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自分の余命を知ることができたら、貴方はどうしますか?
私は自分があと半年しか生きられないと知った。
小さな頃から私には人の余命がわかる能力があった。
それは病気の人に限らず、健康な人であっても同じだった。高齢者だけでなく子供に対してもだ。
事故なのか事件に巻き込まれるのか、どうやって死ぬのかはわからない。
十代なのにもうすぐ死んでしまう人もいれば、寝たきりの老人でまだまだ生きる人もいた。
私がその人に何を言おうが、どう動こうが、彼らの命の残された時間を変えることはできなかった。
人はいつか必ず死ぬ。それは神様が生と共に与えた数少ない平等なのかもしれない。
「小春、今日は自治体の集まりがあるからお義父さんは忙しいらしい。今日の予約の初宮詣(お宮参り)は俺がするよ」
夫の拓也は三十二歳、私より四歳年上だ。
「わかったわ。ありがとう」
朝のお供えの準備をしながら、拓也さんに礼を言った。
私の家は神社で私はそこの娘だ。
兄はいるが、実家の神社は継ぎたくないと海外に行ってしまった。仕事も家族もアメリカでできて、神社の面倒な仕事からも解放され自由に暮らしている。
結果、私がこの神社を継ぐことになった。
そして、拓也さんはそれでもかまわないと婿に来てくれた人だった。
「いつもごめんね」
「いや、赤ちゃんは可愛いから祈祷するのも楽しいよ」
夫は笑顔で社務所を出て行った。
私達に子供はまだいない。
彼は以前は普通のサラリーマンだった。
営業職でそこそこ大手の企業に勤めていた。
彼は数え年で二十四歳、前厄の厄払いでうちの神社を訪れた。
その時、私はまだ巫女として手伝いをしていただけだったが、彼はそんな私を可愛いなと思い目に留めていたという。
本厄、後厄の三回続けて彼は毎年うちの神社にやってきた。
三回目のとき、彼は私に初めて声をかけた。
そこから交際が始まり、結婚を決めたと同時に、彼は仕事を辞める決意をした。
初めての出会いから、六年後のことだった。
私は浄衣に着替える。
首紙を広げ、首に回し蜻蛉に留めた。
私は女性神主だ。
実家は社家だから神主の資格を取った。けれど世の中は女性の神職を良しとしない人たちがいる。
ほとんどそうだと言っても過言ではない。
同じご祈祷料ならば、女性神主より男性神主のほうがいいと思うのは仕方がない。
そもそも神主は古来より男性の就く奉職であって、女性神主はタブー視されていた。
今日の初宮詣の参拝客が、女性でも良いといってくれるなら、ご祈祷するつもりで私は着替えていた。
拓也さんにばかり頼んで、彼の負担を増やしたくなかった。
◇
着替えの途中で、鏡に数字が映り込んだ。それは私の残された余命だった。
『六ヶ月』
驚いて何度も鏡を確認する。布で拭いたり、角度を変えてみたり。手鏡を出してきて映してみたり、ファンデーションのコンパクトの中の鏡をみたり。
けれど。
『六ヶ月』
その文字は消えなかった。
「ごめんなさい。少し具合が悪いみたいなの。今日は部屋で休ませてもらうわ」
夫は顔色の悪い私を気遣い、おでこに手を当てて熱を計ろうとした。
私はそっと夫の手をよけた。
先ほど見た自分の残された寿命の短さに動揺していた。
「少し休んだらよくなると思うから」
無理に微笑みを作り、部屋へ向かった。
六ヶ月……私はまだ二十八歳。
早過ぎる。
宮司である父に体調が悪いからと説明して、奉仕を代わってもらった。
それから三日間寝込んでしまった。
「何か食べたいものとかはある?今日は渋谷まで行くから、帰りは遅くなると思うけど、必要な物があれば買ってくるよ」
翌日、夫は優しく声をかけてくれる。
「ありがとう。大丈夫よ」
「病院へ行った方がいいんだけど……」
もし私が今から病院へ行くから、連れて行ってと頼んだらどうするの?
