ナイトメア

咲屋安希

文字の大きさ
上 下
3 / 16
1.夢の中の妖精

夢の中の妖精(3)

しおりを挟む


 夜空に舞う桜を、女の子は見上げた。色素の薄い髪をゆらして笑顔を見せる。

「いっそお姉さんがお嫁さんになってあげれば?気持ち伝えて、私じゃだめですかって立候補して、恐い女から救い出すの」

 にっこり笑顔で略奪をすすめる女の子に、ちょっと引き気味になりながら美誠は返す。

「……だから前から言っているように、私には無理よ。務まるわけがないもの、あんな大変な人の奥さんなんて。
 それによそ者の私が変な騒ぎ起こしたら、私の師匠に迷惑になるから絶対できない。お師匠は押しかけ弟子の私にすごくよくしてくれる、本当に良い人なの。絶対に迷惑かけるような事はしたくないの」

 うすい桃色の地に白で模様の入った麻の浴衣のすそを直しながら、美誠は思う。

 この可愛らしい新品の寝間着は、師である千早が用意してくれた。遊びに来ている訳ではないのに、美誠のために千早は必要以上の心配りをしてくれる。

 仕事をしながら週末遠方から通ってくる美誠のために、この屋敷に宿泊できるよう宗主と交渉してくれたのも千早だ。
 
 独身の宗主が住む屋敷に、本来は未婚の女性は宿泊は禁止となっているそうだ。宗主の妻を目指す女性たちが抜け駆けをしない様、御乙神一族内で取り決められたらしい。

 修練の対価として、美誠は自分の能力が生かせる依頼を手伝う約束をしているが、最近ではその報酬も支払ってくれるようになった。

 受け取れないと美誠が断ると、「君にしかできない仕事だから」と、千早の夫のあきらまで出てくる。御乙神宗家の一員である明の迫力には敵わず、美誠は報酬を素直に受け取るようになった。

 これはきっと、美誠の交通費を考えての配慮だ。普通の家庭の生まれで職業もいち学校職員である美誠は、家計にまったく余裕はない。新幹線代を捻出するのも実は苦労していた。

 そんな自分を親身に思いやってくれる師やその家族に、迷惑になるような事は絶対にしたくなかった。    

 美誠の言い分を聞いて、女の子は綺麗な顔から笑みを消した。

「お姉さん、本当にそれで良いの?その性格悪い彼女はともかく、お姉さんの好きな人、そのうち本当に誰かと結婚しちゃうよ?話からしてその人、どうしても結婚して跡取り残さないといけない人なんじゃないの?」

 女の子の実年齢は見かけとは絶対違うと確信しながら、美誠は重いため息をはく。

「……いいのよ。それに最近、全然会うこともないし。その彼女さんに相当夢中なんじゃないかな」

 美誠の片思い相手は、歴史ある名門霊能術家・御乙神一族の宗主、御乙神輝みこがみひかるだ。

 修練に通うこの一年で、彼の立場、取り巻く環境、持つ力までよくよく見てきた。壮年の立派な紳士たちが伏して出迎えるほどの、美誠にとっては別次元の立場の人間だ。

 輝とは、今の恋人とのお見合いがあった頃から顔を合わせていない。

 美誠の修練は主に週末を使って行われるのだが、その週末毎に恋人と出かけている様子で、すれ違いになっているようだった。

 以前は食事を共に取り、美誠に稽古をつけてくれたりもしていたが、最近はそんなこともなくなった。

 未来の妻を優先するのが当たり前だとは思う。期間限定の素人門下生など、一族の長にとってはそのくらいの存在感だろう。

 美誠は男性が苦手だが、御乙神輝は初対面の時からあまり怖さを感じることがなかった。美誠にとっては珍しい男性だったのだ。

 輝は特段愛想が良い訳ではない。逆に、顔に感情がほぼ出ない。

 けれど美誠は彼は怖くなかった。話してみても、余計なことは言わず、けれど不快にさせることも言わない。

 会話に慣れている巧さはあるが、それを使って美誠を利用するようなことはしない。根が優しい人なのだと、話していて分かった。

 慣れてくると、他愛ないことでからかわれるようになった。それが妙に悔しくて、美誠にしては珍しく言い返してしまった。

 その応酬は端から見れば子供じみた口ゲンカだろうが、美誠は心地良く楽しかった。そしていつの間にか、彼のことを好きになっていた。



『お化けが怖い?冗談だろう。君自体がお化けみたいな存在なのに』

『輝さん……それは言い過ぎです。私がお化けなら腰の四次元ポケットから日本刀取り出すあなたは人間の常識を超えた、妖怪か何かですよ』

『また君は……おとなしそうな顔して本当に口が悪いな。ま、お化けが怖いなら夜は一人でうろうろしない方がいいな。この屋敷は建て替えたばかりだが、家系の歴史が古い分因縁も積み重なっているから、さまよい出るモノがそれなりにいる。気をつけろよ』

