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4.夢じゃないこれは現実
夢じゃないこれは現実(2)
しおりを挟む輝を抱きしめ肩に顔を埋め、そのまますすり泣く美誠に輝はおそるおそる体に腕を回す。
ゆっくりと、壊れものをあつかうように美誠を抱きしめる。
顔を上げた美誠と、輝の目が合う。
「生きていてくれて、よかった……」
泣きながらまぶたを閉じる美誠に、輝が目元に生まれる涙を吸う。
それを皮切りに、右目、左目、鼻先、ほお、額と、何度もくり返しくちびるで触れる。
美誠を確かめるように。存在を確かめるように、くちびるで優しくなぞる。
力が入らない腕でそれでも精一杯抱きしめて、愛しい女性に輝は伝える。
「傷つけてごめん。本当にごめん。あれは、あの女の子は俺の生霊だよ。君の事が好きでたまらない気持ちが、正体を明かさないまま君に近づこうとあの姿になったんだ。
君に興味がない体を取りながら、俺の本心は何とかして君に近づこうと小狡い策を練ったんだ。俺の性根が汚いから無意識であんなことを起こしてしまったんだ。本当にすまなかった」
今は眼鏡を外している輝の目にも、うっすらと涙が浮んでいた。
いつも感情をおさえ本音を悟らせない輝が、隠すことなく本心をさらけ出していた。
「いけないと思いながら、夢で会えたらうれしかった。俺の事を好いてくれているのが死ぬほどうれしかった。
現実では君を忘れようと努力しているのに、夢の中では正反対で君にまとわりついている。ダメだと思いながら、夢の中の自分を止められなかった。自分の欲に負けてたんだ。本当に、本当にすまなかった……」
一気にしゃべってそれだけで疲れた様子の輝を、美誠はごく近くで見つめる。
輝が美誠に知らせないよう明たちを止めたのは、ケンカ別れした時「二度と顔を見せるな」と怒ったからだろう。
(なんて馬鹿正直な人なんだろう……)
輝ほどの術者なら、呪いを破るため聖獣の力を利用することも思いついたはずだ。
それでも美誠を呼ばなかった。自分の命が掛かった時でも、美誠を危険な目に遭わせまいとしてくれたのだ。
(……輝さんは、信じられるかもしれない。輝さんとなら、どんな場所でも一緒に生きていけるかもしれない……)
過去の恐ろしい経験が脳裏をよぎる。けれど今自分を抱きしめてくれるこの人は、あの時の鬼畜のような男とは別人だ。
今生きている世界も生活圏も、お互いまったくちがう。けれどこんなに思いやってくれる人なら、少々ぶつかったとしても意見をすり合わせていけるような気がする。真剣に美誠の話を聞いてくれるように思える。
輝へ深入りする恐れと、それを打ち崩そうとする弁護が脳裏で戦いあう。
黙り込む美誠に、輝はまた額にキスをする。なだめるような優しいキスをして、そして美誠の目を見つめる。
きれいな目だった。心を隠していない輝は、子供のようなきれいな目をしていた。
危なっかしいほどまっすぐなその目を見て、美誠は自分の中の迷いや恐れが、雪のように溶けていった気がした。
(正直で融通のきかない、とても不器用な人……)
ごく自然に、美誠は自分からキスをした。くちびるを重ねただけのつたないキスに、輝は身をこわばらせる。
まるで初めてキスをした少年のように、全身でうろたえる。
「私のことを、好きになってくれてありがとう。私も、輝さんが好きです。もうはなれたくないくらい、大好きです……」
取り巻く事情も、自分の中の恐れも、何もかも振り切ってただ素直に心に従う。心のままに輝に触れ、思いを伝える。
優しく、何度も、ふれるだけの柔らかなキスをくり返す。
しだいに輝も熱をおびるように、美誠のキスに応えはじめる。
「俺も好きだよ。君が好きだ」
深く抱き合い、鼻先をかすめ合い、溶けあうようにキスは深くなっていく。
ふと美誠が止まる。輝の右手が、美誠の胸のふくらみを包み込んでいた。
「輝さん……」
恥じらう弱い抗議に輝がうすく笑う。普段は見せない、男くさい笑みだった。
「さんざんセクハラをされたからね。仕返しだよ」
「セクハラって、どっちがセクハラですか。あなただって知ってたらあんな風に抱きしめたりしませんから」
「君に恋焦がれて悩む男を、抱きしめて胸に顔を押し付けて、さんざんやりたい放題してくれたね。覚悟はできてる?」
「何の、覚悟ですか……」
輝の手は優しくうごめき、なだらかなふくらみを撫でる。
目的を持って柔らかく動く手に、目元まで赤らんだ美誠がどこか苦し気に目をつぶる。
腕の中で切なげに息を詰める恋人を、輝は熱を持った眼差しで見つめる。自分もひとつ息を飲む。
「輝さん……」
ひどく甘い声で呼ばれて、うすく開いたくちびるにまた自分のくちびるを重ねる。
「……美誠、愛してる。君だけを、愛している」
理性がかき消えそうな中、初めて名前を呼ばれて美誠は心のままにほほ笑む。
「私も愛してる。あなただけ、愛してる」
今まで見たことのない、艶やかな女の色香ただよう笑みに、輝は吸い寄せられるように深くくちびるを奪った。
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