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26 ケビンの父親
しおりを挟む彼らは、金糸で刺繍が施された仕立ての良い服を着ていた。ギラギラとして趣味は悪いが、金がかかっている物に見える。
ケビンは貧しい暮らしはしていないだろう。
「この度は愚息がとんだご迷惑をおかけしたようで」
頭を下げた太った男は、ケビンの父親のデクスターだと名乗った。
デクスターはガマガエルのような顔にたくさんのシミと皴がある。
「……」
息子だというケビンは黙って俯いている。顔には無数の青あざがあり、殴られたのだなと一目でわかった。
「こら!あやまらんかぁ!」
デクスターはケビンの頭を拳で殴った。
モーガンが驚きのあまりウッと声をあげる。
「す、すみませんでした!」
ケビンは頭を下げた。
腫れあがった瞼の下からアーロンと同じ黒色の瞳が見えた。
「……!知らないわよ!こんな男!」
マリリンが彼の姿を見て、わなわなと震えだした。
ずっと殴られていたのだろう彼の腫れあがった顔面を見て、彼女は恐怖を感じたようだ。
「マリリン……」
「なんであんたがここに来るのよ!」
「俺だって来たくはなかった!お前が妊娠なんてするから悪いんだろう!」
その言葉を聞いて、デクスターがまたケビンを殴った。
この父親は、暴力で人を従わせるタイプの男のようだ。
この場が一瞬で修羅場と化す。バーナードとスコットは黙って成り行きを見ている。
マリリンはもう言い訳できない。
「子供が生まれても面倒をみられないって、あんたが言ったんでしょう!ならずっとおとなしくしときなさいよ!なんで今さらしゃしゃり出てくるのよ」
二人は罵り合う。
ガブリエルは戦場で同じ隊にいたケビンの足取りを追った。
ケビンは終戦後、田舎に帰り家族と共に暮らしていたという。彼はそこまで出向いて行き調査していた。
コンタンは彼の経歴と家業を調べた。
それによっていろんなことが分かった。ケビンがマリリンの子を認知できなかった理由も調べ上げた。
「この子がアーロンか。うちの家系の血を引いて、髪の色も目の色も黒だな。わしと全く同じだな」
二人の様子に動じず、デクスターはアーロンを見る。顔がニヤニヤと笑っている。
「違うわ!この子はケビンの子じゃない!」
「もう、バレたんだし仕方がないだろう!」
バーナードは眉間にしわを寄せた。
悪質な彼らの計画によって、自分は利用されたのだ。
戦争の混乱に乗じ、自らの責任を押し付けようなどと不届きな考えには、まったくもって反吐が出る。
ガマガエルのようなデクスターが話し出す。
「こいつは結婚しているが嫁が歳をくっている。もう子を望めないだろう。だが、事情があって離婚をするわけにはいかない」
ケビンには十歳上の妻がいるらしい。
コンタンとガブリエルの調査でケビンの家族関係は調査済みだ。
妻の実家から多額の金を受け取って、婚期を逃した女を戦前に娶ったらしい。
ケビンの父親デクスターは、アーロンに「おいで」と腕を伸ばした。
アーロンは嬉しそうに出された手の方へよちよち歩み寄る。
「このマリリンとかいう女が妊娠したと知った時には、自分の子じゃないかもしれないと思ったらしい。けれど、この子を見たら一目瞭然だ。お前の子に間違いない」
デクスターはアーロンの頭を撫でると、ニヤニヤ嬉しそうにその小さな体を抱き上げた。
「マリリン。もう逃げられないぞ」
スコットがマリリンにそう告げた。
「二人を引き取ってもらう。結婚してようが自分の子だろう。責任をもって育てろ」
バーナードはケビンに冷たい視線を投げた。
「いや、こちらとしては願ったりかなったりだ。領主様、喜んでアーロンを我が家に迎え入れよう。何ともめでたい話だ」
「では、マリリンは愛人としてケビンの家で世話になることに……」
バーナードが愛人という言葉を発すると、デクスターが驚いたように言葉を被せる。
「まさか、そんなことはしないぞ!」
彼はワハハッ!と大きな声をあげて笑った。
「マリリンはわしの嫁にする。ケビンには妻がいるからな。それに、わしの妻はもうとっくに亡くなっている。今は独り身だ。アーロンは孫だが、わしの子として育ててやる。使えん息子よりよっぽど役に立つだろう」
上機嫌でアーロンを抱き上げながら、ガマガエルの大きな口角が上がる。
太った毛深い腕の中でアーロンは機嫌が良い。
「可愛いのぉ、赤子なんぞ何十年ぶりか。このように愛らしい子ができて、わしも若返るわい。領主様、今まで面倒を見てくださって感謝しておりますぞ」
血のつながりを感じるのか、アーロンは人見知りもせずにケビンの父親に抱かれてキャッキャッとはしゃいだ。
「い……いやよ!いや!なんで私がこんな汚い親父の嫁にならなきゃいけないのよ!アーロンはいらないわ、あなた達にあげるから」
その時、ケビンが平手でマリリンの頬を打った。
「口ごたえするな!親父に逆らったら、酷い目にあうぞ。だいたいおまえが子供なんて産むから、俺がこんな……」
「お前のような駄目な息子でも、子をつくったことだけは誉めてやるぞ」
見ていられない光景だった。
マリリンは何とかこの状況から抜け出そうと、鬼のような形相で叫んだ。
「嫌よ!子供だけ連れていけばいいでしょ!私は……」
バシン!
今度はデクスターがマリリンの頬を殴った。
女性に手を上げる男はクズだ。普通ならば止めに入るだろう。
しかし、誰もその行動に物を申す者はいなかった。
「アーロンは……あげる……から……」
マリリンはビクついて、バーナードに助けを求めるような視線を向ける。
「なになに、悪いようにはせん。何より我が家は養鶏で儲かっているからな。働き手はいくらでも必要だ。夜は私の相手をすればいいだろう。十分自由に暮らしていけるぞ」
「自由なんてある訳ないじゃない!」
ケビンがマリリンを見下した目で見ながら「この、売女が」と呟いた。
マリリンは赤く腫れ上がった頬を抑え、憎しみのこもった目で彼を睨みつけた。
「マリリン。黙れ毒婦め」
バーナードの口から出たのは、侮辱的な言葉だった。
デクスターはバーナード達に向けて宣言する。
「アーロンには乳母をつけ、我が子として立派に育てよう。ご心配には及びませんぞ。何より血を分けた跡取りだ、大切に育てますぞ」
デクスターの言葉に、自分が一緒に暮らすわけでもないのに、ゾワリと悪寒が走った。
なんともおぞましい光景だとモーガンは目を伏せた。
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