上 下
2 / 60

2  【ソフィアside】 帰還 

しおりを挟む

空は晴れているけれど、春の始まりの風はまだ少し冷たい。
私(ソフィア)はコートの襟を立てた。

長きにわたる隣国との戦争に勝利し、二年ぶりに夫が戦地から帰ってくる。
兵役で戦地へ着いていた息子や夫が戻ってくる事を、家族たちは涙ながらに喜んだ。 
領民は平和になったことを祝い、町はお祭りムードに溢れ返っている。

私もまた、帰還してくる夫の帰りを楽しみに待っている一人だった。

私がバーナードに会うのは二年ぶりだった。
結婚して三カ月でバーナードは戦地に着いた。お互いまだ新婚だったにもかかわらず出兵しなくてはならず、嫁いできてすぐに領主の代理として私は仕事を覚えなければならなかった。
右も左も分からない若い娘が領を預かるのは大変な事で、毎日寝る間もなく必死に働いた。
命を懸けて戦地で戦っている主人の為にも、この領地の民たちを飢えさせるわけにはいかないと、必死の思いで毎日頑張った。

私とバーナードは婚約期間もほぼない状態で年齢と家柄のみで急遽決まった結婚だった。

その時私は伯爵家の次女で年齢は二十歳。バーナードは若くして領主となりハービス領を統治する二十五歳だった。


三カ月だけの夫婦生活だったが、領主としてリーダーシップを遺憾なく発揮し領民たちを導き、見目麗しく男らしいバーナードの事を私は好きになった。
思いやりがあり、何もわからぬままハービスに嫁いできた私の事を気遣ってくれた。不器用で言葉足らずなところはあるが、彼の内面の潔さや誠実さを好ましく思った。

二年間という辛い時期を乗り越えて、やっと夫婦としてこれから暮らしていけるのだと思うと感無量で、期待に胸が膨らんだ。
少しでも彼に美しい姿を見てもらいたいと、できるだけ見栄えのするワンピースを身に着けて薄く化粧をし、髪を結った。豪華なドレスは全て売ってしまい、現金化して領地の民の為に使ってしまった。
残っている洋服は実用的な物ばかりになったが、私の美しさは着飾らなくても変わらない。



「奥様!旦那様がお戻りになられました」

軍服に身を包んだ夫が屋敷のドアから入って来る。その姿を見たとたん私の目は涙でいっぱいになった。
実に二年ぶりに見る夫の姿だ。
ハーヴィス領の領主であるバーナードは、黒ぐろとした艶のある髪と同じ色の瞳、彫刻のように整った顔立ちと鍛えられた体躯。誰もが羨む堂々とした姿は、何年経っても記憶のままだ。
私は夫の姿に惚れ惚れする。

愛するバーナードは私を確認すると、彼女に微笑んだ。
長旅で疲れているだろうが、夫は彼女の顔を見ると嬉しそうに「ただいま」と声をかける。

私は溢れ出る涙を抑えることなく、彼の元に駆け寄った。

「おかえりなさい旦那様、無事のご帰還をお喜び申し上げます」

震える声が、会えなかった長い時間を物語っている。

「堅苦しい挨拶はなしだ。ソフィア苦労をかけたな」

バーナード は優しく私の髪を撫でた。

執事やメイドたちも、涙ながらに主人の無事の帰りを歓迎した。

夫は自分の感情をあまり表に出さない。けれど今は妻に会えた事を心から喜んでいるようだ。

表情が変わらない事で、他人から冷たく怖い人だと思われがちなバーナードだったが、本来の彼は領民の気持ちに寄り添い、熱い心を持った思いやりのある優しい人間だった。
そんなバーナードを私も心から愛していた。

「屋敷の事、領地の仕事もみてくれて私には感謝している。長い間、屋敷の皆にも苦労をかけた」

「旦那様こそ大変な任務、本当にお疲れ様でした。やっと戦いも終わったので、これからは穏やかに暮らされますよう私も傍で支えたいと思います」

「ありがとうソフィア。昔のように平和で活気のあるハーヴィス領を取り戻す。皆も今後ともよろしく頼む」

使用人たちにも声をかけ、バーナードは領主らしい言葉で感謝を伝えた。

「旦那様が無事に帰って下さっただけで、私共は大変うれしく思っています」
「領主様が戻られたので、領地も昔のように活気づくでしょう!」

執事やメイド達は喜びの声をあげた。

私にとって屋敷の使用人達は苦しい時を共に乗り越えた同士のようなものだった。
皆が喜んでいることが何より嬉しかった。



けれど、その時はまだ彼の後ろに、小さな赤ん坊を連れた女性が立っていることに誰も気がつかなかった。

しおりを挟む
感想 788

あなたにおすすめの小説

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...