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1.夢の中の妖精
夢の中の妖精(3)
しおりを挟む夜空に舞う桜を、女の子は見上げた。色素の薄い髪をゆらして笑顔を見せる。
「いっそお姉さんがお嫁さんになってあげれば?気持ち伝えて、私じゃだめですかって立候補して、恐い女から救い出すの」
にっこり笑顔で略奪を勧める女の子に、ちょっと引き気味になりながら美誠は返す。
「……だから前から言っているように、私には無理よ。務まるわけがないもの、あんな大変な人の奥さんなんて。
それによそ者の私が変な騒ぎ起こしたら、私の師匠に迷惑になるから絶対できない。お師匠は押しかけ弟子の私にすごくよくしてくれる、本当に良い人なの。絶対に迷惑かけるような事はしたくないの」
うすい桃色の地に白で模様の入った麻の浴衣のすそを直しながら、美誠は思う。
この可愛らしい新品の寝間着は、師である千早が用意してくれた。遊びに来ている訳ではないのに、美誠のために千早は必要以上の心配りをしてくれる。
仕事をしながら週末遠方から通ってくる美誠のために、この屋敷に宿泊できるよう宗主と交渉してくれたのも千早だ。
独身の宗主が住む屋敷に、本来は未婚の女性は宿泊は禁止となっているそうだ。宗主の妻を目指す女性たちが抜け駆けをしない様、御乙神一族内で取り決められたらしい。
修練の対価として、美誠は自分の能力が生かせる依頼を手伝う約束をしているが、最近ではその報酬も支払ってくれるようになった。
受け取れないと美誠が断ると、「君にしかできない仕事だから」と、千早の夫の明まで出てくる。御乙神宗家の一員である明の迫力には敵わず、美誠は報酬を素直に受け取るようになった。
これはきっと、美誠の交通費を考えての配慮だ。普通の家庭の生まれで職業もいち学校職員である美誠は、家計にまったく余裕はない。新幹線代を捻出するのも実は苦労していた。
そんな自分を親身に思いやってくれる師やその家族に、迷惑になるような事は絶対にしたくなかった。
美誠の言い分を聞いて、女の子は綺麗な顔から笑みを消した。
「お姉さん、本当にそれで良いの?その性格悪い彼女はともかく、お姉さんの好きな人、そのうち本当に誰かと結婚しちゃうよ?話からしてその人、どうしても結婚して跡取り残さないといけない人なんじゃないの?」
女の子の実年齢は見かけとは絶対違うと確信しながら、美誠は重いため息をはく。
「……いいのよ。それに最近、全然会うこともないし。その彼女さんに相当夢中なんじゃないかな」
美誠の片思い相手は、歴史ある名門霊能術家・御乙神一族の宗主、御乙神輝だ。
修練に通うこの一年で、彼の立場、取り巻く環境、持つ力までよくよく見てきた。壮年の立派な紳士たちが伏して出迎えるほどの、美誠にとっては別次元の立場の人間だ。
輝とは、今の恋人とのお見合いがあった頃から顔を合わせていない。
美誠の修練は主に週末を使って行われるのだが、その週末毎に恋人と出かけている様子で、すれ違いになっているようだった。
以前は食事を共に取り、美誠に稽古をつけてくれたりもしていたが、最近はそんなこともなくなった。
未来の妻を優先するのが当たり前だとは思う。期間限定の素人門下生など、一族の長にとってはそのくらいの存在感だろう。
美誠は男性が苦手だが、御乙神輝は初対面の時からあまり怖さを感じることがなかった。美誠にとっては珍しい男性だったのだ。
輝は特段愛想が良い訳ではない。逆に、顔に感情がほぼ出ない。
けれど美誠は彼は怖くなかった。話してみても、余計なことは言わず、けれど不快にさせることも言わない。
会話に慣れている巧さはあるが、それを使って美誠を利用するようなことはしない。根が優しい人なのだと、話していて分かった。
慣れてくると、他愛ないことでからかわれるようになった。それが妙に悔しくて、美誠にしては珍しく言い返してしまった。
その応酬は端から見れば子供じみた口ゲンカだろうが、美誠は心地良く楽しかった。そしていつの間にか、彼のことを好きになっていた。
『お化けが怖い?冗談だろう。君自体がお化けみたいな存在なのに』
『輝さん……それは言い過ぎです。私がお化けなら腰の四次元ポケットから日本刀取り出すあなたは人間の常識を超えた、妖怪か何かですよ』
『また君は……おとなしそうな顔して本当に口が悪いな。ま、お化けが怖いなら夜は一人でうろうろしない方がいいな。この屋敷は建て替えたばかりだが、家系の歴史が古い分因縁も積み重なっているから、さまよい出るモノがそれなりにいる。気をつけろよ』
『……ま、また意地の悪いことを……人を、お、おどかそうとして……』
『事実を言ったまでだ。知らずに真夜中叫ばれてもたまらないからな。何かに出くわしても自分でどうにかする様に。見習いさん』
『よ、夜中は出歩きませんから!どうせ部屋から一歩も出ませんから平気です!』
『満月の夜、障子に実体のない人影が映っていたことがあったな。確か南棟の客間……』
『輝君、もうそのくらいにして。美誠さん涙目になってるじゃない。誰でも苦手なものはあるわよ。美誠さん、怖い時は私を起こしてね。隣の部屋にいるから。基本、屋敷には危害を加える様なモノはいないから心配はしないでね』
『やっぱりナニかはいるんですね!話は本当なんですね!』
『輝君、そこは笑ってないで否定するところよ。宗主が門下生おどかしてどうするの』
けれど最近は、そんなやり取りもなくなった。それどころか顔を見なくなる直前には、ひどく意地の悪いことを言われた。その時の言葉は、今思い出しても胸が痛くなる。
あの日は一人の家政婦に頼まれて、屋敷の奥まった部屋を掃除していた。
そこで輝に出くわしたのだ。掃除に夢中になっていたら、いつの間にか背後に立っていた。滅多に人の入らない場所と聞いていたが、輝は何か用事があったのだろう。
その日はとても蒸し暑い日だった。あまりに暑くて、美誠は、掃除用に持ってきたTシャツの袖をまくり肩を出し、ジャージのすそを折って五部丈にしていた。それでも汗だくで、シャツは絞れば汗が出そうな状態だった。
高級旅館より敷居の高そうなこの屋敷でこんな格好は良くないと分かっていたが、人目がないと思い油断していた。
思った通り、屋敷の主は言った。「屋敷で下品な格好をするな」と。ふいと背中を向けて、美誠の顔も見ずに言い放った。
「そんなに自覚がないから、俺を狙っているだの夜伽の相手だのおかしな噂を立てられるんじゃないのか。君は千早ちゃんの弟子なんだから、師匠に恥をかかせるな。俺も迷惑だ」
言いたいことだけ言ってさっさと行ってしまった。誰も居なくなった小さな座敷で、汗と一緒に涙が出てきた。お腹を殴られたような気分だった。
そんな噂が立っていることも、千早に恥をかかせてしまっていることも知らなかった。
自分が気が付かないのが悪いと思う。でも、もう少し優しく言って欲しかったと、汗と共に涙が止まらなかった。
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