ナイトメア

咲屋安希

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2.夢の終わり

夢の終わり(2)

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 それとなく何度か告げられていた、修練の期間延長。今日のお茶会はこれが目的だったようだ。

 術者のランクとしてはS級である千早に見込まれたことはうれしいが、できれば美誠は断りたかった。
 
 理由は千早には言えないことで、これ以上輝の傍にいたくなかったのだ。彼に恋人がいるだけでこれだけ落ち込み思い悩むのに、正式な伴侶を得たとなれば、もう自分でもどうなるか分からない。

 情けない理由だが、そうなる前に離れてしまいたかった。二度と彼の顔を見なくてすむ距離に逃げてしまいたかった。

 重くなった空気を破るように千早が小さく手を叩いた。場を和ますように無邪気に笑う。

「そうだ。ここに昔の写真を置いていたはずなの。実は結構びっくりする写真なのよ」

 仕事や修練の時は凛としているが、オフの時間の千早はとても可愛らしい。容姿が上品な分、そのギャップが好ましく感じる。

 あれだけの超絶美男子をとりこにしているのは、きっとこんな魅力もひとつの理由だろうと美誠は思う。


 千早は席を立って作りつけの棚を開け、A4サイズの冊子を持ってくる。

 それは古いアルバムだった。カバーから取り出し机の上に開き、ページをめくっていく。

 なつかしそうな笑顔で千早は語る。

「私の七五三の時の写真があったはずなの。それに面白いものが写っているのよ」

 あった、と千早が指を指す。古い写真の中に、二人の女の子が写っていた。それぞれ青と朱金の着物を着て並んで写っている。


 写真を見留めて、美誠の顔から表情が消えていった。まるで砂浜の白波が引いていくように。

 一人は、長い黒髪を綺麗に結い上げた、紺色の着物を着た女の子だった。写真の横に『千早ちゃん 五歳』と書かれている。

 もう一人は朱金の着物が映える、明るい茶色のおかっぱ頭の女の子だった。

 千早も可愛らしいが、隣の女の子の美貌は際立っていた。肌も髪も色素が薄く、顔立ちも引きの写真でも分かるほど整っている。幼さもあってか、まるで妖精のような美しさだった。

 写真の横には『輝 六歳』と書かれていた。


「びっくりでしょ?どう見ても女の子にしか見えないわよね。しかもとびきりの美少女。輝君にばれたら写真取り上げられそうだからナイショね」

 写真をのぞき込みながら当時を思い返す千早は、様子の変わった美誠に気付かない。

「これ昔からの風習で、次期宗主は七五三の時に女の子の格好をする習わしがあるの。子供の頃は女の子の方が体が強い傾向があるから、無事に成長しますようにと願いを込めて女の子の衣装を着せるそうよ。
 輝君、この時のために髪まで伸ばしてたのよ。当時は私も訳分からずに一緒にお着物着られて喜んでいたけど、今になって写真で見ると完全に負けてるのよね。ちょっと恥ずかしいわ」

 そう言って美誠に笑いかけた千早は、はじめて気が付く。


 美誠は、呆然とした、まさに抜け殻のような顔で、写真を見つめていた。 

 呆然とした表情に、突然涙が流れた。ぽろ、ぽろ、と、ほおを涙の粒が転げ落ちる。

 そして急激に感情が浮かんだ。傷ついた、痛みと怒りの感情だった。

 美誠の突然の涙に、訳が分からず千早は言葉が出ない。戸惑う千早に、美誠は涙をぬぐうこともせず告げた。表情とは裏腹に、はっきりとした口調だった。

「千早さん勝手を言ってすみません。今日限りで修練は辞めさせてください。今までお世話になりました」

「えぇっ?美誠さん?何?ど、どうしたの?」

 戸惑いに拍車のかかる千早を置いて、美誠は席を立つ。ぽろぽろと涙をこぼしながら怒りを歯を食いしばって押さえ、目的の場所へ向かう。


 置いて行かれた千早は、少しの間呆然としてその場にいたが、我に返って美誠の後を追った。

 写真に写る幼い御乙神輝の姿は、美誠の夢に現れる、朱金の着物の女の子そのものだった。

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