ナイトメア

咲屋安希

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3.夢から醒めて

夢から醒めて(2)

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 「え、ええっ?」

 思わず声を出しておどろいてしまう。そして慌てて図書館を出て職員駐車場のある裏門へ向かう。
 
 北校舎を抜け裏門へ続く道へ出ると、なぜか裏門に多数の人の気配がある。

 嫌な予感がして小走りに近づくと、低学年の子供達の甲高い声が聞こえてきた。

「すげー、すげー、かっこいー」

「げーのーじんだ、いけめんだ」

「だっこして~。だっこ~」

 小さい子供たちは積極的に足にからみ付き、高学年の子供たちは人垣を作って遠巻きにしている。
 
 黒のスラックスにタートルネックセーター、そしてグレイのハーフコートをはおっている御乙神明みこがみあきらは、そんな無造作な格好でも超絶美男子だった。

 せがまれたのだろう、一年生の男の子と女の子を、それぞれ腕に抱き上げている。

 身長が一八七センチと聞いているので、子供たちはその高身長も珍しかったのだろう、近くなった整った顔に小さな手を伸ばしたり、男性とは思えないきれいな艶のある黒髪に触れたりしている。

 そんなやりたい放題の一年生を、人垣を形成している高学年女子はそれはうらやましそうに見ていた。

 近づくか迷っていると、後方から走る足音が聞こえてきて美誠を追い抜いていく。教頭と数人の教師だった。

「そのイケメンすぎる不審者はどこですか?」

「あそこです!あ、子供たちを抱き上げてます!」

「あれ不審者ですか?イケメン過ぎて不審なんですか?」

「ぎゃ~っ!めちゃくちゃイイ男じゃないですか!どこか不審者なんですか!あれなら女性職員一同大歓迎ですよっ!」

 騒がしく走っていく教師ご一行を見て、美誠もこれはまずいと走り出す。庭野にわの教頭を先頭に、教師たちはイケメン過ぎる不審者、御乙神明を取り囲む。
 
 「ほらこっち来なさい!」「いやだいけめんがいい~」などと失礼な抵抗をされながら、明の腕に抱き上げられていた一年生は教師たちに回収される。
 
 無言でたたずむ明へ声をかけようとした庭野教頭の背後から、美誠が叫ぶように言う。

「教頭先生!その人は御乙神さんの、千早さんの旦那様です!不審者じゃありません!」

 目的の相手を見つけて、明の表情がわずかゆるんだ。おどろくほど整った顔がほんの少しほほえむ。しかしその顔は、なぜかひどく疲れている様子だった。

「久しぶり。美誠さん」

「え?御乙神さんの旦那さんですか?これは失礼しました!奥様には以前からとんでもない時ばかりお世話になりまして大変助けていただきました」

 修学旅行先で起きた集団憑依ひょうい事件と校内で起きた生霊による殺人未遂事件という、都市伝説なみの心霊事件に二回も巻き込まれ、その両方で御乙神千早みこがみちはやに救われた庭野教頭は明へ深々と礼をする。明の不審者疑惑は一気に晴れたようだ。

 「ほらみんな帰りなさい」と集まっていた児童たちを追い払ってから、駆け付けた教師の一人、美誠の友人でもある葛城佳蓮かつらぎかれん教諭がうきうきした顔で耳打ちする。

「何あれ超絶イケメンじゃない!あの時の女霊能者の旦那さんなの?うらやましい~!」

 新婚ホヤホヤであるはずの佳蓮は舞い上がった様子で頬に手を当てる。美誠は何とも言えず、あいまいな笑顔を作ってうなづいておいた。
 
 庭野教頭たちが立ち去った後、美誠は明と車の脇で向かい合う。

「お久しぶりです。千早さんからのメールを見ました。何が話があると」

 できるだけやわらかい表情を作って向き合う美誠に、明も笑みを作ってみせる。

 けれど無理をしているのが一目で分かった。向き合ってみると、明の憔悴ぶりがはっきりと見て取れた。

「仕事先まで押しかけて申し訳ない。その前にも、本当に色々と、申し訳ない」

 いったん明は下を向き、そして僅かに目線を上げる。

「君はもう聞きたくもないかもしれないけど、輝のことで一応伝えておきたい事があって。――あの馬鹿、実は今、退魔行を失敗して死にかけてるんだ」

 思わず明の顔を見つめてしまった美誠に、明はため息混じりに静かに言葉をつむぐ。その口調は珍しく、細々とした力のないものだった。

「ちょうど秋の初め、君を怒らしてしばらくした頃だったよ。らしくもなく魔物のわなにかかってしまったんだ。それがまたやっかいな代物しろもので、あいつは身動きが取れなくなって俺たちも手を尽くしたんだが、どうしても解除ができない。そうこうしているうちにあいつはどんどん弱っていってしまった」

「待ってください。秋頃って……四ヶ月近くも罠にかかったままだったんですか?」

「ああ。魔物を仕留めた者に跳ね返る呪いの様なものなんだ。それが輝の心臓に巣くって、宿主やどぬしのあらゆる力を吸って成長していく。
 心臓をつかまれているから力任せではどうする事も出来なくて俺もお手上げで、千早たち呪術者も呪いが心臓を食い破るのを止めるので精いっぱいで。今も千早は、他の術師と交代で輝の延命えんめいに戦っているよ」

 絶句する美誠を、疲れた目で明は見つめる。

「もっと早く君に知らせたかったんだが、輝がどうしても君には知らせるなと言い張って。昨日とうとう意識が途絶えたから連絡したんだ」

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