旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾

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17 アーロンの父親

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私は急いでマリリンの部屋へ行った。

問題は彼女達だ。とりあえず出て行ってもらうしかないだろう。
まずはそこから何とかして、そして……クソッ……!

部屋の前までやった来たが、なんと言って彼女達に出て行ってもらおうか。そう考えると、私はドアの前で立ち止まり、ノックできないでいる。

一番良いのはスコットの実家に引き取ってもらうことだ。それが無理なら……
とにかく彼女達にはなんとしてでも、邸から出て行ってもらわなければならない。

考えてみると、彼女は戦時中、サギーの町の食堂で働いていた。仕事を持って自活していたのだ。この邸で専属メイドを付けるべきではなかった。
モーガンの言う通り、いつまでも面倒を見る必要はなかった。
産後、具合の悪い彼女が気の毒だった。それにスコットの大事な人だ無碍に扱うわけにはいかない。

けれど、もしスコットが生きていて、彼と夫婦になったとしても、スコットは普通の商家の息子だ。使用人が何人もいる家で暮らしているわけではない。
マリリンは平民の家の嫁として、家事や商売の手伝いをしていただろう。

そう考えると私は……間違ってしまったのか。
マリリンには、ここに住むわけにはいかなくなったと告げ、スコットの両親に頭を下げアーロンはスコットの子だと認めさすしかないだろう。

「マリリン!」

私は意を決して彼女の部屋へ入っていった。

「旦那様!」

彼女はアーロンを抱きながら震えていた。

「マリリンすまない。ソフィアが……」

「ええ。存じています。私のせいですね……旦那様に私が甘えてしまって……本当に申し訳ありません。お優しい旦那様のことを、私は独占するような真似をしてしまって……うっ、うっ……」

マリリンは肩を震わせ涙を流している。

「お可哀そうに……マリリン様。どうか気を確かに持ってくださいませ」

傍で控えていた侍女がマリリンの姿を見て駆け寄ってくる。

「いいのよナターシャ。あなたが私のことを心配してくれているのは分かっているわ。大丈夫。私は居候のようなものだもの。ううっ……」

泣き崩れるマリリンをソファーに座らせた。それでもここで彼女に同情してしまったら、ソフィアを完全に失ってしまう。

「妻が、出て行った。もう君にここにいてもらうわけにはいかない。すまないがアーロンと共に屋敷を出る準備をしてくれ」

「そんな!旦那様マリリン様は……」

「いいのよ。ナターシャ!私が出て行けばソフィア様が戻ってこられるもの。大丈夫よ……けれども、旦那様、せめて行くあてが決まるまでは今しばらくお待ちいただけないでしょうか?まだ小さな赤子を抱えた女の身です。せめてものご慈悲を」

彼女の行く先を何とかしなければならないだろう。
ひとまず宿屋にでも泊まってもらい。それから先のことを考えなければならない。

「すまない……」

彼女の部屋の中を見渡し、身支度にどれくらいの時間がかかるか考えた。
やけに沢山いろいろと購入したものだ。これをすべて持って行く訳にはいかないだろう。
私は首を振り、もう一度マリリンに謝り部屋を出た。

廊下を急ぎ足でソフィアの自室へ向かう。彼女が何か自分の部屋に残しているかもしれない。どこか行く先がわかるもの……気が焦る。

「待ってください!待ってください旦那様!」

私の後をマリリンのメイドが追いかけてきた。目には涙を浮かべている。
そういえば彼女は以前にもこうやって私に物を申したメイドだった。
マリリンの傍にいつもいる、新しく入った使用人の一人だった。

「なんだ!急いでいる」

「もう!もういいではありませんか!何故?なぜ愛し合っているお二人が引き裂かれなければならないのですか!」

「な……に?」

愛し合っているとは、私とソフィアのことか?

「旦那様が本当に必要な方のことをお考え下さい。奥様はもういいじゃありませんか。マリリン様との幸せを、この先のことをちゃんとお考え下さい。お二人のお子さんだっているんですから!」

私は驚いて目を見張った。
お二人のお子さんとは誰のことだ。

「二人の子だと?」

メイドは悔しそうに何度も頷いた。

「絶対に言ってはならないと、きつく言われていますけど。アーロン坊ちゃまは旦那様とマリリン様のお子様なのでしょう。私は知っています。奥様はそれが許せず、養子という選択肢まで断られた」

誰が……誰が、誰の子供だって?
ブルブルと怒りで拳が震えた。

「いくら身分が違うからといって、お互い愛し合っているのに引き裂かれるなんて、あってはならないことです。嫉妬して家を出て行くくらいなら、もう戻ってこなくてもいいじゃないですか!」

私は怒りのあまり思わず右手を振り上げた。

「おやめ下さい!」

後ろからガブリエルに押さえつけられた。

「な、何をする放せ。この女はこともあろうに……」

「違うでしょうバーナード隊長!彼女は嘘を吹き込まれたんです。アーロンは隊長とマリリンさんの子だと」

ガブリエルが必死に私を押さえつける。

「アーロンは私の子ではない!私が愛しているのは妻のソフィアだ!マリリンはただの食堂で働いていた給仕係だ!」

メイドは体が硬直したように動かなかった。みるみるうちに顔が青くなり、怯えた様子で口元に手をやる。

「そんな……だってみんな。使用人たちは皆、旦那様の恋人はマリリンさんだって思ってます。大切な人だって、そしてアーロン……」

「黙れ!もういい。お前はこれ以上口を開くな。隊長に殺されるぞ」

ガブリエルがメイドを恫喝した。
顎をしゃくって早く行けという風に彼女を下がらせた。

メイドはよろよろと、おぼつかない足取りで廊下を歩いていった。

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