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35 if 匿名の寄付

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ミシンの寄付のことをステラに確認したが、その寄付は聞いていないと言われ、ムンババ様にも恥ずかしながら聞いてみたが、残念ながら自分ではないな、とおっしゃった。

「後から代金請求とか来たって払わないわよ」

「え?寄付ですから貰っておけばいいんですよ」

ミラはそう言うが、お礼状も書きたいし、何より正体不明なのは少し怖い気がする。
確かに寄付をする方の中には、全くの善意でされる方も大勢いらっしゃる。正体を明らかにされたくない方も少数だけどいるのは確かだ。

けれどそれから、誰からの寄付なのかを考える暇もないくらい、私は忙しく立ち回ることになった。
母子施設の計画や、繊維業に関する勉強など、いろんなことが一度に始まった。


ミシンが手に入ってから、やりたいことがどんどん出てきた。
赤ちゃんが生まれた後は思うように動けないだろう。それを考えると今のうちに、ある程度先の見通しを立てておきたい。

それからこの三台のミシンを使い、小さな縫製業の仕事を始めることになった。

内容は多岐に渡る。型紙製作、裁断、ミシンの操作、手縫い、接着、溶着。資格は必要ない。経験が重視される仕事だった。
残念ながら自分に裁縫の才能はなかったようで、雇い入れた女性たちが主になり商品が作られていった。

自分の事業として始めるなら、誰かの援助を当てにしない方向でやるべきだ。けれど利益が出たとしてもそれは数カ月先になる。
たちまち用意できるお金は……と考えている時に、コンタンからステラ経由で連絡があった。

バーナードが慰謝料の支払いに応じたので振り込まれるという物だった。

金額が大きかったので、手続きに時間がかかったようだ。

「バーナード様は、ご自分の失態にお気付きになったんですね」

「……どうかしらね。マリリンさんと結婚する為に、私との関係をきっちりと清算したかったのかもしれないわ」

コンタンからは邸がどうなっているのか詳しい連絡はない。
その後バーナードがアーロンを養子にしたのか、マリリンさんと結婚したのか、それは分からない。知ったところで不愉快な気持ちが蘇るだけだ。
けれど離れてしまった邸のみんなのことや、自分が必死に生活を守った領民たちのことは気になっている。
不安定な情勢ではなくなり、今、祖国は安定していると聞く。どこかで革命や内乱が起こっているという噂もない。
領地が潤っているなら私はそれでいい。残してきた邸の皆も領民たちも幸せでいてくれたらそれで十分だ。

バーナードが万が一私の居場所を特定して、追ってくるかもしれないと思い、できるだけ秘密裏に行動していた。
外国に移住したことは皆知っているけど、詳しい住所はコンタンだけにしか知らせていない。もしバーナードが私の居場所を探して追っているならコンタンから連絡があるはずだけど、今のところそれはない。

離婚届を突き付けた時には、絶対に離婚しないといっていたのに、意外と諦めが早かったことに驚いた。

それほど愛されてはいなかったのね。

そう思うと妻であった自分の存在はそれだけの物だったのだなと少し虚しさを覚えた。
けれどここへ来てからの生活は穏やかで、私の周りは平穏だった。
子供がいることがバーナードに知られてしまったら困ったことになる。

まだ安心はできないから慎重に行動しなければならない。
コンタンはステラ経由で私との連絡を取っているが、よほど困ったことがない限り、情報は交換しないことになっている。

邸の者達は、私は外国で自由に暮らしていると思っているだろう。


「ソフィア様、今は小さな繊維工場で、ドレスも頼まれた物だけを作っている状態じゃないですか。どうせならその慰謝料でドレスショップをオープンしましょう。素敵です!王都にソフィア様のドレスショップができるんです」

頼まれたドレスを仕上げ、納品することに集中している。規模がそれほど大きくないから、中間マージンを考えると、自分たちで作ったものを自分たちの店で売る方が利益率は上がるだろう。

「資金に余裕ができたから、それもありかもしれないわね」

なんだかウキウキしてきた。
そうなると王都の物件探しから始めなければならない。

ステラにも相談して、お洒落で一点物を扱う素敵なショップを開店させてみたい。
夢はどんどん膨らんでいった。





【その頃バーナードの邸では】



「あっりえない!ありえませんから!ミシンですって?何ですかそのミシンって!」

コンタンが声を荒げてバーナードを責めている。

「絶対に姿を見せない約束ですよね?半径五十メートル以内に近づかないって接近禁止命令を出しましたよね?」

「ああ」

「バーナード様が近くにいることがバレたら僕はもう信用がなくなる。ありえませんから。言っときますけど、口は出さずに金を出せ!これ、離婚の鉄則です」

「なんなんだお前……離婚のスペシャリストか」

「そもそも、モーガンが居場所をばらすからこんなことになったんです」

モーガンは俯いてシュンとした。

「モーガンを責めるな。約束は守っている。彼女の前には姿を現していない。それに寄付だとミシンを贈ったのだから、誰からなのか彼女は分からない。勿論足がつかないよう完璧に買い物をしたから大丈夫だ」

「意味が分かりません。高額な物の寄付を匿名でされたら気になるに決まっているでしょう。なんなら気持ち悪いですから」

「まぁ、まぁ。そんな腹を立てても今さらだろう」

ガブリエルがコンタンを宥める。

「ガブリエルは絶対旦那様にしゃべってしまうからと言って奥様の行く先を聞かなかった。それが正しいやり方です。モーガンはどうやって居場所を突き止めたんですか?誰が知っていたのですか?ダミアか?いや、彼女は職務に忠実だし知っていても口を割らない。いったい……」

「もうさ、犯人捜しはそこまでにして。コンタンは落ち着けって。当分は様子を見に行かないって約束させたし、領主の仕事も山盛り与えたんだから、隊長は身動き取れないって」

「当分はではなくて、未来永劫行かないでください!」

コンタンの怒りは収まりそうになかった。

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