「大丈夫よ。もう随分よくなったから。午後から奉仕できると思う」
私は夫を安心させる。
病院へ行っても余命は変わらないだろう。
私は病気で死ぬわけではない。
特に何の痛みもないから、痛み止めをもらう必要はない。
きっと突然死か、事故かしら……
余命はわかっても死に方まではわからない。
できるだけ苦しまずに死にたいと思うだけだ。
何をしても人の寿命は変わらない。それは私が一番よく知っている。
ご祈祷にきた方で、その日に亡くなることを知った人がいた。
もしかして事故に遭うかも、自死を考えているかもと私は彼女に一日中張り付いた。けれど彼女は亡くなった。
私の見ている前で、工事していたビルから落下した鉄骨の下敷きになった。
電車の駅で思いつめた顔をした男性を見た。
彼の寿命はその日で終わる。
「少しお話ししませんか?」
彼を誘い、お茶を飲んだ。
自殺を考えているならば思いとどまってほしいと思い説得してみた。
「なんかスピリチュアル系の勧誘だろうけど、そういうの興味ないから。商材とかも買わないし、給料日までは金がないから」
迷惑そうにあしらわれたけど、彼の言葉を聞いて少しほっとした。
悩んでいるようには見えない。彼は自殺はしないと感じた。
「わかりました。どうかご自愛ください」
伝票を持ってカフェを出た。
彼はその夜、事件に巻き込まれて死亡した。
付き合っていた彼女に刺されたようだ。
新聞で読んだ限りは、痴情のもつれの死のようだった。
死期が近い人に病院へ行くようすすめても、人間ドックに入るように言っても結果は同じだった。
私が人の余命を変えられたことは、今まで一度もなかった。
死なないようにすることよりも、残された時間をできるだけ平穏に幸せに生きる。そうすすめた方がその人にとっては良い人生なのかもしれない。
その結論に行きついてから、美味しい物を食べて下さいとか、旅行へ行って下さいと言うようにした。
「今日は渋谷……」
夫は読書会の集まりがあると言って出かけていった。
きっと嘘だろう。
彼が不倫相手と会うのはきっと渋谷ではない。いつも違う場所を私に伝える。
布団を頭の上まですっぽりかぶった。
涙が出てきた。
半年ほど前から、夫はジムに通うようになった。
汗をかくのでシャワーを浴びてから帰宅する。石鹸の匂いがしても何らおかしいとは思わなかった。
偶然見てしまったスマホのラインで彼の浮気を知った。
相手は以前、うちの神社で巫女のアルバイトをしていた女の子だった。
今は働いていて、OLになったと聞いていた。
あの時から二人は関係があったのかもしれない。
そうだったらもう二年だ。
いつからそういう関係だったのかはわからない。
けれど、ジムに行きだした半年前には体の関係があったのは確かだ。
彼はいつもと変わらず私に優しかった。
彼女と会った日でも、何もなかったかのように振る舞う。
そして夫は平気で嘘をつく。
私は自分があと半年しか生きられないと知った。
小さな頃から私には人の余命がわかる能力があった。
それは病気の人に限らず、健康な人であっても同じだった。高齢者だけでなく子供に対してもだ。
事故なのか事件に巻き込まれるのか、どうやって死ぬのかはわからない。
十代なのにもうすぐ死んでしまう人もいれば、寝たきりの老人でまだまだ生きる人もいた。
私がその人に何を言おうが、どう動こうが、彼らの命の残された時間を変えることはできなかった。
人はいつか必ず死ぬ。それは神様が生と共に与えた数少ない平等なのかもしれない。
「小春、今日は自治体の集まりがあるからお義父さんは忙しいらしい。今日の予約の初宮詣(お宮参り)は俺がするよ」
夫の拓也は三十二歳、私より四歳年上だ。
「わかったわ。ありがとう」
朝のお供えの準備をしながら、拓也さんに礼を言った。
私の家は神社で私はそこの娘だ。
兄はいるが、実家の神社は継ぎたくないと海外に行ってしまった。仕事も家族もアメリカでできて、神社の面倒な仕事からも解放され自由に暮らしている。
結果、私がこの神社を継ぐことになった。
そして、拓也さんはそれでもかまわないと婿に来てくれた人だった。
「いつもごめんね」
「いや、赤ちゃんは可愛いから祈祷するのも楽しいよ」
夫は笑顔で社務所を出て行った。
私達に子供はまだいない。
彼は以前は普通のサラリーマンだった。
営業職でそこそこ大手の企業に勤めていた。
彼は数え年で二十四歳、前厄の厄払いでうちの神社を訪れた。
その時、私はまだ巫女として手伝いをしていただけだったが、彼はそんな私を可愛いなと思い目に留めていたという。
本厄、後厄の三回続けて彼は毎年うちの神社にやってきた。
三回目のとき、彼は私に初めて声をかけた。
そこから交際が始まり、結婚を決めたと同時に、彼は仕事を辞める決意をした。
初めての出会いから、六年後のことだった。
