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第17話
しおりを挟む前島さんと次の水曜は仕事帰りにスーパーで買い物をしてから、一緒にアパートへ帰ろうと約束をした。
重い買い物袋を前島さんが持ってくれた。
まるで夫婦のようだなと雪乃は思った。
「あなただって浮気してるじゃない!」
後ろから女性の声が聞こえた。
「なに?」
振り返ると、そこには小林真奈美さんが立っていた。
「あなただって……浮気してるじゃない……」
彼女は目に涙を浮かべて、鬼のような形相で雪乃を睨んでいる。
前島さんは雪乃を守ろうと、真奈美さんとの間に体ごと入ってきた。
「自分の事は棚に上げて、康介の浮気を責めて、無理やり別れさせたでしょう?それに慰謝料請求ですって?酷い女ね」
「なに……」
「私たちは愛し合っていたのよ。それなのに、スマホを壊して連絡が取れないようにするなんて卑怯よ。自分だけ新しい男とよろしくやって全部自分のものにして満足?別れなさいよ!離婚してよ……康介さんを私に……ちょうだい」
「私は、あなたと話すことは何もありません。弁護士を通して」
急に突撃してくるなんて異常だ。
スーパーの帰りに、こんな目立つ場所で修羅場を演じるつもりはない。
「あなた知ってるの?この女は結婚しているのよ?立派なご主人がいるの。不倫関係になっていることを知ってる?」
今度は前島さんに向かって真奈美さんが突っかかってくる。
彼女は興奮している。
雪乃は、関係のない前島さんを巻き込みたくないと思った。
「この人は夫の不倫相手だった小林真奈美さんです」
前島さんに説明する。
「ここではなんだから場所を変えて話した方がいい。ご主人に連絡して、ここに来てもらおう」
前島さんが真奈美さんに話しかけ、道の端に誘導した。
「この女が、康介さんに私と会うなって言ったのよ。この女が、別れろ、二度と話をするなって言ったから康介さんは連絡をくれないの。全部この女のせいよ」
確かに、それが離婚しないための条件のひとつだった。
「雪乃さん。ご主人に連絡をした方がいい。ここに来てもらって」
前島さんが「落ち着いて下さい」と真奈美さんに声をかける。
**********************
「康介に電話するわ」
雪乃は康介に電話をかけた。
まだ家には帰っていないだろう。
けれど仕事が終わっているなら電話を取ってと雪乃は願う。
「……繋がらないわ」
焦っている雪乃に前島さんが提案する。
「雪乃さん。そして、真奈美さん。ここではなんですから、場所を移動しましょう。雪乃さんのご主人には連絡がつき次第来ていただくという事で、そこの……カラオケボックスに行きます」
前島さんは私たちを連れてカラオケボックスに入った。
この場所だったら、防音も利くし個室だから他の人の迷惑にはならないだろう。
「実家に電話して、太陽を預かってもらうよ」
「いいえ、前島さんはもう帰って下さい。これ以上迷惑をかけられません」
前島さんにはこれ以上迷惑をかけられない。
「なんで!この人だけ逃がそうとしないで!あなた不倫相手のことが康介にバレるのが嫌なんでしょう。駄目よ!康介さんに浮気していることをちゃんと知らせてよ。卑怯者!」
彼女は私の服を掴んで、頬をひっぱたいた。
「おい!やめろ」
前島さんが真奈美さんの腕を掴んで押さえつけた。
私はゆっくりと彼女を見据えて。
「冷静に話ができないなら、夫は呼びません。康介と話がしたいのなら、真奈美さん、冷静に振る舞って下さい」
***************************
結局康介がやってきたのは一時間ほどしてからだった。
「いったいどういう事なんだ?真奈美なんで君がここにいるんだ!」
「康介が、私と別れようとするからこうなったの。知ってるの?奥さんは浮気しているのよ?」
康介は前島を見た。
「公認ですから、何ら問題はないでしょう」
前島さんは康介に堂々と告げた。
「問題があるとすれば、別れたと言っていた真奈美さんと、康介さんがちゃんと関係を終わらせていなかった事です」
雪乃は、きっぱりと言い切ると康介を睨んだ。
「いや、俺は真奈美とちゃんと別れた」
「別れていないわ!康介は私を愛してるって言ったでしょう?私たちはお互い離婚して、一緒になるの。約束したわ」
埒が明かない。
「そんな約束は遊びの中でのたわごとだろう!お互いちゃんと家庭があった。真奈美は子供もいる。旦那さんと別れるなんてできない」
「離婚するわよ!わたしは夫に離婚される。だから、康介と一緒になるわ」
**************************
前島さんは関係ないのに、彼にまで火の粉が降りかかってしまった。
「前島さんは私の会社の上司です。私は水曜と金曜日に彼の家に夕食を作りに行っています。それは、家政婦としてであって、体の関係はありません。私がお願いして、彼の家に行っていただけです」
「……そうだったのか……」
それを聞いて康介はほっとした表情を浮かべた。
「そんなの嘘に決まっているじゃない!」
「真奈美は何もわかってない。君は雪乃の事を知らないだろう」
「なんで奥さんの肩をもつのよ……」
真奈美さんは泣き出してしまった。
「康介さん。真奈美さんの事はあなたの問題です。ちゃんと話をつけて下さい。前島さんは関係ないのでこれで帰ってもらいます。これ以上迷惑をかけたくありませんから」
「いや、帰るんだったら河津さん、雪乃さんも一緒に連れて行く。どう見ても、ご主人はこの女性と二人で話し合う必要があるだろう。奥さんに危害を及ぼしたのは事実だし。ちなみに彼女は殴られたからね」
「え!殴られたのか雪乃」
「とにかく、康介さん。真奈美さんとちゃんと話し合って下さい。結論が出たら私に話して下さい。真奈美さん。私が離婚をしたいと言ったら彼が、康介が嫌だと言ったの。そこだけはちゃんと覚えておいてね。私は離婚しようと夫に言ったわ」
「それじゃあ、奥さんは連れて行きます」
そう言うと前島さんは私の手を引いてカラオケボックスの部屋から出て行こうとした。
「ちょっと待って」
雪乃は前島さんにそう言って、鞄の中からボイスレコーダーを取り出し、康介に渡した。
「録音して。私も後で聞くから」
「わかった」
彼らをその場に残して、雪乃と前島さんはカラオケボックスを出た。
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