10 / 60
10 ダミアの職務
しおりを挟む「奥様。どうか本日は夫婦の寝室でお休みくださいませ。旦那様は本日、邸に戻ってこられますので」
私が食事を終えると、ダミアが旦那様が帰宅することを伝えてくれた。そして夫婦の寝室に戻るようにと言ってきた。
四日間、旦那様は王宮へ出仕する為、王都に宿泊されていた。
王都へは馬車で二時間ほどかかる。毎回往復四時間をかけてわざわざ邸に帰ってくるより、王都に泊まり、まとめて仕事を片付けた方が効率的だ。
戦後の後処理でやるべきことが沢山あるらしいので、当分はそういう日が続くだろう。
「私が夫婦の寝室で眠っていると、旦那様がマリリンさんの所へ行きづらくなるでしょうから。私は自室で休みます」
「どうか、事を荒立てるのはお控えください。今日は必ず、私が阻止します」
ダミアは職務に忠実だ。事を荒立てるなという理由は、はっきりしている。
私がバーナードと夫婦喧嘩でもすれば、邸の使用人たちが動揺するだろう。
ただでさえマリリンさんの件で邸内が混乱している。
「阻止?」
「はい。旦那様がアーロンさんの所へ行かれるのを阻止します。旦那様が王宮でお泊りになられているときは、アーロンさんは普通にぐっすり眠ってらっしゃいます。お帰りになられた日だけ、ぐずって眠らないのはおかしいですから」
確かに、ダミアのいうのは一理ある。
メイド長の手を煩わせることになって申し訳ない。夫婦のことで心配されているなんて恥ずかしい。
私は子供みたいに、旦那様が寝室に戻られないだけで、拗ねて自室のベッドで寝てしまっていた。
「みっともないわね私、子供みたいな行動だわ。まるで構って欲しくてわざとやっているみたいね」
ダミアは首を横に振った。表情を変えずに私の傍まで歩み寄ると。
「奥様。旦那様としっかり話をしてください。そして嫌なのなら、はっきりおっしゃって下さいませ。旦那様の行動は間違っています。この屋敷に勤めて二十年になりますが、これほど旦那様が情けないと思ったことはございません」
伝えなければ伝わらない。
分かっているけれど、彼はマリリンさんのことを『親友の恋人で、自分は第二夫人になど考えていない』とおっしゃった。
そして、私が意見をすれば、気の毒な女性に手を差し伸べない、狭量な冷たい女だと思われる。
話し合ったとしても多分平行線でしかない。
「ダミア。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい。分かりました。今日は夫婦の寝室で休みますね。旦那様がマリリンさんの所へ行きたいと思われるのなら、わざわざ阻止しなくてもいいです。本人が嫌なら行かなければいいだけなのですから」
◇
その晩旦那様は寝室を出ていくことはなかった。
「ソフィア、今度町に食事に行くか。新しくできたレストランが人気らしい。モーガンが予約を取ってくれた。昼間は王都から来た劇団の公演を観に行こう。なんとか一日休みが取れたから、久しぶりに君と過ごしたい」
旦那様はそう言ってくださった。
マリリンさんのことで、心が離れてしまいそうだったけど、旦那様は私のために休みを使ってくださると聞いて嬉しかった。
二人でどこかへ出かけるなんて何年ぶりだろう。
着ていくドレスがないわ、既成の物でもいいから新調しなくてはいけない。
その日は嬉しくてなかなか寝付けなかった。
◇
「どういうことですか?何故、旦那様をお呼びしてはいけないのでしょう」
その時マリリンさんの部屋の前では、新しくマリリンさんについた担当メイドと、ダミアのいい争いが続いていた。
「旦那様はお疲れです。夜中に呼び出すなどもってのほかです。夜泣きくらいなんとかしなさい。それができないのなら、子育てに精通した新しいメイドに担当を変えます」
「そんなこと旦那様が許されるはずありません」
「いいえ、許されないはずありません。マリリンさんはそもそもメイドなど必要ない立場の方です。子供の世話がご自分でできないのなら、子供を預けることも可能です」
「まぁ!なんて酷い」
「酷いと思うならマリリンさん本人に聞いてごらんなさい。ご自分の立場をちゃんと理解されていらっしゃるなら、旦那様に迷惑がかかるようなことはおっしゃらないでしょう」
メイド長は頑として新人メイドの意見を聞き入れなかった。
3,006
お気に入りに追加
7,308
あなたにおすすめの小説
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる