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21 【ソフィアside】 新しい命

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私は旦那様を信じていたし、愛していた。
いや、愛そうとしていただけ、なのだろうか……


バーナードは私のことを嫌ってはいない。
私が妻であることに不満があるわけではないだろう。文句を言われたことはない。
感謝の言葉も言ってくれる。彼自身は私を妻として扱っているつもりだろう。

けれど、マリリンさんに対しての異常な庇護欲は見過ごせない物があった。

それでもバーナードは領主としての責任があり、戦時中は隊長として守らなければならない物がたくさんある立場の人間だった。
ずっとそういう位置で生きてきた彼にとって、マリリンさんのような弱い人を守ってあげなければならないと考えるのは、仕方がないことなのかもしれないと思った。

できるだけ彼の力になれるように努力したし我慢もした。

その時だった。



私は妊娠した。

バーナードの子供だ。戦地から帰って来て、閨を共にすることは殆どといっていいほどなかった。だから子供を授かるなんて思ってもみなかった。

けれど、神様は私に命を授けて下さった。

夫婦としての関係はもうダメかもしれない。そう思っていた時にそれは分かった。

これはもしかしたら、旦那様ともう一度やり直せるチャンスかもしれないと感じた。
神様がそう私に道を示してくれたのだと。


私はバーナードに伝え、マリリンさん達は私が作ったマザーハウスへ移ってもらうよう説得しようと考えた。
彼女たち親子と一緒に邸で暮らすことはできない。

スコット様の親御さんは、まず、マリリンさん達のことを認めないだろう。
もし、本当にアーロン君がスコット様の子供だったとしても、それを証明するのは難しい。もうスコット様はこの世にいないのだから。

そうなると旦那様はマリリンさん達の面倒をずっと見ることになるかもしれない。
彼女たちが自分で生きる道を見つけるのが一番いい方法だけど、今のこの世の中でそれは難しい。
マザーハウスはそういう人たちを支援し、支える場所だ。

マザーハウスなら、バーナードも認めてくれるだろう。子を持ち一人で育てている母親は大勢いる。その人達をできるだけ多く救うことができる場所だ。
マリリンさんも、自立の道を歩むことができる。けして酷い場所ではない。できるだけ女性たちが安全で安心して暮らせるように工夫した。
多くの女性たち、辛い立場の人達を救える。バーナードは分かってくれる。

少し強引かもしれないけど、私がそうしてくれなければ嫌だと言おう。
このままでは、私の子供とアーロンとの扱いに差が出てくるだろう。使用人たちもきっと困るし、アーロンも辛い立場になるだろう。

お腹の子の為でもあるのだから、バーナードはきっと理解してくれるだろう。

私たちの血を分けた子供だ。


バーナードは喜んでくれるだろうか。緊張するし少し心配だった。最近はあまり話もできていなかったし、邸の雰囲気もよくなかった。

けれど、彼が子供を好きなのは分かっている。
アーロンをあんなに可愛がっている人だ、きっと我が子ならもっと愛してくれるだろう。


男の子だったら跡継ぎだ。女の子でもきっと可愛いらしいだろう。バーナードは『嫁になんかやるものか』と言うかもしれない。
毎日赤ちゃんの顔を見るために早く帰ってくるだろう。子煩悩の父親になって邸の使用人たちに呆れられるかもしれない。

