと思っているわ。だからあなたが信頼を取り戻すのは困難です」

「なんど言えば話が通じるんだ。君の気のせいだ。サーシャとはそんな関係じゃない!」

しばらくの間沈黙が続いた。

サーシャはしくしくと泣き始めた。
レインはそんなサーシャには見向きもせず、睨みつけるように私を見ている。

レインはむすっとした表情で立ち上がると、冷たくサーシャを部屋から追い出した。
ここは侯爵家の応接室だというのになんだか偉そうな態度。

サーシャは侯爵令嬢、伯爵令息のレインからしてみれば爵位が上。追い出す行為は不敬にあたる。
二人の間にそんな遠慮は必要ないのだろうけど、なんだか釈然としない。


***



「サーシャと僕の関係は、恋人同士ではない。ただ、人から見ればそう思われても仕方がない接し方をしていたと思う。今更だけれど、君に謝罪したい」

レインは沈痛な表情で頭を下げた。
そして話を続けた。

「君も侯爵家の教育を受けて来たから、分かっているはずだけど、貴族の結婚は親同士が決めることだ。僕が嫌だとか、君が嫌だとか言ってどうにかなる問題ではない。政略結婚は家同士の問題だからね」

「あなたはサーシャを愛しているのでしょう?」

「愛だの恋だのではないよ。政略結婚の話だ」

「……それで?」

「侯爵様、君の父上や、サーシャが言うように、メイベルが僕とサーシャの仲に嫉妬して婚約解消を申し出ているとは思っていない。そもそも、君は僕を好きではなかっただろう」

「……好きではなかった。かもしれないわね」

レインは複雑な感情を隠そうとせずに眉間にしわを寄せた。

「ラッシュ侯爵は君に跡を継がせたいと思っている。サーシャではないよ。だから僕は君と結婚する事になる。ウィスパー伯爵家の財力はラッシュ侯爵家にとって強力な後援となる。逆にうちは侯爵家という背面を守る盾が欲しい。互いにウィンウィンの関係を持つための政略結婚だ」

「だから?」

「僕たちは、その為に結婚し子供をつくる必要がある」

彼が言っていることは的を射ているし、間違いではない。
実際過去の私なら、そうだわと納得したのかもしれない。
でもね、ちょっとそれ、違うのよね。

「私はね、レイン」

「なんだ?」

「家のため、一族のために自分の身を捧げるつもりはないの。子供の頃から、厳しく育てられて、喜びや楽しみを与えられなかった。その家族のために、なんで私が犠牲になる必要があるの?」

私は完全に理解不能という態度で首を横に振った。

「……え?」

レインは口をぽかんと開けて、私を二度見した。

「意味が分からないわ。大切にしたいと思えるような人たちならまだしも、苦しみしか与えられていない両親に何を恩返しするの?少しでも私の事を考えてくれているなら、嫌がる私に政略結婚させようとはしないはずだわ」

レインは、すばやくまばたきをすると私に言った。

「そ……う……だな……」


「もう一度言うわよ。私はレインと結婚はしない。あなたは自分の家族が大事だし、あなた自身の将来も侯爵家の婿ならば安泰よね。好きな騎士団に入って、自由に働いて、もし合わないと思ったら侯爵家の執務を手伝えばいいかとか思ってるのかもしれない。けど、私はそんなこと知ったこっちゃないのよね。ちょこざいなりだわ」

「ちょ……ちょこざ、なに?」

「とにかく、あなたからお父様に婚約解消を申し出て。私は自分の事は自分で何とかするから、あなたはサーシャと結婚して自分が侯爵家を盛り立てます!と、男気を見せるべきだわ。愛を貫くためにサーシャと駆け落ちでもすれば、結婚を認めてもらえるでしょう。頑張って下さいまし」

「え、いや……その、だから、そんなつもりはなくて。サーシャとは本当に愛し合っているとかではないんだよ」

まだ認めないのか。

「じゃぁ、私を愛しているの?」

「もちろん!いや、今からちゃんと婚約者として愛し合えばいいだろう。僕は努力する」

「ほんっと、遅いわよ。手遅れだわ……」

話がまとまらなかったことに苛立った。
深呼吸をして、心の中で数を数える。

「もう一度だけチャンスをくれないか?今度こそ間違えない。絶対に君だけを見るから」

「あなたは、自分の身の置き場を考えるべきね。私とは今後はないと思って、サーシャとの縁を繋ぎなさい。もし、侯爵家を継いで私が跡取りになる未来があるとしても、その結婚相手はあなたでは決してないわ」


私はレインを見送りもせず、応接室を出て行った。



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