旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾

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37  if バーナードの領地では

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「そんなはずないでしょう」

コンタンはあきれたようにバーナードに言葉を発す。

「だが、彼女は妊娠しているようだ。とても幸せそうに膨らんだお腹を撫でていた」

「そんな馬鹿な。誰の子です?私はそんな話を聞いていない」

「あっちで新しい旦那様を見付けられたんじゃないですか?結婚したのかもしれない」

ガブリエルはそう言いながら月日を数えた。

「この領地を出られて、今……七カ月ですよね。最速だな。ソフィア様もやるな……でも、どれくらいなんですか?お腹はかなり大きかったですか?」

「いや、それほど大きくはないだろう。三カ月とかじゃないかと思うが。腹の膨らみ方など私にはよく分からん!」

「そんなはずないじゃないですか。そんなお相手がいらっしゃるなら連絡があっても不思議じゃない」

「けどコンタン。ソフィア様と直接連絡をとってないんだろう?ステラ様経由でないと様子は分からないって言ってたじゃないか」

「そのステラ様から何も聞いていないんだから、結婚したとか子供ができたとかそんな話はありえない」

「バーナード様、見間違いじゃないんですか?」

確かに腹が膨らんでいるように思えた。
高位貴族らしい身なりの男と楽しそうにアパルトマンの前で話をしていた。
まさか……彼が父親か?


「確かめに行きましょう……」

モーガンがつぶやくように言う。

「おい、モーガンいい加減にしてくれ」

コンタンが頭を抱えた。

「隊長は、ソフィア様のことに関しては急に物凄く間違った行動に出る、確かめに行くべきだと思うな」

「ガブリエルまで何を言ってるんだ。もう奥様のことは自由にさせてあげて下さい。万が一新しい男性と結婚されていたとしても、それはそれで良いではないですか。この領地とも、バーナード様とも関わりのない方です」

その通りだ。今さらソフィアに会えるはずもない。
やっとこの私から解放されたのだ。残念だがコンタンのいうことは正論だった。

「確かにそっとしておいた方が、ソフィア様も喜ぶだろうな。気になるけれど、彼女が幸せだったらそれで問題はないわけだし」

「そうです。バーナード様は仕事に専念して下さい。新しい御主人がソフィア様にいらっしゃったとして、心から祝福してあげられないのでしたら、事実はどうであれ迷惑なだけですから」

「ソフィアが幸せならそれでいい。分かっている。もし新しい男と結婚するのなら祝ってやれる。私よりきっと彼女を幸せにできるだろう」

「でしたら、ソフィア様の様子を見に行ったりはしないように」

コンタンはあきれたため息とともに仕事を始めた。


バーナードは黙って考えている。

三カ月の腹の大きさはどれくらいなんだ。もし彼女の腹が六カ月の大きさだったら?もしかして九カ月くらいだったら?


「まさか……な」






翌月、親戚に不幸があったといい、モーガンが長期の休みを取った。
彼の故郷には、もう親類はいないと思っていたが、そういった者がまだいたのだなと思った。そして気を付けて帰るよう言った。

モーガンはもう高齢だ。
長旅は疲れるだろうし心配だった。

「旦那様、モーガンはかなり足腰も弱ってきています。本人はまだまだ大丈夫だと言っていますが……」

「そうだな。だが今は気候もいい時期だ。馬車で帰ればそれほど心配することもないだろう」

「ですが、一人で帰郷するのはどうかと思いますので、私が付き添いたいと思います」

「え!ダミアが?」

ダミアが珍しく執務室にやって来たかと思ったら、休暇願いだった。

「屋敷には、しっかりしたメイド達がおります。今は仕事を任せることも出来ます。領地も落ち着いて、収穫の時期もまだ先です。私も休暇を取って田舎でゆっくりしてきたいと思います」

「モーガンと?」

長年の仕事仲間ではあるだろうが、ダミアはモーガンとそんなに仲が良かっただろうか。
メイド長という職務に忠実なダミアと、邸の主人に従順な執事のモーガン。
規律や規則に厳しい完璧さを求めるダミアと、私を甘やかし気味で、ひいき目に見てしまうモーガン。
水と油のような関係だったと思っていたが。

「はい。モーガンの田舎は……、……素晴らしい所です」

モーガンの故郷は、そもそもどこだ?そんなに田舎じゃないはずだが。
王都に近かったと記憶している。それほど距離も遠くないように思うが。

「まぁ、好きにすれば良い。そう言えば、ダミアはずっと邸に仕えてくれているのに、まとまった休暇を与えたことがなかったな。気が付かずすまなかった。ゆっくりして来るといい」

そう言って、私はモーガンとダミアに休暇を与え、旅費の足しにと少しまとまった金額を渡した。



私はボルナットにいる彼女のことを考えた。
あの時ソフィアはテナントを見ていたようだった。

通りにいた者に訊ねたら、新しい店でも始めるのだろうと言っていた。
彼女が女性のための施設をつくる慈善事業に協力していることは知っている。
個人でも何か始めるのかもしれない。
あのアパルトマンは、元貴族だった令嬢が買い取り、家賃収入を得てそれによりあらゆる事業を成功させたと聞く。

女性の社会進出が目覚しいボルナットだ。ソフィアは感化されて、自分の道を自分で切り拓こうとしているのだろう。

応援し、陰ながら協力していきたいと思った。

もしソフィアが店を開いたなら、そこの商品を買おうと思った。
売り上げに貢献できるし彼女も喜ぶだろう。

ソフィアの店がオープンしたら、店で一番高額な商品を買うように便利屋に頼んできた。新しい店は洋品店のようなものだと噂されていた。
客に売るんだから問題ない。

ソフィアの店の物がそのうち邸に届くだろう。

なんにせよ彼女が選んだ商品なら素晴らしい物に違いない。


その頃、プレゼント用のリボンをかけられた、プティ・ソフィアと刻印されたロイヤルな乳母車が、荷馬車に乗せられ、ゆっくりとバーナードの邸へと向かっていた。

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