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33 話し合い
しおりを挟む「まず、結論から申しますと。私は貴方と復縁するつもりはありません。なんと言われようと、事情がどうであれ、私は貴方と共に過ごす未来をもう考えてはおりません」
バーナードは慨然たるさまで鋭く私を見つめる。
「君の独断で行われた離婚だ。私は認めない」
司教が認めた離婚ですと言いたいが、私はその言葉を呑み込んだ。
三年間子供ができなかったらという条件のもとに成立する『司教承諾離婚』だった。
妊娠していないことが虚偽である事実は絶対に知られてはならない。
「マリリンさんに対するあなたの態度は異常でした。それは私への愛が全く感じられない物でした。そこは貴方も分かっているでしょう」
「君に対しての扱いが酷かったことは反省している。これからはそんなことはないと約束しよう」
「貴方は本当に私を愛していますか?ただ、領主としての面目が立たないから私を連れ戻そうとしているだけではないでしょうか」
「そんなことは……」
「そうなったのは私の責任ではありません。貴方の体面や立場、名誉。世間からの評価は貴方の行動が招いた結果です。離婚ごときで失われるものではありません」
「君が出て行かなければ、これほどまで大事にはならなかったはずだ。今ならまだ領地に戻り、ただの夫婦喧嘩だったといえば済むだろう」
「ありえないわ。私を甘く見ないで……」
「なっ……!」
「はっきり言わなければわからないようなので、言わせていただきます」
私は呼吸を整えると、バーナードにはっきりと自分の思いを告げた。
「私は、もう、微塵も貴方のことを愛していないわ。スコットの忘れ形見ですって?騙されていただけですって?私が帰れば体裁が保てると本気で思ってらっしゃいますの?もう無理です。一度失った信頼は元には戻らないわ」
「き、君は、今まで一緒に過ごした夫婦という関係をこんなにも簡単に無かったことにしようというのか!三年だぞ」
「三年?私とあなたが居た時間は結婚当初の三カ月。戦地から戻っての約十カ月ほど。領地に戻られてからは、私と過ごす何倍もの時間を、マリリンさんとアーロン君とお過ごしになっていたではありませんか」
「ソフィア……君はこんなにも自分の我を通す人間だったのか。優しく美しく、淑やかな女性だっただろう……」
バーナードは失望した様子で首を左右に振った。
これであきらめて帰ってくれたらと思った。
バーナードは視線を部屋の奥にあるチェストに向けた。
そこには先程ミラがお腹の子のために買ってきた赤子用の帽子がそのままの状態で置かれていた。
彼は立ち上がりチェストに歩み寄って、その帽子を手に取り、その引き出しの中を覗き込んだ。そこには赤ちゃんの為に買いそろえた様々な物が入れてある。
しまった!と思った次の瞬間、彼は引き出しを勝手に開けた。
「赤子……子供がいるのか?」
「妊娠してます!お腹に赤ちゃんがいるんです!」
ミラがバーナードに向かって叫んだ。
終わったと思う瞬間だった。
「妊娠してます!六カ月です!私の子供です。ソフィア様は私の為にいろいろ準備して下さってます!」
「……は?」
「バーナード様は、妊婦のいるアパルトマンに勝手に入って来てゴチャゴチャと迷惑なことばかりおっしゃいます。胎教に悪いですので帰って下さい!」
誰が妊娠してるって?今ミラは、自分が妊娠六カ月だと言った。
呆気にとられ、思わず口をぽかんと開けた。
「君が妊娠しているなんてどうでもいい!まったく。女二人でこんな所に住んで、侍女は妊婦だと?おままごとのような生活はやめてさっさと屋敷へ帰ってこい」
いや、いくら何でも無茶があるだろうと思ったけど。この状況を乗り切る考えは他にないように思った。
その時。
「えらく騒がしいと思い、様子を見に来たのですが……何かトラブルでもありましたか?勝手にお邪魔して申し訳ありません」
そこに現れたのはムンババ大使だった。
「ムンババ様!」
ミラが声をあげた。
大使はアイリス様の所へやって来たようだった。途中で私の部屋の騒ぎが聞こえたのか部屋に入ってきた。
「誰だ!」
「ムンババ様です!カーレン国の大使様です!ソフィア様の仕事場のボスですわ」
ミラは話し出したら止まらない。
私はもうこの状況にどう対応すればいいのか分からなくなってきた。
ムンババ様が大使だと聞いて、バーナードは少し自制したようだった。
「ムンババ様!ソフィア様の離婚した、今は全く関係のないただの他人の元夫が急にやってこられてソフィア様に復縁を迫って困ってるんです」
「……ほう……」
急に話し出したミラ。ムンババ大使は、訳が分からないだろう。眉を上げて、ただ軽く頷いた。
「部外者に勝手なことを言うな。たかが侍女だろう、おとなしくしろ」
バーナードはムンババ様を横目で見ながら、ミラを恫喝する。
「いや、関係のない元夫が無理やり元妻の部屋へやって来たとあっては無視するわけにはいきません。ソフィアが迷惑しているように思われますからね」
ムンババ様の安定感がある堂々とした態度は場の空気をピリッとさせた。
「そうです!迷惑しているんです!私は妊娠していて六カ月の大事な体なんです。だからソフィア様は元旦那様を追い返そうとして下さってます。それなのに出て行ってくれないんです」
「なんだと!」
ミラとバーナードの大人げない言い争う姿に何を言っていいのか分からなかった。
「ソフィア嬢。と……妊婦のミラ。君たちはこの男性に出て行ってもらいたいのかい?」
「ええ!さっさと国へ帰って頂きたいです」
とにかく訳の分からないことを言い出したミラを何とかしなくてはいけない。バーナードには帰ってもらいたい。
「ムンババ様、申し訳ありません。私共のトラブルに巻き込んでしまって。けれど私も、もう関係のない元夫には帰ってもらいたいと思います」
「……くっ」
ムンババ大使はバーナードの方へ向かってゆっくりと歩いて行った。
「ソフィア嬢と離婚は成立しているんですよね。そうなれば貴方は他人だ。しかもこの国で市民権を得ている彼女は、もう以前いた国とは何の関わりもない女性となる。ですから、無理やり部屋へ入って来て迷惑をかけている男がいるなら、私は衛兵を呼ばなくてはならないでしょう」
「無理やりではない。彼女は私を招き入れた。話し合うためにここにいるんだ」
「なるほど。ソフィア、それは事実か?」
「はい。そうです。けれど彼との話し合いは平行線のようですので、もう国へ帰って頂きたいと思っております」
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