幸せだよと嘘をつく~サレ妻の再生計画~

おてんば松尾

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第4話

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数時間眠った。
起きてリビングに行くが、康介は出かけているようで誰もいなかった。

雪乃はダイニングテーブルにパソコンを置いて、離婚後の資産の振り分けを打ち込んでいった。

いつか子どもができ、マイホームを買うために2人で貯めていた夫婦の貯金は折半してもらう。
夫婦の財布は別だった。だから自分個人の貯金はある。
ここの家賃や光熱費、もろもろは全て康介が払っていた。大きな買い物をした時の支払いも康介だった。

雪乃は食費を出していた。
外食する場合は各々の財布から、二人で外食した場合は康介が支払った。
だいたい3:7くらいの割合で、康介の方が多く支払っている。
収入は康介が雪乃の倍はあるはずだ。

雪乃は離婚後の生活のことを考えた。
これから住むアパートを探さなければならない。
今後は一人ですべての費用を賄う。

だいたい毎月8万円くらい食費に使っていた。その他、消耗品なども雪乃が購入していた。
そのお金を次の生活費としてスライドさせれば、これからの生活の心配はない。
夫の為に、肉や魚は良いものを買っていた。
一人だったら食材にこだわらなくてもいいし、量も食べない。
食費は大幅に減るだろう。
確認しないと分からないが、会社から少しは家賃補助が出るはずだ。

「……前向きに考えなきゃ」




今日食事をする予定のレストランは、何ヶ月も前から予約しなくてはいけないような人気店だ。

時計を見ると現在午後1時。

ガチャリと玄関のドアが開き、夫が帰って来た。
康介は駅前の老舗鰻店の弁当をテイクアウトしてきたようだ。

康介「起きてたんだ。昼飯買ってきたよ」

ついでに、飲料などの重い物を買って来てくれた。
そういうところに気が利く康介。
誰からも羨ましがられるような素敵な旦那様だと思う。

「ありがとう」

「仕事してたの?」

「いろいろ、やらなきゃいけない事があるの。先に食べてもらってもいいかな。実は胃の調子が悪いの」

申し訳なさそうに康介に謝った。
だけど離婚のことを考えながら鰻を食べられるほど胃は頑丈ではない。

「大丈夫?昨日食べ過ぎたのかな?夜の予約は延期しようか」

「ん……当日だから、キャンセル料がかかるんじゃないかな?せっかくだし、行きたいわ」

雪乃は康介が買ってきた自分用の弁当を冷蔵庫に入れて、明日食べるねと言った。
夫が昼を食べている間に、まとめた資料をプリントアウトする雪乃。

康介に食後の緑茶を淹れた。
抹茶の粉末が茶葉に混ぜてあるらしい物で、京都から取り寄せた物だ。
雪乃が気に入って買っていたが、自分がいなくなったら康介はわざわざネットで注文しないだろうと思った。

全てが思い出になっていく。


リビングのソファーに座る康介。
向かいに座る雪乃。

「改まって、話って何?」

緊張するなと冗談めかして言いながら、康介は雪乃を見る。

「康介さん。私は29歳になったわ。3年間一緒にいてくれてありがとぅ」

「いや、なんだか真面目にそんなこと言われても照れるんだけど。こちらこそありがとう」

「私はとても幸せだったし、今も変わらず、あなたを愛しているわ」

「ああ。俺も雪乃を愛してるし、一緒にいられて幸せだよ」

康介の表情が緩んだ。
康介のこの顔が好きだったなと雪乃は思った。

***************************



雪乃は先程打ち込んだ用紙を康介の前にそっと出した。

「康介さん。離婚しましょう」

「……え?」

康介は虚を衝かれたように驚いて目を見張る。

そして雪乃がプリントアウトした用紙に目を通す。
離婚までにするべきこと、今後の予定と財産分与の内訳が書いてある。

「この部屋は、賃貸だし、今まで全ての費用を康介さんが払っているからそのままでいいと思う。私は新しく住む部屋が見つかり次第引っ越すわ」

康介は何も言わずに用紙をめくっている。

「家具や家電はそのままここに置いていく。私が買った物、ドレッサーとか本棚とかは私が持って行くわね。食器や調理器具は半分持って行かせてもらうわ、量も多いし邪魔になるだろうから」

「……ちょ、ちょっと待って」

「もう決めたから、私は大丈夫よ」

「冗談だよね?」

康介は険しい表情になり、焦りが伝わってくる。

「冗談じゃないわ」

しっかりと意志を伝えた。

「……な、なんで?」

康介の額に汗が滲んでいる。
雪乃はできるだけ、落ち着いて話ができるように呼吸を整える。


「康介さんは浮気をしているわ。私は自分が身を引きます。だから浮気なのか本気なのかは分からないけど、彼女との新しい人生を考えて下さい」

「は?何を言っているんだ」

「私は、自分に何が足りなかったのか、どこがいけなかったのか分からないわ。だけど、康介さんを大好きだったから、その気持ちは大事に持って行きたいの。嫌いになったり、責めたり、恨んだりしたくない」

「浮気なんて、何かの間違いだし。俺は雪乃を愛している。何か勘違いしてるんじゃないか?」

「勘違いはしていないし、嘘をつくあなたの姿は見たくない。慰謝料とかはいらないし、そこに書いてある通り、相手の方にも請求するつもりもないわ。ただ、離婚届にサインして、離婚すればいいだけ。弁護士に頼んだり、浮気調査に身を削ったり、ダラダラこの状態を続ける事は避けたいの」

「俺は……雪乃と離婚するつもりはない」

「あなたが拒否すれば、それだけ時間も労力もかかってしまう。無駄な時間は必要ないわ」

「無駄な時間ってなんだよ」

「私たちは半年ほどレスだったわよね?昨日はあなたと浮気相手の女の人がホテルに入って行くところを見たわ。出てくるまで待っていたの。動画も撮った」

「っ……それは……」

顔面蒼白とはこういう事だろう。
急所を衝かれ、狼狽している夫の姿は見たくなかった。

「大丈夫。責めるつもりはないの。許す許さないの問題でもないの。私から気持ちが離れてしまったんだなと思った」

康介は言葉を探しているようだ。
時間が過ぎていく。




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