『……ま、また意地の悪いことを……人を、お、おどかそうとして……』

『事実を言ったまでだ。知らずに真夜中叫ばれてもたまらないからな。何かに出くわしても自分でどうにかする様に。見習いさん』

『よ、夜中は出歩きませんから!どうせ部屋から一歩も出ませんから平気です!』

『満月の夜、障子に実体のない人影が映っていたことがあったな。確か南棟の客間……』

『輝君、もうそのくらいにして。美誠さん涙目になってるじゃない。誰でも苦手なものはあるわよ。美誠さん、怖い時は私を起こしてね。隣の部屋にいるから。基本、屋敷には危害を加える様なモノはいないから心配はしないでね』

『やっぱりナニかはいるんですね!話は本当なんですね!』

『輝君、そこは笑ってないで否定するところよ。宗主が門下生おどかしてどうするの』 



 けれど最近は、そんなやり取りもなくなった。それどころか顔を見なくなる直前には、ひどく意地の悪いことを言われた。その時の言葉は、今思い出しても胸が痛くなる。

 あの日は一人の家政婦に頼まれて、屋敷の奥まった部屋を掃除していた。

 そこで輝に出くわしたのだ。掃除に夢中になっていたら、いつの間にか背後に立っていた。滅多に人の入らない場所と聞いていたが、輝は何か用事があったのだろう。
 
 その日はとても蒸し暑い日だった。あまりに暑くて、美誠は、掃除用に持ってきたTシャツの袖をまくり肩を出し、ジャージのすそを折って五部丈にしていた。それでも汗だくで、シャツは絞れば汗が出そうな状態だった。

 高級旅館より敷居の高そうなこの屋敷でこんな格好は良くないと分かっていたが、人目がないと思い油断していた。
 
 思った通り、屋敷の主は言った。「屋敷で下品な格好をするな」と。ふいと背中を向けて、美誠の顔も見ずに言い放った。

「そんなに自覚がないから、俺を狙っているだの夜伽よとぎの相手だのおかしな噂を立てられるんじゃないのか。君は千早ちゃんの弟子なんだから、師匠に恥をかかせるな。俺も迷惑だ」

 言いたいことだけ言ってさっさと行ってしまった。誰も居なくなった小さな座敷で、汗と一緒に涙が出てきた。お腹を殴られたような気分だった。
 
 そんな噂が立っていることも、千早に恥をかかせてしまっていることも知らなかった。

 自分が気が付かないのが悪いと思う。でも、もう少し優しく言って欲しかったと、汗と共に涙が止まらなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

天使のスプライン

ひなこ
キャラ文芸
少女モネは自分が何者かは知らない。だが時間を超越して、どの年代のどの時刻にも出入り可能だ。 様々な人々の一生を、部屋にあるファイルから把握できる。 モネの使命は、不遇な人生を終えた人物の元へ出向き運命を変えることだ。モネの武器である、スプライン(運命曲線)によって。相棒はオウム姿のカノン。口は悪いが、モネを叱咤する指南役でもある。 ーでも私はタイムマシンのような、局所的に未来を変えるやり方では救わない。 ここではどんな時間も本の一ページのようにいつでもどの順でも取り出せる。 根本的な原因が起きた時刻、あなた方の運命を変えうる時間の結び目がある。 そこに心身ともに戻り、別の道を歩んで下さい。 将来を左右する大きな決定を無事乗り越えて、今後を良いものにできるようー モネは持ち前のコミュ力、行動力でより良い未来へと引っ張ろうと頑張る。 そしてなぜ、自分はこんなことをしているのか? モネが会いに行く人々には、隠れたある共通点があった。

君の残したミステリ

ふるは ゆう
キャラ文芸
〇〇のアヤが死んだ、突然の事ではなかった。以前から入退院を繰り返していて……から始まる六つの短編です。ミステリと言うよりは、それぞれのアヤとの関係性を楽しんでください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。 天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。 日照不足は死活問題である。 賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。 ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。 ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。 命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。 まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。 長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。 父と母のとの間に起きた事件。 神がいなくなった理由。 「誰か本当のことを教えて!」 神社の存続と五穀豊穣を願う物語。 ☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

処理中です...