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42 if 一週間

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病院の中は消毒液の匂いと、人々がせわしなく動き回る音で剣呑としている。
ステラ王太子妃は知らせを聞き、王宮から急ぎ病院へやって来た。

「いったいどういうことなの!」

彼女の厳しい声が飛んだ。
どれくらい時間が経ったのだろう。病院の廊下で皆が俯いていた。


「ステラ様……」

「どういうことなの!誰か説明しなさい!」

「マリリンが、マリリンがソフィア様を襲ったんです。あの女が!」

ミラが泣き崩れた。
他には誰も何も言わない。声が出ない。


しばらくして、手術室のドアが開き医者が出てくる。

何時間もソフィアは手術を受けていた。いや数分だったのかもしれない。
バーナードにはもう時間の感覚がなかった。

「ソフィアは!ソフィアは無事かっ!」

バーナードは医者に向かって声を荒げる。

「何とか処置はしましたが……」

「どういうことなの?」

ステラが医者に詰め寄った。
皆が医者の周りに集まる。

「傷が深く。骨も……」
「ちゃんと説明して下さいっ!」

医者は首を横に振る。

「長くはないでしょう。手の施しようがありません」

「そんなことがあるか!なんとかしろ!なんとかしてくれ」

医者の腕を強くつかんだ。

「宮殿の医師を呼びましょう。急いで!」
「いえ、そういう問題ではないです。外傷がひどく、もって……一週間」

「嘘だ……」

バーナードは膝から崩れ落ちる。



ソフィアはちょうどアパルトマンから通りに出てきたところでバーナードを見つけた。
そしてバーナードの後ろにいる、マリリンを見た。

彼女はソフィアに恨みを抱いていた。
わざわざボルナットまで来てソフィアのアパルトマンの前で待ち伏せをしていたようだった。

バーナードは全く気が付かなかった。バーナードの目にはソフィアしか映っていなかった。
彼女と話がしたかった。
……ただそれだけだった。

ソフィアの目に映ったのは私ではなくマリリンだった。

「会わせてください。ソフィア様に!」

ミラが医者に言う。

「ソフィアはどこなの。彼女がそんな目に遭うなんて嘘よ!」



手術室から車輪のついたベッドに乗せられたソフィアが出てきた。
彼女は動かなかった、髪や顔に血がこびりついたまま目を閉じている。
ミラがその姿を見て泣き崩れる。
ソフィアの店の従業員たちも嗚咽を漏らす。

「手術はしましたが、意識は戻りません。かろうじて呼吸はしています。もう長くはもたないでしょう」

医者は申し訳なさそうに、それでもはっきりとそう告げる。

「おい。さっき一週間と言っただろう」

「そう、です。一週間くらいはこのまま……その、意識はないでしょうが、生きられると……」

「何とかしなさい。命令よ。ソフィアを死なせないで!」

ステラは医者に鋭い声で命じる。

「一週間と言っただろう?一週間と言った」

「はい」




「どけっ!」

バーナードは周りにいる者たちを押しのけ怒鳴った。

「バーナード何をするの!」

「どけっ!一週間と言った。俺がソフィアを連れていく!どけっ!」

バーナードはシーツにソフィアを包み、抱き上げた。

「やめなさい!」
「やめるんだ!どこへ連れて行く」
「バーナード様やめて下さい!ソフィア様が!」

「どけぇぇ!俺がソフィアを生かせてみせる。どけっ!」

「何を……」

「ステラ様、馬車を貸してくれ。夜通し走れるか?」

「な、何を……バーナード、貴方正気なの?」

「夜通し走れるのか聞いています」

低く凍るような殺気に満ちた声を出した。

「ええ。王室の馬車よ。走れるわ」

「借ります」

「バーナード様!」

バーナードの腕にしがみつこうとするミラ。

「バーナード!絶対ソフィアを生かすのね?」

「絶対ソフィアを死なせはしない」

バーナードはステラを真剣な目で真っすぐ見つめた。

「……使いなさい」

ステラは意志を貫くような声で私に言った。

「ステラ様!」

「駄目です。今患者を動かしたら危険です!」

「お前に任せていても一週間しか生きられないんだろ!黙ってろっ」

バーナードは激しい怒りの形相で医師を恫喝する。

「行きなさいバーナード。ソフィアを死なせるんじゃないわよ」

バーナードはステラに頷くと、ソフィアを抱き上げたまま病院の出口に向かった。


三日だ。三日あれば辿り着く。
医者は一週間は生きると言った。
私に三日だけ時間をくれ。

神よ……頼む……

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