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「もし死ななかったら離婚するの?」

社務所に戻り、パソコンの前でモニターを見つめていると、いつの間にか隣に先程の男性が立っていた。

……!

「ちょ……あなた何処から……」

どう考えても不審者だ、警察を呼ばなければ!
今日に限って、誰も社務所にはいなかった。

私が電話に手を伸ばそうとしたとき、不審者が「ふっ」と息を吐いた。

急に私の体が固まった。動けない。

「……!」

言葉は出ない。まるで時間が止まってしまったようだ。

「小春は、僕を覚えていないようだけど。僕は君を覚えている」

彼はゆっくりと勝手に話し出した。

「二十数年ほど前、君が五歳の頃、僕と話をしたよ。将来は僕のお嫁さんになるって言っていた」


彼は思い出しているのかクスクス笑った。

「神にとっては時間なんて、あってないようなものだから、僕にとってはついこの間の話なんだけどね」

そんなこと覚えていない。五歳の頃の話でしょう。

「君に人間の寿命が見えるようになった時期と同じくらいだけど、覚えてない?」

そう言われれば、人の余命が見えるようになったのは五歳の頃だった。

最初は何の数字だかわからなかった。
親に言っても信じてもらえなかった。
十歳の時に叔母が事故で亡くなって、初めてその数字は余命かもしれないと思った。

「余命のことは覚えているみたいだね。僕のことは忘れられたか。残念だよ」

この人は、私の考えていることを読んでいる?

「神様だからね。ああ何でもわかるよ」

とにかく話ができるように、この硬直を解いてほしい。
金縛りだか何だか知らないけど、変な能力は使わないで。

「解いてあげるけど、ちゃんと僕の話を聞いてくれなくては駄目だ。冷静になれなければ、また口が利けないようにするよ」

「わかったわ」

あ……声が出た。

「いい子だね。小春」

彼は私の頭を撫でた。
驚いて思わず後ろにのけ反ってしまう。

「それで……神様。なぜ私のところへ?私の余命があと半年だからお迎えにいらしたのですか?」

「まぁ、そうだね。死ぬまでに色々とやっておきたいことがあるだろうと思って、君に会いに来たよ」

やっておきたいこと。

「君は、さっきの質問に答えてない。もし、余命が延びたのなら、旦那さん、拓也と離婚したの?」

「……」

いいえ。しないわ。

私は多分、拓也さんと離婚はしないだろう。

彼以外の男の人を知らない。彼以外の人を愛したことがない。

「君は拓也を愛しているんだね。僕にプロポーズしておきながら酷いもんだ」

「その、もしそれが事実だとしても、プロポーズしたとき、私はまだ子供だった。ならば子供の戯言だと思って忘れて下さい。結婚といっても神様の嫁が務まるほど、信仰心が強い人間ではありませんので」

「そうか……残念だ」

神様は本当に残念そうに軽く肩をすくめてみせた。

「拓也さんと過ごすのはあと半年です。ですから事を荒立てるつもりはありません。もし、こうだったらという、もしもの話は現実的ではありませんので考えません」

現実的も何も、神様が目の前にいることが現実的じゃないけど。
彼はハハハと笑った。

「そうだね。現実的ではない。でも僕はこうして君の側にいるからね」

「神様が私の余命を延ばしてくれるのですか?」

「先に言っておくけど、僕は情状酌量しないんだ。だって、そんなことをしたらみんな死ななくてよくなる。よみがえりで人口増え過ぎて食糧難で人類滅亡。それは無理だ」

ああ。そうよね。そんなに都合よく事は運ばないでしょう。

「でしたら、もう、そっとしておいてください。もし、なにか願いをきいて下さるというなら、死ぬときは痛くないようにお願いします」

「ああ……瞬殺希望?まぁ、あるよねそういう願い。結構死に際にお願いされることが多いよ。皆、苦しんで死にたくはないよね」

どうせ死ぬのなら、誰しも苦しんで死にたくないだろう。当たり前だ。

「どうやって死ぬのかは教えてくれないんですか?」

「ああ、それも無理。でも気が付かないうちに静かに死ぬよ。だから安心してこっちにおいで。僕のお嫁さん。待ち遠しくて仕方がない」

少なくとも私が死んだら嬉しい人が天国にいるのは確かなようだ。
おかしな話だけど、少しだけ気が楽になった。

「あと半年の命だ。悔いが残らないように」

彼はそう言って帰っていった。

なんで神様が来たのかよくわからなかった。

死期がわかってから彼はやってきた。

神だとしたら死神だろう。


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