そんなことを考えると頬が緩んだ。

不安な気持ちはもちろんある。けれど母親になるということが心から嬉しい。
この子をたくさん愛して育てようと思った。

まだ、全く膨らんでいないお腹をそっと撫でた。
ここに新しい命が宿っている。
こんなにも幸せな気持ちになれるんだと不思議なくらい喜びでいっぱいになる。



バーナードに大切な話があると伝えた。

ちょうど彼も、話しておきたいことがあると言っていた。

二人で夫婦の寝室のソファーに座り、どちらが先に話すかという空気になったので、旦那様を立てて先にお聞きしたいと言った。

彼は気まずそうにしていたが、意を決したように、真剣な眼差しで私を見つめた。
そして私にこう言った。

「アーロンを養子にしたい」

その時私の中で何かが音を立てて崩れていった。

今まで必死に繋ごうとしていた細い細い、それでも尊かった……最後の糸が切れた。



王女殿下
※バーナードに離婚を告げる前に遡ります。

バーナードと離婚すると決意してからは忙しかった。
やらなければならないことが沢山ある。

今日、ステラに会いに王宮へやってきた。コンタンが付き添い、ステラと共に準備されたお茶を頂いている。

「ソフィア。あなたの功績は大きいわ。今後は国中にマザーハウスを建てて欲しい。勿論王家が後ろ盾となるわ」

「ありがとうステラ。私もそうなればいいと思っている。今後こういった施設が沢山できれば、もっと女性たちが生きやすい世の中になると思う」

そうねとステラは笑顔で答える。

「コンタンは私の側近として仕えていたのよ。事務官だったけどね。彼がいれば間違いはないと思うわ」

王女殿下の下で働いていたとコンタンは言っていた。
けれどそれだけだったのかしら……

二人の間には何か特別なものがあったのではないかという空気を感じる。

コンタンに視線を向ける殿下の頬がほんのり色付いている。
コンタンもいつもよりお洒落している気がする。今まであまり服装に気を遣わない人だった。久しぶりの王宮で気合が入っているのかと思ったけど、それだけではないかもしれない。


「殿下、買いかぶり過ぎです。これはソフィア様の事業です。奥様は我慢強く根気がある。努力家でもあり、人々の支持も集める。それでいて謙虚であられます。素晴らしい方です」

「それは……どうかと思うわ。少し褒め過ぎね」

コンタンの評価に少し動揺する。私はそこまでできる人間ではない。
それに今回、ステラに会いに来た理由はきっと彼が望んでいることではないだろう。

「それで、ソフィア。今回は私にお願いがあるって言ったわね」

ステラは本題に入った。
私は背筋を伸ばして、コンタンとステラに話し始めた。

「結論から言うと、バーナードと離婚します」

一瞬、場が静まり返った。

「……えっ」

「やはり……そうでしたか」

いつかはそうなるだろうとコンタンは思っていたらしい。眉間にしわが寄り、厳しい顔つきになる。

「私は離婚してこの国を出るわ。だからコンタンに今の事業をすべて引き継いでもらうつもりです」

コンタンもステラもとても驚いていた。

「侯爵とはうまくいってなかったの?」

ステラは心配そうな顔つきで私を見る。

「ええ。もう結婚生活は無理なの」

「国外へなど……それは賛成しかねます」

「決めたことよ」

私は自分の思いを伝えた。
戦地から帰って来てからのバーナードは、私にとって苦しい思いしかない人だった。
何カ月もの間、彼が連れ帰った女性と共に暮らす苦労には耐え難いものがあった。

領地のために身を粉にして働いてきたけど、もう解放されたい。自分勝手な言い分だ。けれど分かってもらうしかない。お腹に新しい生命が宿っている。

「逃げ出すと言われたらそれまでだけど。でも、私自身の幸せを今度は考えたいの。全てから解放されて自分の為に生きたいと思ったの」

この子の為にも新しい一歩を踏み出さなければならない。

「マザーハウスは軌道に乗った。これを基本モデルとして事業を公的な物にしてもいいし、営利目的の団体として経営していってもいいと思う。それはステラ、王女殿下の考えで決めてもらえたらいいと思う。領地の経営は私がいなくなってもバーナードの物だから、彼がやっていくわ。私個人の事業は全てコンタンに譲渡し、後をお願いしたいと思っているの」

「そんな……一緒にやりましょう。ソフィアあなたがいなければ今のマザーハウスは存在しなかったのだから」

「大変なのは理解していますが、私たちに任せるとおっしゃいましても……いや、でも確かに。今のバーナード様と共に邸で暮らされるのは苦しいだけかもしれません。それは十分理解できます」

コンタンは思案していた。

「彼が私と離婚すれば、マリリンさんを後妻に娶られることも出来ます。妻のような存在は邸に二人はいらないわ。ただ、すんなり離婚に応じてくれるかどうかが分からない」

「確かに離婚できるかどうか怪しいかもしれませんね」

「ええ。だから強硬手段に出ます。離婚はもう私の中で決定したことなの」

コンタンは他に道はないのかとブツブツ言いながらずっと考えていた。

「コンタンごめんなさい。王女殿下と……ステラと二人だけにしてほしいの」

私はコンタンに頼んだ。

彼女とは学生時代から二人だけの秘密を共有した。
王女殿下であるステラは、幼いころから自由のない責任のある立場にあった。命を狙われたり、政治の駒として利用されたり。
その時代、私は彼女の愚痴を聞いたり悩みを聞く友人だった。
王室の中の、公に表に出てはいけない内情も私は知っている。そしてステラの狡猾な一面も私は知っていた。

「ステラ、私は妊娠したわ。バーナードの子よ……」

私は自分が今から起こす行動をステラに話し始めた。



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