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42 バーナードの最期
しおりを挟む医師からは、もう手の施しようがない、余命は一カ月だと言われていた。
しかしバーナードはあれから半年生きた。
病床のバーナードを責め立てることは私にはできなかった。
レオに、彼の父親が間違った行動で私を苦しめ、民を窮地に追いやったのだと教える必要はないと感じた。
私が出て行った後の彼はずっと不幸だった。
間違わなければ、もしかして実の子供と共に彼は幸せに過ごせたのかもしれない。
では、私はあのままで幸福だったのか。レオはどうだっただろう。
誰かの不幸の上に成り立つ幸福は、本当の幸せだとは言えない。
全てを受け入れ、彼の為に尽くそうと思えるだけの愛情が私には残っていなかった。
そして彼を見て思った。自分で立ち直る努力を怠った責任は、彼自身にあると。
夫婦としての関係を築くのに大切なのは、相手を傷つけたり利用したりせず、共感と思いやりを持って接することだったはず。それをしなかったのは彼だった。
領地に戻って来てから、私はその日あったことを毎日彼に報告した。
一時間ほどの間だけだったが彼と共に過ごした。
彼はその中で私に対する思いを少しずつ語った。
「私は君を妻に娶ったとき、こんなに若くて美しくしっかりした妻を迎えることができて幸せだと思った」
「……そうですか」
「私は君が強いのも嬉しいことだと思っていた。私に頼らず、一人で何でもできて皆に頼られている。私よりも優秀な君に嫉妬していたのかもしれない。マリリン親子を過剰に構ってしまった」
「ええ」
「君はしっかり妻としての役目を果たしてくれている自慢の妻だった、だから大丈夫だと勘違いした」
「そうですね」
「一緒にいればよかった」
「そう……です……」
領地で病気のバーナードにできる領主としての仕事はほとんどなかった。
私はここに戻って来て領地の仕事に没頭した。視察し、皆の意見を聞き、そしてコンタン達と話し合った。
レオは時間があるとバーナードと話をしているらしい。
彼らの会話の内容を私は聞かなかったし、レオも私には話さなかった。
もうバーナードに残された時間は少ない。
今後の水不足解消のため、貯水池を作った。今までにもその方法は試していたらしいが上手くいかなかったという。
問題は上流にある。必要な貯水池は山間部に作るべきだ。しかし大きな工事には莫大な費用が掛かる。
それを国庫から捻出してもらうべく、私はコンタンとスコットと共に準備を整えた。
後継者がいないことで軽視され、捨て置かれた状態になってしまったこの領地を、私は領民の為に蘇らせる。
雨水の有効利用と、それぞれの生活用水の確保。
何本も枝分かれした小さな川を河川整備することによって大きな川へ繋げ管理する。
そして井戸を掘る。これには領民たちの協力も必要だった。どこでも掘れば水が出るわけではない。地盤の調査も必要だった。
「なんとか国から予算を取れそうなの。これで水不足を防ぐための対策を講じることができるわ」
「水が飲みたかったんだ」
「なに?」
「戦時中、私はとても水が飲みたかった」
バーナードは意識が朦朧としている。薬のせいだろう。
「今は水が欲しい?飲みますか」
私はバーナードに訊ね、水差しを手に取った。
甘くした水に少し塩を入れている。
お茶はよく眠れるというジャスミンティーを常温に冷まして用意していた。
「君はいつも私を気遣って、飲み物を用意してくれていた」
彼はそう言うと目を閉じた。
バーナードは痛みを抑えるために、とても強い薬を処方されている。
私が指揮をとり、領地を回る。そして今後この領地はバーナードの子であるレオが引き継ぐことを皆に知らせた。
まだ十三歳の子供だが、レオは領民たちの前でも物怖じしなかった。
堂々としたレオは領主の素質を兼ね備えていると思われ、領民たちは明るい未来を想像した。
バーナードの部屋の窓から、邸の庭が見える。
レオは度々庭で剣術の練習をしていた。
新しい制服が届いた時はそれを着て庭を散歩していた。
その姿をバーナードはどう思いながら見ていたのだろう。
そしてモーガンは、庭の手入れだけは怠らないようずっと指示を出していた。
バーナードは冬が来る前に静かに息を引き取った。
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