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2.夢の終わり
夢の終わり(3)
しおりを挟む宗主執務室で、明と輝は次の退魔行について話し合っていた。
退魔の仕事は命懸けだ。神刀の使い手は確かに強いが、狩る魔物は肉体の制約がない、人間の常識が通用しない存在だ。
だから退魔行の前にはできる限り対象の情報を集め、準備をする。
御乙神宗家には、退魔に関する情報を集める専門部署である調査部が設置されている。輝と明は、この調査部でまとめられた資料を基に次の依頼の道筋を話し合っていた。
話が済み資料を片づけ始める輝に、明が冷めた緑茶を飲みつつ話を振る。
「お前、見合い断ったんだって?」
「ああ。千早ちゃんに寄せた感じで見た目も振る舞いも作ってきていただけだったよ。中身はだいぶ違った。正に擬態だ」
珍しく続いていた見合いからのお付き合いは、わずか二ヶ月で破談となった。しかし相手は未練たらたららしく、親同伴で屋敷に押し掛けてきたそうだ。
けれど輝はすげなく追い返したらしい。相手が冷酷だの弄ばれだの責任を取れなど、綺麗な顔が台無しのすさまじい形相で怒鳴りちらしていたと家政婦の一人が教えてくれた。
『あのお嬢さん選ばなくて本当に良かったと思います。あんな怖い奥様の下で働きたくないです』との、家政婦一同の意見を添えて。
輝の口調から、その件が自分の中で終了していることがよく分かる。そんな従兄弟の理知的に整った顔を明はじっと見た。
「お前、もう何回断ってるの?そのうち見合い断られた女達が結託して呪詛でも掛けられるんじゃないのか?その気もないのに見合いなんかするなよ。相手に失礼だぞ」
従兄弟の言い草に輝の手が止まる。どうやらかなり気に障ったらしく、明を見る目が目に見えてとげついている。
「お前に千早ちゃんを譲ったから俺はこんな苦労をしているんだろうが。自分だけ幸せ一杯で上から目線で物を言うな。相手が見つからないんだから探す努力をするしかないだろう。俺だって好きで見合いなんかやってる訳じゃない」
めずらしく不機嫌を前面に出す輝に、明はぽつりとたずねる。
「惚れた相手と結婚するのじゃダメなのか?」
は?と銀縁眼鏡の奥から目を細める輝に、明は重ねて問う。
「お前が好きな相手じゃダメなのかって聞いてるんだ。俺は千早が好きだから千早と結婚した。お前もそれじゃダメなのか?」
明の言い分に輝は、驚いたような、言葉が出ないような、そんな様子だった。
少しの間考えをめぐらし、輝が口を開く。
「そんな相手はいない。それに宗主なら見合いなんかで、それなりに条件がそろった相手を選ぶべきだろう。俺と結婚するのは相当の覚悟がいるからな」
淡々と言う輝に、明はうかがうような目をする。
「……なるほど、苦労をかけたくないわけか。お前、本当にあの子には甘いよな。でもお前の母親の美鈴さんも、確かに苦労してたけど輝明さんと仲が良くて幸せそうだったぞ。二人で協力すれば苦労も減るんじゃないのか?
特に彼女はある意味特別製だから、もう少し修練を積めば退魔行にも参加できる。それなら一族の連中も反対は……」
マホガニーの執務机が大きな音を立てる。輝が、まとめた資料を机に叩き付けたのだ。
「高原さんの事を言っているなら見当違いも良いところだ。それに彼女は確かに霊能の才能は素晴らしいが、普通に生きている一般人だ。しかも信じられないほど不器用で運動神経が悪い。あれじゃ絶対に使い物にならん。
なのに彼女を退魔行に参加させろと言ってる連中がいるらしいが、俺は絶対に許可しないからな」
目つきの悪くなった輝が強い口調で言いつのる。一方の明は、机を叩かれようが語気が強かろうが涼しい顔で茶を飲んでいる。
「……お前、彼女に気のないフリして実は相当甘やかしてるよな」
「何のことだ」
目つきの悪いままの輝に、明は言ってやる。
「美誠さんの護身術、お前が稽古付けたんだって?千早が言ってたが、厳しいフリして実は大事に大事に手取り足取り教えてたそうじゃないか。助け起こす手があんまり優しいから、見ている千早の方が赤面しそうだったって言ってたぞ」
「言ったように彼女はあまりにも運動神経が鈍いから、護身術くらいはしっかり教えておこうと思っただけだ」
「触りたかったんだろお前」
「は?」
「口実付けて彼女に触りたかったんだろう?それとも他の男に指導させたくなかったのか?恋人でもないくせに嫉妬だけは一人前か?お前お綺麗な顔してるが、中身はごくごく普通の男だよな」
完全に職権乱用だな、と明はからかうように笑う。輝は、さらに目つきを険しくして言い返す。
「想像力が豊かな上に低俗この上ないな。女に貢がれて遊び回っていたお前らしいよ」
「そんな大昔の話を持ち出す辺り、図星だな。
仕事の報酬の件も、あれはお前が千早を誘導しただろ?義人さんが『輝様に限って無いとは思いますが、まさか妙なお手当とかじゃないですよね』って心配していたぞ。
美誠さんがお前の愛人だとか夜伽の相手だとか噂が立つのは、お前の甘やかしに気づいた人間が話題にしてるんだよ。こんな噂、絶対見合い相手の耳にも入っているはずだ。だから縁談がまとまらないんじゃないのか?お前は無意識だろうが、他人が気づくほど彼女に甘いんだよ。考え読ませないお前らしくないぞ、宗主殿」
おかしげに笑って明は腕を組む。どうだと言わんばかりの顔で口の減らない従兄弟を見やる。
輝は顔に表情がない。何を考えているか表面からは分からない。
十代から当主を務める輝は、普段は自分の考えを言動にも行動にも出さない。将来のためにと、幼い頃からそういう育てられ方をしている。
「お前小説家並みに想像力が豊かだったんだな。知らなかったよ。でも全部はずれだ。高原さんは俺から見てそういう対象じゃない」
「そうか。でもあの子お前に惚れてるだろう?お前が見合い相手とつきあい始めてからかわいそうな位元気がなかったぞ。実はすでにお手付きか?噂の通り、週末泊まっているのは実はお前の部屋なのか?」
「ふざけるな斬るぞ。彼女は真面目で色恋沙汰にはとんと疎い。それに仕事柄か、同年代の女性に比べて幼い所がある。そんな事ありえない。見れば分かるだろう」
どうやっても認めようとしない輝に、明はさてどうしたものかと思案する。
頭の回る従兄弟にどうやって本音を吐かせようかと考えていた時、執務室の扉が突然開いた。
ノックもなく開いた扉に、二人はほぼ同時に扉へ目をやる。
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