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1.夢の中の妖精
夢の中の妖精(5)
しおりを挟む「だって」と、女の子は、朱金の着物に包まれた小さな肩をすくめる。
「一族の長を務めるくらいの人ならお姉さんが自分に気があることもとっくに気が付いてるだろうし、自己中な男なら、一時期楽しく遊んで結婚前に別れればいいや位は考えると思うよ?
そういう意味では指一本触れていないんだから傷つける気なんてこれっぽっちもないんだよ。むしろとても大事にしているんじゃないかな」
もうどう考えても精神年齢が大人である女の子の言動に、美誠は、少し泣きそうな、そして何かを噛みしめるような表情をする。そして、女の子を抱き寄せた。
「お姉さん?」
女の子を深く腕に抱いて、小さな声で美誠は言う。
「もしそれが本当なら……あの人のこと、好きになって良かった。そんなに優しい人を好きになれて良かった。素敵な思い出になる」
「お姉さん……どうして、そんなに後ろ向きなの?別に煽る訳じゃないけど、何だか最初から恋が実るのを……拒絶している気がする」
女の子の静かな言葉に、美誠は語る。
「……そうだよ。本当はね、私、男の人が恐いの。すごく、怖いの」
今までとは重さの違う台詞に、女の子は、じっと美誠の言葉を待つ。
突然、美誠の目から大粒の涙が落ち始めた。頬を流れるのではない。目から直接、涙の粒がこぼれていた。
泣く美誠は特に表情が変わらない。粒になって降ってきた涙に気が付いて、女の子の方がひどく驚いた顔で美誠を見上げた。
「私、自分の前世を覚えているの。結婚相手にだまされて、……ものすごく、ものすごくひどい目にあって死んだの。忘れたいけど、今でもたまに自分の死にざまを思い出したり、夢で見たりする。だから私は一生男の人を好きになることはないと思っていた。でも」
美誠は続ける。こぼす涙とはうらはらに、淡々と乾いた口調で。
「明さんと千早さんを見て、結婚は本当は良いものなんだなって初めて知ったの。そして輝さんを好きになった。私はもう、これだけで充分なの。これ以上は私、心が付いていかない。心が追い付かない。とても無理なの」
涙はいつの間にか、頬を流れるものに変わった。表情も、次第に顔ににじみ出てきた。深い絶望と恐怖に、傷つきすぎて感情が消えてしまったような、寂しい仮面のような顔をしていた。
「恐いの。また騙されたら、利用されたらどうしようって、またあんな目にあったらどうしようって恐くてたまらないの。好きだけど、信じられないの。結婚なんて恐くて出来ないの。あんな目に遭うくらいなら好きな気持ちくらいあきらめられる」
女の子を腕に深く抱き込み、美誠は泣く。
「輝さんは、あんなひどい事する人じゃないと思う。でも、信じるのが恐い。信じた人に、家族にまでなった人に裏切られて殺された、あんな気持ちはもう何があっても味わいたくない……」
女の子は微動だにしない。夢の空間を、桜の花びらだけが舞って流れていた。
美誠の腕の中から、くぐもって、幼い声がする。
「ごめんね。立ち入った事を聞いてしまって。辛い事、言わせてごめん。そんな事情だとは思わなかった。本当にごめん」
いたわるような、そっと傷をなだめるような口調に、美誠は顔を上げ腕をゆるめた。幼い瞳に悲しみを映して、女の子は美誠を見つめていた。
小さいやわらかな手を伸ばして、美誠の頬をなでる。また涙をぬぐってくれた。そして軽く引き寄せ自分も身体を伸ばして、美誠の額に紅の引かれた小さな唇を付けた。
それは、いとおしむような、苦しみをなぐさめるような、思いを込める様にゆっくりとした動きの、とても優しいキスだった。
「……泣かせて、ごめんね」
視界がおぼろげになっていく。朱金の色が、にじんでいく。
女の子の口調にどこか違和感を感じながら、美誠の意識は眠りについた。
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