ナイトメア

咲屋安希

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4.夢じゃないこれは現実

夢じゃないこれは現実(1)

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 部屋から見える日本庭園には、しんしんと雪が降り積もっていく。

 広いサッシのそばに置かれた一人掛けのソファに座り、美誠みせい鈍色にびいろの空から降る雪を見上げていた。今日はもう大晦日おおみそか。今年は雪の年越しとなるようだ。


 ひかるが呪いから解き放たれた後、美誠は千早ちはやわれるまま宗家屋敷そうけやしきに滞在していた。

 宿泊に用意されたのは、修練の際泊まっていた和室ではなく賓客ひんきゃく用の豪華な和洋室だった。

 リビングだけでも美誠が借りている1Kより広いのに、その上ベッドルームと書斎とスパ施設並みの立派な浴室まで付いている。

 宿泊の準備などもちろんしていなかった美誠のために、衣服などの生活用品まですべて用意された。今着用しているあたたかなジャンパースカートも、タグを見ると若い女性に人気の高級ブランドの品だった。

 まさに豹変ひょうへんした待遇にとまどいながら、美誠はまだ十分に意識が戻らない輝の見舞いを続けている。

 「声をかけてやって欲しい」と明に言われ、毎日ベッドサイドに付き、眼を閉じたままの輝に静かに話しかけている。

 誰も側にいない時は、そっと髪をなでたり、冷たい頬に手を当て温めてみたりもするが、何も反応は返ってこない。

 今日もまだ面会時間が制限されていたので、長い時間は付き添えず、後ろ髪を引かれる思いで美誠はこの部屋へ帰ってきたのだ。


 輝の体が、本当に元の健康体に戻れるのか――心配で心配で、美しい客室にも、用意される豪華な食事や凝ったスイーツにも、何にも心がおどらない。昼なのに重苦しくくもった雪空は、まさに今の美誠の心そのものだった。

 大晦日とは思えない静けさの中、ドアがノックされる。

 そういえば、そろそろ午後のティータイムだ。誰かがお茶を持ってきてくれたのだろう。

 滞在を始めてから、家政婦の中でも一番気心の知れた女性が美誠の世話をしてくれるようになった。

 どうやら専属で付いてくれているようなのだが、いわゆるハウスキーパーにかしずかれるなど普通に生きてきた美誠にはまったく慣れない待遇である。

 ここまで厚遇される理由を、美誠もうすうす気づいている。たぐいまれな聖獣が守護に付いているという事だけではない。

 輝の本命の恋人にまちがわれているのだ。けれど生まれも育ちもまさに一般庶民の自分が、こんな豪勢な屋敷の主と結婚できる訳がない。

 今は輝が心配なので、あえてこの屋敷にとどまっているだけだ。輝の体調が復調したらきちんと話をして出て行こうと美誠は考えていた。


 お茶を受け取ろうとソファを立ってノックされた扉を開く。しかし扉の向こうにいたのは、顔見知りの家政婦さんではなかった。

「……突然、すまない。話がしたくて」

 声すらあまり出ないのだろう、かすれた小さな声で輝はようやっと伝える。

 浴衣の寝間着のまま、廊下の壁と腰板にすがり付きながらやせ衰えた輝が立っていた。

「輝さん……!どうして、ダメです、動くなんて!」

「君に、どうしても言いたい事が……」

 言いかけて、がくりと体が沈む。

「輝さん!」

 あわてて輝を支えるが、こんなに衰えた身体でも美誠にはかなり重い。力いっぱい輝を支えながら、美誠は客室に入りそのまま奥のベッドルームへとなかば引きずっていく。

「悪いが、どこか椅子にでも座らせてもらえば……」

「何言ってるんですか!こんな体でこんな寒い日に起きていたら絶対ダメです!」

 モダンな造りのベッドルームは琉球りゅうきゅう畳が敷かれ、奥の板敷いたじきにダブルサイズのベッドが二つ置かれている。

 ベッドサイドランプだけが照らすうす暗い室内を、美誠は何とか輝をベッドまで運び、できるだけ静かに腰を下ろさせる。

 輝もこの移動だけで体力を使い切ったのだろう、座っている事もできずベッドヘッドに置かれた枕に倒れ込んだ。

「輝さん、横になって。身体が氷みたいに冷えてます」

「すまない……自分でも信じられないほど体が動かなくて」

 ぐったりとする輝の腕や足を抱え上げ、何とかベッドの中に入れる。最後に頭を抱え上げ枕を入れて、ようやく横臥おうがの体制を整えることができた。

 疲れた様子で息を吐く輝に、美誠は部屋を出ようとする。

「お医者様を呼んできますから」

「待って。俺は大丈夫だから、君と二人だけで話をさせてくれ」

「大丈夫じゃありません、体冷え切っていましたよ!何でこんな無茶するんですか!話があるなら私を部屋に呼んでください!」

 泣きそうな声での説教は、まるで迫力がない。そんな美誠を優しい目で見つめて、輝がはっきりと、丁寧ていねいにしゃべる。

「……すまなかった。本当に、すまなかった。俺が悪かった」

 万感ばんかんの思いを込めて伝えられる謝罪に、美誠はこらえられないほど目頭が熱くなる。

 私、泣いてばかりだと自分を情けなく思いながら、美誠は人を呼びに行こうとした足を止め、ベッドへと引き返す。

「っは?ちょ、ちょっと、待ってっ……!」

 明が居たら「これは珍しい」と評しただろう、輝のうろたえた声と表情の原因は、カーディガンを脱いだ美誠がベッドに入ってきたからだ。

 思うように体が動かない輝に美誠は抱き付く。冷え切った輝の体に密着し、自分の身体で温めようとする。

「……二人だけで話をするなら、その間私が湯たんぽになりますから」

 さあどうぞ、と耳元で言われ、輝はこれ以上はないというほど脱力して首をあお向けた。

「君は……本当に隙だらけで、向こう見ずだよ……」

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