ナイトメア

咲屋安希

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2.夢の終わり

夢の終わり(4)

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 しっかり歩いて執務机の前へとやってきた高原美誠たかはらみせいは、涙だらけの顔で椅子に座るひかるを見下ろす。

 怒りと悲しみがないまぜになった美誠を見て、輝が度肝どきもを抜かれたように息を飲んだ。らしくもなく、言葉が出てこない様子だった。


 面白かったですか、と美誠が言った。表情とは裏腹の、静かな声音だった。

「人の心を暴いて面白かったですか?私の気持ちをもてあそんで楽しかったですか?」

 ぽろ、ぽろ、と涙の粒をこぼしながら美誠は言った。明も輝も聞いた事がない、重く低い声だった。

「今度私の夢に入り込んだら……何があっても許しません。あなたが相手でも戦いますから」

 それだけ言って背を向け扉に向かう。金縛りが解けたように輝が慌てて椅子を立つ。執務机に片手を付いて身軽に飛び越え、美誠を追う。

「待って、待って話を……!」

 引き留めようとして伸ばした手は、音を立てて強く払われる。次から次に涙が流れる顔で、向き直った美誠が驚くような大声で叫んだ。

「私にさわらないでっ――!」

 美誠の背後にある部屋の扉が吹き飛んだ。執務机まで押された輝は腰を強く打つ。ソファに座っていた明は反射的に格納している神刀・星覇を抜刀する。

 美誠の周囲の次元が歪み、非常に強い霊的な圧がかかる。常人の目には見えない黄金の羽根が無数に舞い、美誠を護るように包む。

 「嘘」とつぶやいたのは、美誠を追って廊下を走ってきていた千早だった。

 圧倒的で清らな霊力が満ちる中、唖然とする。

「――何で聖獣まで出てくるの?」

 泣く美誠を護るように、この次元には居るはずのない天界の聖獣は羽を大きく広げている。

 大きさはカラスほどの黄金の鳥は、美誠の遠い先祖にあたる、とある滅亡した修験道の一族を守る守護神だった。美誠の前世は、この滅亡した修験道の長の娘だった。

 聖獣は、千早たちにも多くを語らない。けれど本来居るべき次元である天界から下野げやし、自ら造り上げた檻のような深い空間に籠り、聖獣は密かに美誠を護っている。

 美誠の強い霊能力が生活の妨げにならないよう、この世に誕生した際封印を施したのはこの聖獣である。

 けれど成長と共にその封印が弱まり、美誠は霊的な現象に悩まされるようになる。どうやら天界を出た聖獣は、じょじょに力が弱まってきているようだった。

 そんな時、めぐり合わせるように千早に出会った。この先美誠が自分で霊能力をコントロールできるよう、その道の知識を付けさせたくて引き合わせられたのだと千早は感じている。

 聖獣のこの願いを感じ取ったからこそ、千早は自分の主義を変えて美誠を弟子にしたのだ。
 
 そうやって出来るだけ己の存在を消し美誠に知られないようにしながら、聖獣は美誠を護っている。

 きっと人間の知る由もない世界の取り決めで、過度の干渉を禁じられているのだろうと千早は考えている。
 
 なのに今目の前で姿を見せ、美誠を護ろうとしている。一体何が起こっているのかと千早はただただ驚愕していた。

 聖獣の力を受けて、より強まった霊能力で美誠の周囲に雷光が弾ける。美誠は森羅万象の力を借りる術も一通り修めている。

 あえて輝と同じ力を使って見せ、美誠は涙だらけの顔で輝をにらんだ。

「金輪際、二度と私に顔見せないでください」

 それだけ言って、きびすを返し執務室を出ていく。黄金の聖獣も溶ける様に姿を消した。

 廊下には千早がいたが、足を止めようともせず脇をすり抜けていく。美誠を追いかけようとした千早に、星覇を格納した明が声をかける。

「千早。よせ」

「でも……!」

「いいから。そっとしておいてあげろ」

 千早はくちびるを噛んで、自分が泣きそうな顔をして美誠の後ろ姿を見送る。あきらめたように執務室に入り、今度は苦い顔をして立ち尽くす輝に目を向ける。輝に向けるには珍しく、厳しい目だった。

「輝君、どういうこと?一体彼女に何したの?」

 答えない輝の代わりに明が口を開く。

「気持ちをもてあそぶとか夢に入り込むとか言ってたな。千早、そっちは何があったんだ」

「お茶を飲んでる時に私と輝君の七五三の写真を見せたの。そしたら急に泣き出して」

 千早の言葉に、輝が眉間にしわを寄せて目をつぶりため息をつく。どこかがひどく痛むような顔だった。
 
 しばらく考えをめぐらし、明は口を開く。

「夢に出てきた妖精のような美少女は、正体は片思い相手の成人男性だったって事か。とんだ夢の妖怪だな」

 嫌みたっぷりの明の言葉に、輝は何も言わない。千早も珍しく目をとがらせて言う。

「どうやったらあの優しい美誠さんをここまで怒らせたの?聖獣まで出てきたのは彼女が相当に苦しかったからよ。あんな遠くに籠っている鳥様にまで心の悲鳴が届いてしまったのよ。
 輝君あんまりよ。ちゃんと彼女に謝ってちょうだい!」

「千早、無理だよ。もう手遅れだ。あそこまで傷つけて元通りになる訳がない。この馬鹿にできる事は、美誠さんが言ったとおり二度と彼女に顔見せないくらいだろう。輝」

 腰に手を当て息を吐いた明が、立ち尽くす従兄弟の背中に言う。

「美誠さんの事はあきらめろ。もうどうやったってお前の嫁にはなってくれないよ。きっぱりあきらめて他を当たれ。お前の自業自得だ」

 輝は立ち尽くしたまま何も言わない。千早は額に手を当て重いため息をつく。

 ドアの外れた宗主執務室は、重苦しい空気が立ちこめていた。
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