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1.夢の中の妖精
夢の中の妖精(4)
しおりを挟む「私は存在自体忘れられてるかも。最後に会った時も怒らせちゃったし」
下を向く美誠に、女の子は息がかかるような間近からたずねる。
「何があったの?」
「……屋敷を掃除してたら、下品な格好をするなって怒られたの。暑かったから汗まみれになっていて、見苦しかったんだと思う。袖とかジャージのすそもまくってたし。それが下品だって怒られた。
それに私に関する変な噂も流れてたみたい。私そんなこと全然気が付いてなくて。師匠にも恥をかかせてるんだぞって怒られて。もう……本気で涙出た……」
また涙が浮かんできて、今度は止められず、つい、と頬を伝う。
その涙を見て、女の子は小さな唇を引き結び、年齢にそぐわない難しい顔をする。一拍置いて、可愛らしい唇を開いた。
「それは……端から見ていて、あられもない姿だったってことじゃない?」
言われた言葉に、美誠は女の子の近い顔を見る。女の子は、難しい顔のまま美誠から視線を外す。
「男だったら目のやり場に困るような、そんな姿だったんじゃない?お姉さん肌が綺麗で色が白いから、少し肌が多く見えるだけでびっくりするほど色っぽくなるんだよ。だから相手の人も困ってしまって、つい心にもないことを言ってしまったんじゃない?」
「そんな、Tシャツの袖をまくって、ジャージのすそをひざまで折っただけだよ?」
「……だからそういう無自覚なところを怒ったんじゃないの?お姉さん、汗だくでシャツも張り付いて透けてて、場所も人気が無くて、相手の人、本気で変なこと頭によぎったんだよ。だから焦り過ぎて自分でも何言っているか分かんなくなって逃げ出したんじゃない?」
女の子は美誠に向き直り、小さな指でそっと涙をぬぐってやる。そして小さく笑った。妙に、大人びた笑みだった。
女の子の言い分に美誠は困惑する。戸惑いを顔に出す。
「そんな……あり得ないよ。そういうそぶりは全然見せないし、本当に容赦ないのよ私に」
「でもお姉さん、その人に本気で傷つけられた様子はないみたいだけど。本気で傷つけようと思ったら、術家の当主なんてとんでもなく恐ろしい事やってきそうだけど。お姉さん、なんだかんだ言ってその人の事好きだし。相手の人は見えないようにお姉さんに甘いんだと思うよ」
「それこそ有り得ない。甘くなんてないよ。護身術の稽古の時には、私が運動苦手なの知ってるくせに稽古付けてやるとか言い出して、めちゃくちゃ転がして身体中アザだらけになったのよ!
次の日佳蓮……友達の体育の先生にすごい笑われたんだから。『相当転がされたね』って。自分の得意なことで人の苦手なところ突っついて遊んでるのよ。弱い者いじめよ。性格悪いったら」
その時のことを思い出して、子供のようにむくれてきた美誠に、女の子は少しうつむき加減で笑う。
「お姉さん本当に隙だらけだから、心配すぎてわざわざ自分で指導したんじゃない?アザだらけにする位しないと、お姉さん自分がどれだけ弱いか危機感持てないだろうから」
「どうしてそこまでするの?私自分が運動神経悪いなんてよく分かってるよ?」
「術師として通用しないって、身に染みて分からせたかったんだと思うよ。お姉さんは霊能の才があるからそういう仕事をさせたがる人が必ず出てくるから、今のうちにクギを刺したんだよ。お姉さん隙だらけだから、簡単に言いくるめられそうだし。
だから絶対に危険な道に行かせないように、今のうちにちょっとだけ痛い目に遭わせたんだよ、きっと」
「そんなのちゃんと言ってくれれば聞くのに、実力行使でわからせるなんてひどくない?」
「だからそれくらいその道に行ってほしくないんだよ。『身に染み』させてでもね。でもそれでもちゃんと手加減してるよ。そんな人が本気でやれば、女の人の骨くらい簡単に折れるだろうから」
「もう、色々ひどい……。私そんなに隙だらけに見えるの?もう二十四歳だよ?」
女の子は、なげく美誠の胸元に頭を持たせかけた。女性らしい曲線を描く浴衣の合わせに頬を埋めるようにして、ほんのり笑う。
「……本当に隙だらけだよ。気を付けてね。それに本気で傷つけようと思ったら、その人さっさとお姉さんに手を出してるんじゃないかな?」
とんでもない台詞が飛び出して、『は?』と目を大きく見開いて、美誠は腕の中のいたいけな女の子を見てしまう。
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