ナイトメア

咲屋安希

文字の大きさ
上 下
14 / 16
4.夢じゃないこれは現実

夢じゃないこれは現実(1)

しおりを挟む

 部屋から見える日本庭園には、しんしんと雪が降り積もっていく。

 広いサッシのそばに置かれた一人掛けのソファに座り、美誠みせい鈍色にびいろの空から降る雪を見上げていた。今日はもう大晦日おおみそか。今年は雪の年越しとなるようだ。


 ひかるが呪いから解き放たれた後、美誠は千早ちはやわれるまま宗家屋敷そうけやしきに滞在していた。

 宿泊に用意されたのは、修練の際泊まっていた和室ではなく賓客ひんきゃく用の豪華な和洋室だった。

 リビングだけでも美誠が借りている1Kより広いのに、その上ベッドルームと書斎とスパ施設並みの立派な浴室まで付いている。

 宿泊の準備などもちろんしていなかった美誠のために、衣服などの生活用品まですべて用意された。今着用しているあたたかなジャンパースカートも、タグを見ると若い女性に人気の高級ブランドの品だった。

 まさに豹変ひょうへんした待遇にとまどいながら、美誠はまだ十分に意識が戻らない輝の見舞いを続けている。

 「声をかけてやって欲しい」と明に言われ、毎日ベッドサイドに付き、眼を閉じたままの輝に静かに話しかけている。

 誰も側にいない時は、そっと髪をなでたり、冷たい頬に手を当て温めてみたりもするが、何も反応は返ってこない。

 今日もまだ面会時間が制限されていたので、長い時間は付き添えず、後ろ髪を引かれる思いで美誠はこの部屋へ帰ってきたのだ。


 輝の体が、本当に元の健康体に戻れるのか――心配で心配で、美しい客室にも、用意される豪華な食事や凝ったスイーツにも、何にも心がおどらない。昼なのに重苦しくくもった雪空は、まさに今の美誠の心そのものだった。

 大晦日とは思えない静けさの中、ドアがノックされる。

 そういえば、そろそろ午後のティータイムだ。誰かがお茶を持ってきてくれたのだろう。

 滞在を始めてから、家政婦の中でも一番気心の知れた女性が美誠の世話をしてくれるようになった。

 どうやら専属で付いてくれているようなのだが、いわゆるハウスキーパーにかしずかれるなど普通に生きてきた美誠にはまったく慣れない待遇である。

 ここまで厚遇される理由を、美誠もうすうす気づいている。たぐいまれな聖獣が守護に付いているという事だけではない。

 輝の本命の恋人にまちがわれているのだ。けれど生まれも育ちもまさに一般庶民の自分が、こんな豪勢な屋敷の主と結婚できる訳がない。

 今は輝が心配なので、あえてこの屋敷にとどまっているだけだ。輝の体調が復調したらきちんと話をして出て行こうと美誠は考えていた。


 お茶を受け取ろうとソファを立ってノックされた扉を開く。しかし扉の向こうにいたのは、顔見知りの家政婦さんではなかった。

「……突然、すまない。話がしたくて」

 声すらあまり出ないのだろう、かすれた小さな声で輝はようやっと伝える。

 浴衣の寝間着のまま、廊下の壁と腰板にすがり付きながらやせ衰えた輝が立っていた。

「輝さん……!どうして、ダメです、動くなんて!」

「君に、どうしても言いたい事が……」

 言いかけて、がくりと体が沈む。

「輝さん!」

 あわてて輝を支えるが、こんなに衰えた身体でも美誠にはかなり重い。力いっぱい輝を支えながら、美誠は客室に入りそのまま奥のベッドルームへとなかば引きずっていく。

「悪いが、どこか椅子にでも座らせてもらえば……」

「何言ってるんですか!こんな体でこんな寒い日に起きていたら絶対ダメです!」

 モダンな造りのベッドルームは琉球りゅうきゅう畳が敷かれ、奥の板敷いたじきにダブルサイズのベッドが二つ置かれている。

 ベッドサイドランプだけが照らすうす暗い室内を、美誠は何とか輝をベッドまで運び、できるだけ静かに腰を下ろさせる。

 輝もこの移動だけで体力を使い切ったのだろう、座っている事もできずベッドヘッドに置かれた枕に倒れ込んだ。

「輝さん、横になって。身体が氷みたいに冷えてます」

「すまない……自分でも信じられないほど体が動かなくて」

 ぐったりとする輝の腕や足を抱え上げ、何とかベッドの中に入れる。最後に頭を抱え上げ枕を入れて、ようやく横臥おうがの体制を整えることができた。

 疲れた様子で息を吐く輝に、美誠は部屋を出ようとする。

「お医者様を呼んできますから」

「待って。俺は大丈夫だから、君と二人だけで話をさせてくれ」

「大丈夫じゃありません、体冷え切っていましたよ!何でこんな無茶するんですか!話があるなら私を部屋に呼んでください!」

 泣きそうな声での説教は、まるで迫力がない。そんな美誠を優しい目で見つめて、輝がはっきりと、丁寧ていねいにしゃべる。

「……すまなかった。本当に、すまなかった。俺が悪かった」

 万感ばんかんの思いを込めて伝えられる謝罪に、美誠はこらえられないほど目頭が熱くなる。

 私、泣いてばかりだと自分を情けなく思いながら、美誠は人を呼びに行こうとした足を止め、ベッドへと引き返す。

「っは?ちょ、ちょっと、待ってっ……!」

 明が居たら「これは珍しい」と評しただろう、輝のうろたえた声と表情の原因は、カーディガンを脱いだ美誠がベッドに入ってきたからだ。

 思うように体が動かない輝に美誠は抱き付く。冷え切った輝の体に密着し、自分の身体で温めようとする。

「……二人だけで話をするなら、その間私が湯たんぽになりますから」

 さあどうぞ、と耳元で言われ、輝はこれ以上はないというほど脱力して首をあお向けた。

「君は……本当に隙だらけで、向こう見ずだよ……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

御伽噺のその先へ

雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。 高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。 彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。 その王子が紗良に告げた。 「ねえ、俺と付き合ってよ」 言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。 王子には、誰にも言えない秘密があった。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

鵺の泪[アキハル妖怪シリーズ①]

神﨑なおはる
キャラ文芸
4月の終わり。文学部4年生の先輩の元に奇妙なメモ用紙が届く。 その謎を、頼まれもしないのに2年生の西澤顕人と滝田晴臣が引っ掻き回す。 アキハル妖怪シリーズ1本目です。多分。 表紙イラスト:kerotanさま

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...