私は浄衣に着替える。
首紙を広げ、首に回し蜻蛉に留めた。
私は女性神主だ。
実家は社家だから神主の資格を取った。けれど世の中は女性の神職を良しとしない人たちがいる。
ほとんどそうだと言っても過言ではない。
同じご祈祷料ならば、女性神主より男性神主のほうがいいと思うのは仕方がない。
そもそも神主は古来より男性の就く奉職であって、女性神主はタブー視されていた。
今日の初宮詣の参拝客が、女性でも良いといってくれるなら、ご祈祷するつもりで私は着替えていた。
拓也さんにばかり頼んで、彼の負担を増やしたくなかった。
◇
着替えの途中で、鏡に数字が映り込んだ。それは私の残された余命だった。
『六ヶ月』
驚いて何度も鏡を確認する。布で拭いたり、角度を変えてみたり。手鏡を出してきて映してみたり、ファンデーションのコンパクトの中の鏡をみたり。
けれど。
『六ヶ月』
その文字は消えなかった。
「ごめんなさい。少し具合が悪いみたいなの。今日は部屋で休ませてもらうわ」
夫は顔色の悪い私を気遣い、おでこに手を当てて熱を計ろうとした。
私はそっと夫の手をよけた。
先ほど見た自分の残された寿命の短さに動揺していた。
「少し休んだらよくなると思うから」
無理に微笑みを作り、部屋へ向かった。
六ヶ月……私はまだ二十八歳。
早過ぎる。
宮司である父に体調が悪いからと説明して、奉仕を代わってもらった。
それから三日間寝込んでしまった。
「何か食べたいものとかはある?今日は渋谷まで行くから、帰りは遅くなると思うけど、必要な物があれば買ってくるよ」
翌日、夫は優しく声をかけてくれる。
「ありがとう。大丈夫よ」
「病院へ行った方がいいんだけど……」
もし私が今から病院へ行くから、連れて行ってと頼んだらどうするの?
「大丈夫よ。もう随分よくなったから。午後から奉仕できると思う」
私は夫を安心させる。
病院へ行っても余命は変わらないだろう。
私は病気で死ぬわけではない。
特に何の痛みもないから、痛み止めをもらう必要はない。
きっと突然死か、事故かしら……
余命はわかっても死に方まではわからない。
できるだけ苦しまずに死にたいと思うだけだ。
何をしても人の寿命は変わらない。それは私が一番よく知っている。
ご祈祷にきた方で、その日に亡くなることを知った人がいた。
もしかして事故に遭うかも、自死を考えているかもと私は彼女に一日中張り付いた。けれど彼女は亡くなった。
私の見ている前で、工事していたビルから落下した鉄骨の下敷きになった。
電車の駅で思いつめた顔をした男性を見た。
彼の寿命はその日で終わる。
「少しお話ししませんか?」
彼を誘い、お茶を飲んだ。
自殺を考えているならば思いとどまってほしいと思い説得してみた。
「なんかスピリチュアル系の勧誘だろうけど、そういうの興味ないから。商材とかも買わないし、給料日までは金がないから」
迷惑そうにあしらわれたけど、彼の言葉を聞いて少しほっとした。
悩んでいるようには見えない。彼は自殺はしないと感じた。
「わかりました。どうかご自愛ください」
伝票を持ってカフェを出た。
彼はその夜、事件に巻き込まれて死亡した。
付き合っていた彼女に刺されたようだ。
新聞で読んだ限りは、痴情のもつれの死のようだった。
死期が近い人に病院へ行くようすすめても、人間ドックに入るように言っても結果は同じだった。
私が人の余命を変えられたことは、今まで一度もなかった。
死なないようにすることよりも、残された時間をできるだけ平穏に幸せに生きる。そうすすめた方がその人にとっては良い人生なのかもしれない。
その結論に行きついてから、美味しい物を食べて下さいとか、旅行へ行って下さいと言うようにした。
「今日は渋谷……」
夫は読書会の集まりがあると言って出かけていった。
きっと嘘だろう。
彼が不倫相手と会うのはきっと渋谷ではない。いつも違う場所を私に伝える。
布団を頭の上まですっぽりかぶった。
涙が出てきた。
半年ほど前から、夫はジムに通うようになった。
汗をかくのでシャワーを浴びてから帰宅する。石鹸の匂いがしても何らおかしいとは思わなかった。
偶然見てしまったスマホのラインで彼の浮気を知った。
相手は以前、うちの神社で巫女のアルバイトをしていた女の子だった。
今は働いていて、OLになったと聞いていた。
あの時から二人は関係があったのかもしれない。
そうだったらもう二年だ。
いつからそういう関係だったのかはわからない。
けれど、ジムに行きだした半年前には体の関係があったのは確かだ。
彼はいつもと変わらず私に優しかった。
彼女と会った日でも、何もなかったかのように振る舞う。
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