旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾

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25 マリリンの正体

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スコットの家へ行き、生きて帰った彼の姿を見ると涙が溢れてきた。
良かった……これこそ神の御加護、スコットが生きている現実に胸がいっぱいになる。
スコットがあの戦場からどうやって生きのびたか、そして今までどこにいたのか。
彼の家の中は、人で溢れかえっていた。
彼は端的に話し始める。

砲弾に吹き飛ばされた後の記憶はあいまいだとスコットは言った。

「砲弾に倒れ、どういうわけか森で暮らしている男に連れ帰られた。気がついたら、小屋に寝かされていた」

彼は回復するまで、森の中の小屋で過ごしていたらしい。

「男は言葉を話さなかった。老婆は薬草を採取してそれを売って生活していた」

そこには薬師の老婆がいて、その男と二人で住んでいたという。

「老婆は俺の足を縫った。そして後は薬草漬けの毎日だった。最初のうちはほとんど意識がなかった」

「戦争は終結した。我が軍が勝利を得たんだ」

「ああ。それは知っていた。けれど知ったところで身動きが取れなかった。男は言葉を話さないし、老婆は俺の治療にしか興味がなかった。後から気が付いたが、どうも俺で薬草の効果を試していたようだった」

「治験か……」

「どちらかと言うと人体実験だった。意識が飛ぶような薬草をかなり処方されていた」

スコットが森の中で薬師の老婆に出会えたことは幸運だったのだろう。

「すまなかった……私がもっと……私のせいでスコットを犠牲にしてしまった。後悔しかない」

バーナードは涙を流しスコットを抱きしめた。

スコットはこの十カ月領地に帰りたいと思えども、動かない体をどうすることも出来ず、その薬師と共に森で生活していたという。

「バーナードのせいじゃないさ。あれは戦争だ。俺がドジを踏んだだけだ」

スコットはバーナードの背を叩き、あの場では仕方がないことだったと言った。

「まさか自分が砲弾にやられるとは思っていなかった」

「直ぐに助けに戻れなかった。恨まれて当然だ」

バーナードは申し訳ないと謝罪し頭を下げた。

彼は『あれは戦争だった』と繰り返した。

「その薬師たちに十分褒美を与えよう」

「ああ。頼んだ」

そう言うとスコットは安堵のため息をついた。

それからバーナードは、邸で預かっているマリリン親子のことを知らせた。


「スコットの両親には話しているが、彼らはマリリンたちのことを信用していないようだ」

バーナードの言葉にスコットは怪訝そうに顔をしかめる。

「マリリンはスコットの子を無事に産んだんだ。男児で、名はアーロンという」

スコットはまさに青天の霹靂だったようで、みるみるうちに顔色が変わる。

「バーナード、いったい何を言っているんだ。俺はマリリンとは恋人同士などではないぞ」

スコットはバーナードに恋人だと言った覚えはないと告げた。
やはりそうだったかと思う反面、スコットの子であれば良かったのにと思う自分もいた。

「酒の席での話だろう。まさか真に受けていたのか?」

逆に問われて、バーナードは絶句した。

いったい何故こんなことになってしまったんだ。私はスコットの為だと思い彼女たちの面倒を見ていた。
マリリンの言ったことを鵜呑みにしてしまい、スコットの忘れ形見のアーロンを私は立派に育てようと思った。
ソフィアと共に領地で暮らし、アーロンも我が子として育て、親友の恩に報いようと考えた。
それが間違いだとは思わなかった。

そして妻のソフィアを失った……






「マリリン、久しぶりだな」

スコットの冷たい声が邸の応接間に響いた。

マリリンとアーロン、スコット、そしてバーナード。
側に控えている者はモーガンとダミアだ。

スコットが領地に戻ってから一週間が過ぎていた。


「……お、おひさしぶりです……ご無事で……」

マリリンの顔は青ざめている。疲れた様子で下を向いて肩は小刻みに震えていた。
それでも邸に来てから買い与えられた一番綺麗な室内ドレスを着て、ちゃんと化粧を施しているようだ。

アーロンだけは機嫌よく彼女の膝の上に座っていた。

「君に子供ができたそうで、私との子供ができたんだって?それは驚きだ」

スコットの視線は鋭く、表情は不快そのものだった。
マリリンは雑にアーロンを床に立たせると、自ら土下座した。そして頭を床にこすりつけると泣き出した。

「ス、スコット様……これには訳があります!……あの時私はスコット様をお慕いしていました。何度も食事をしましたし、その、仲良くして下さって……」

彼女はうっうっ……と、喉をつまらせるようにして泣く。
か弱い女性と赤子。一目で弱者だとわかる様子は皆の同情を誘うだろう。だが、ここにいる者はだれ一人その様子に動じない。

「君には酒の席でそう言ったことがあるかもしれない。けれどあの時は俺の他にも、君に対して同じようなことを言っていた兵士がたくさんいた。若い給仕係はマリリン、君しかいなかったから」

「皆さんにそう言ってもらったかもしれませんが、私はスコット様の言葉だけを信じていました」

震えながら彼女は声を絞り出し、情に訴えようとしている。
けれど、もうそれは彼女の演技にしか見えない。バーナードはやっと彼女の本性に気が付いた。今まで自分は彼女の何を見ていたのだろう。マリリンのような人間は、倫理観が希薄で平気で嘘をつき人を騙す。

そして騙されてしまうほど愚かだった自分に嫌気がさす。
バーナードは奥歯を噛み締めた。


スコットの目には侮蔑の色が浮かんでいる。

「なるほど。で、その子は誰の子供?僕は君と閨を共にした覚えはない」

スコットの言葉に部屋の中が静まり返った。
モーガンはやっぱりそうだったのかと納得したように細い息を吐く。
ダミアは表情を変えず、ただ黙って成り行きを見ている。

「一体どういうことなんだ」

バーナードは怒りのこもった低い声でマリリンにゆっくりと訊ねた。
今まで突っ伏していた顔を上げて、マリリンはバーナードを見る。
もうその目に涙は見えなかった。

「マリリン、今までずっと私を騙していたのか?アーロンはスコットの子だと確かに君は言っただろう。」

マリリンの顔に不機嫌さがにじみ出ていた。もう逃げられないと思ったようだ。彼女はキッとバーナードを睨みつける。

「勝手に勘違いしたのは貴方じゃない……今さら何よ!だいたいアーロンを可愛がっていたのは自分でしょう、全部私が悪いみたいに言わないで!」

マリリンはバーナードに向かい声を荒げた。自分に非があり、怒られる立場であるのに、反省、謝罪などをせず怒り出す。

「自分が間違っているという発想が出来ないのか?君は……愚かだ」

怒りを通り越して、深い溜息を吐いた。
もう誰の助けも得られないと悟ったのか、彼女はバーナードに食ってかかる。

「責任を取りなさいよ!子供を抱えた女を気の毒に思って邸に招き入れたのは貴方じゃない!スコットの子供じゃないからって、私たちを放り出すなんてできないでしょ!」

自分を正当化する意見ばかり述べ相手のことは批判して、立場を守ろうとする。最終的には「怒り」を使い相手をコントロールしようとする。
いわゆる逆ギレだ。けれど彼女の味方は誰もここにはいない。

トントントンとドアをノックする音が聞こえた。

「バーナード様、スコット様、ケビンさんをお連れしました」

コンタンが客を連れて応接間に入ってきた。

彼の後ろから黒髪の若い男と、その父親らしい太った男が入ってきた。


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