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お土産の量の多さは、彼の後ろめたさの表れだと思った。

「え……どういうこと?」

拓也さんは京都土産をテーブルの上に並べていた。
私が好きな抹茶のチョコレート。バームクーヘンも、八つ橋も全て抹茶味。私は抹茶が大好きだ。パッケージも可愛く女の子が好みそうなお洒落な物だった。
京都で有名な油取り紙もお土産に買って来てくれた。

まるで女性が見立てたお土産のようだった。


「離婚はするけれど、少しだけ待ってほしいの」

彼の動きが止まり、まるで体が凍り付いてしまったかのように固まっている。

「りこ……ん?」

思いがけない言葉だったのか、理解するまでに時間がかかったようだった。
かなり動揺しているのが分かる。
みるみるうちに血の気の引いたような顔色になる。

「待つ…………少しだけ?」

私の言葉を繰り返す。

「ええ。慰謝料とかはいらないし、特にお相手の女性への請求も何もしないから。あと五ヶ月、夫婦でいて欲しいの」

私は記入済みの離婚届を彼の前に置いた。
口だけではないと分かって欲しかった。

五ヶ月あれば彼の再就職先も決まるだろう。
次の住まいを見つけることもできる。
彼も今後の生活の基盤を作っていく時間が必要だろう。

「離婚……する気だったんだ」

「そうよ」

「君は、彼女のことを知ってたんだ」

「ええ。知っていたわ」

彼は辛そうな顔をした。
目を閉じて眉間にしわを寄せる。

逆でしょう。辛いのは私のほう。不倫されていたのも私。あなたがそんな顔をする必要はないわ。

「小春はそれでいいの?」

「ええ。私はそれでいいわ」

私はできるだけ事務的に、けれどキツイ顔にならないように気を付けて伝えた。
しばらく沈黙が流れる。
彼は息を吐いた。

「僕は……離婚……そうか」

「大丈夫。彼女と今まで通り付き合ってもらっても構わない。ただ、五ヶ月間だけはまだ私と夫婦でいて欲しいの」

私の要求はそんなに難しいものではないはず。

「……わかった」

彼はガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、リビングから出て行った。

スマホを持って行ったところを見ると、妻が離婚に応じたと彼女に報告するのかもしれない。


拓也は少し苛立っているようだった。

離婚の話が出るとは思ってなかったみたいだ。
お土産を受け取って、その後、突然伝えたから動揺したのかもしれない。

彼は私へのお土産をどんな気持ちで買ったんだろう。
選んだのは拓也ではなく彼女かもしれない。
妻への土産を、不倫相手に選ばせたとしたら本当に酷い男だ。

テーブルに置かれたそれを見て気分が悪くなった。

「言えたね」

神様がいつの間にか私の横に座っていた。

「ええ。ちゃんと言えたわ」

「死ぬまでは夫婦でいるんだ」

「ええ。死ぬまでは夫婦でいるの」

それが私の復讐方法だった。
きっと彼は私が死んだあと、後悔するんじゃないだろうか。

「彼は後悔するかしら……」

「後悔して欲しい?」

そうね、どうだろう。

でも、離婚と死別では意味が違ってくる。

「うちの神社って、縁結びで有名なのよ。神様だから知っているでしょう?」

「そうだね。縁結びの神社だ」

縁結びの神社の神主が離婚したら駄目でしょう。

「死別なら、少しは親孝行になるかなと思って」

「そうじゃないよね。小春は拓也のことが好きだから、生きている間は一緒にいて欲しいんだ」

そうかしら?

「それくらいの我儘。赦してくれないかしら……」

「赦す。神様が君の我儘を赦すよ」

「ありがとう神様」



私は彼がいない間に部屋を移動して寝室を分けていた。
夫婦の寝室は彼が使えばいい。

自分の荷物は和室に運び、布団を敷いて今日からは夫婦別室で就寝する。

彼がいる夫婦の寝室のドアをノックする。

「はい」

中から返事が返ってくる。
彼は帰って来たままの服装で、ベッドに腰掛けていた。

「今まで通り、朝起きて一緒に朝食を食べて、今までみたいに夕食も一緒に食べたいわ。いいかしら?」

「ああ。わかった」

「寝室は分けるけど、それ以外は今まで通りにしてもらいたいの。神社の奉仕は貴方にお願いすることもあると思うわ」

「ああ。神社の奉仕はちゃんとする」

彼は私の顔を見ずに投げやりに答えた。

「できれば五ヶ月間は、夫婦としてお互い思いやりを持って暮らしたいと思うんだけど。いいかしら?」

彼は拳を握りしめている。

「君は、怒らないんだ」

彼の態度に驚いた。怒るってどうして?彼の態度が開き直った大胆さに変わっていく。
怒ったら状況が変わるのかしら。
何故そんなことを貴方が言うの?

「怒ったとしても、自分が虚しいだけだから」

「君は僕と離婚して……それでいいのか」

今度は声が震えている。
追い詰められたかのように言わないで。

離婚する原因を作ったのは貴方でしょう。

少しでも私のことを愛した時期があったのなら、残された時間は夫として過ごして欲しい。


「逆ギレだね……」

私のすぐ横で神様が声を出して言った。
驚いて横を見る。

「大丈夫。彼には僕の姿は見えないし、声も聞こえてないよ」

「そう……」

急に私の横に男性が現れたら流石に拓也さんも驚くだろう。
けれど彼が神様に気付いた様子はない。


私は神様のことが気になった。
見つかったらどうしようかと焦って、そのまま寝室のドアを急いで閉めた。


「できれば私一人の時に姿を現して欲しいんだけど。心臓に悪いわ」

「心臓の心配なんて今更だよ」

「そうね。死ぬのに変な心配だったわ。ふふ」

神様がいてくれるから、私は取り乱さずに済んでいる。
彼に感謝しなくてはいけない。

「ありがとう神様。一緒にいてくれたから勇気が持てた」

「どういたしまして」

神様は優しく頷いた。





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