ナイトメア

咲屋安希

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4.夢じゃないこれは現実

夢じゃないこれは現実(3)

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 「女と同衾どうきんできるほど元気なら、もう明日から退魔行に復帰できるな」

 ベッドサイドで腕組みしながら、明はそれはそれは冷めた目で眠る二人を見下ろす。


 掛け布団に肩まで埋もれた美誠みせいは、とても大切そうにひかるを抱いて眠っていた。

 輝も、普段ならここまで人に近づかれたら必ず目を覚ますはずだが、今は深く眠り込んだままだ。

 美誠の胸元に顔をうずめるように抱き込まれ、掛け布団にほぼもぐり込んで眠っている。


 ベッドルームにはとてもは入れない千早ちはやが、ひそめた声で必死に夫にうったえる。

あきら、明!ダメよこんな所に入っちゃ!失礼すぎるわよ!早く部屋から出ましょう!」

「大丈夫だ二人とも服は着てる。今朝まで意識不明だったんだから、さすがにそんな元気はないさ」

「も、もう、何てこと言うのよ、あとで輝君にばれたらタダじゃ済まないから!まずは探してる他の人たちに見つかったことを知らせに行かなきゃ!」

「しっかしこの馬鹿、昏睡状態からいきなり消えたと思ったらちゃっかり恋人のベッドに転がり込んでるとはな。あせって探し回った俺たちの方が馬鹿みたいじゃないか」

「もういいじゃない、それだけ美誠さんに謝りたかったのよ。もうお邪魔しちゃ悪いわよ、とにかく早く退散しましょ!」

 ようやくベッドルームから出てきた夫の背中を押すようにして、千早は真っ赤な顔で客室を出て行った。


 室内は静まりかえる。外に降る雪の音すらせず、大晦日おおみそからしい深い静けさだった。

 そんなベッドルーム内を、ベッドサイドランプの弱い光がうっすら浮かび上がらせている。

 暗い天井に、一羽の鳥が浮かんでいた。黄金の羽根は今は輝くこともなく、じっと気配を消して周囲に同化するように滞空している。


 美誠の腕の中から、輝は眼だけで聖獣を見ていた。美誠を起こさないようにまなざしだけをお互い交わす。

 輝の脳裏に、映像と非言語の情報が織りまざり伝わってくる。



 遠い遠い昔、高原美誠として生まれる前、美誠は権力者にだまされ殺された。

 力が全てを決する戦乱の世で、異能を手にせんと画策する権力者はいつわりの婚姻で美誠の父親をだまし、美誠に霊能に優れた子孫を産ますため鬼畜の所業で子を孕ませた。
 
 星の動きに合わせ出産させるため、何度も堕胎を繰り返させたのだ。

 腹の子の父親も権力者ではなく、霊能に優れた男を金で集め、ただただ力の強い子を産ませるための行為を繰り返させた。

 異能を封じられ若い娘では腕力もかなわず、心も体もぼろぼろにされ美誠は死んだ。

 だまされた事に気付いた父親は禁忌の術で権力者とその血族、治める領地までをも呪い、血で血を洗う壮絶な地獄絵図の末、双方が滅亡した。

 被害者とはいえ禁忌を犯した一族へ、守護神は力を貸すことはできなかった。誰も救うことができなかった。

 それは神格のおきてだった。闇の力に手を染めた者へ、神格は力を貸せないのだ。

 元来、神格はみだりに人の世に介入してはならない。抜きんでた力が、世界の調和を乱してしまうからだ。

 娘を救うことも、父親の敵討ちも、関係ない領民が殺されていくのも、人間同士が起こしたいさかいに介入することは許されなかった。


 けれど何の罪もなく地獄の苦しみの末死んだ娘の魂が再びこの世に生まれ変わってきた時、守護神は天界を出る事で掟をのがれ、娘の生まれ変わりに寄り添った。

 それは修験道一族のおさである父親の最後の願いだった。せめて次の生は幸せな結婚をして、家族と愛し愛され穏やかな人生を生きて欲しいと。

 殺戮さつりくを尽くし罪にまみれても、長の心は娘への愛を失っていなかった。

 だからなお哀れだった。長の魂が抱く愛情の輝きが、ついに聖獣の心を動かした。

 長の切ない願いをかなえるため、聖獣は人の世で言う法律の網をかいくぐるような、掟すれすれのグレーゾーンの手法を取ってまで美誠を護り続けている。

 
 
 聖獣は姿を消した。この人の次元から存在が消えた。自分で作り上げた時空のおりに帰っていった。

 輝はほんの少し顔を上げ、眠る美誠を見る。

(……しゅうとの許可が下りたようだな)

 明は寝たフリでやり過ごせたが、さすがに聖獣には通用しなかった。

 こんな所にまで顔を出すなんてプライバシーの侵害もいいところだが、どうやら美誠の夫となることへの『お許し』を伝えに来たらしい。

 自分は最初から試されていたのかもしれないと、輝は美誠の寝顔を見つめながら考える。

 一連いちれんの出来事すべてが、美誠の伴侶にふさわしいかどうかの、試験だったのではと。
 
 生霊が相手の精神世界、夢の世界に入り込むことはままあることだが、神格である聖獣なら侵入を防ぐこともできたはずだ。

 わざと放置されていたのだろう。絶対に近づけたくない相手なら、最初から侵入を防いでいたはずだから。

 美誠の夫候補として見込まれたことはうれしかったが、遠回しに試され続けていたのはちょっと気分が悪い。

 頼りにはなるがこの舅との付き合いが一生続くかと思うと、少しばかり微妙な気分になる輝だった。

(それだけ彼女を……大切にしているんだな)

 美誠が愛していると告げてくれたことが、どれだけ勇気がったことか。聖獣から伝えられた美誠の遠い過去を思い、輝はまた胸が痛くなる。

(もう傷つけない。必ず守るから。幸せにするから)

 自分を守るように抱き込んでくれる美誠の寝顔へ、輝は誓いを込めてくちびるを重ねた。



 一年後、満開の桜の花の下、御乙神宗家当主の婚礼が行われた。

 宗家の慣習として婚礼衣装は着物なのだが、花嫁の「写真を撮るだけでいいからドレスを着てみたいの」という、最大限に遠慮した消え入りそうな声でのお願いに、宗主が無理矢理洋装での式に変更しようとし、明たち関係者に全力で止められた。

 譲らない宗主と「そのお花畑な頭を冷やせ!」と止める周囲と揉めにモメたあげく(花嫁も「もういいから輝さんの気持ちだけで充分だから、着物で良いから」と必死に夫を止めていた)、折衷案せっちゅうあんとして式中に着物と洋装の二種類の衣装を着るということになった。

 宗主の婚礼は、一種の儀式であり格式高い重要な祭礼でもある。

 そこにいわゆる『お色直し』が入ったのは、御乙神一族一〇〇〇年の歴史の中で初の事例だった。

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