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1.夢の中の妖精
夢の中の妖精(2)
しおりを挟むこの体勢を観念したらしい女の子が、美誠の胸の方ではなく、囲われている腕の方に身体を預け直しながら聞いてくる。
「何かあったの?今日は特に辛そう」
美誠の腕に寄りかかるようにして見上げてくる女の子に、美誠は、先程までの自然な笑みから苦笑に変わる。また、のどの奥が苦しくなって涙が出そうになった。
現在美誠はある『習い事』に通っていた。来月、通い始めて一年になる。
それは見えざる世界と関わる能力、一般的には霊能力と呼ばれる力をコントロールするための修練だ。
他人に説明しづらい力を持って生まれた美誠は、家族にも相談できず独りでこの力と向き合い、困りごとに対処してきた。
しかしある心霊事件に巻き込まれた時、本業の霊能者・御乙神千早に助けられた。彼女が信頼できる人物であると感じた美誠は、頼み込んで一年間だけという約束で弟子にしてもらったのだ。
千早の所属する霊能術家・御乙神一族の宗主にも了承を得て、週末を利用して新幹線で三時間かかる御乙神宗家の屋敷まで通っている。
その修練の時に起こった出来事だった。泊りがけの修練の後は、御礼を兼ねて宿泊した部屋とその他数か所を自主的に掃除してから帰宅していた。
そのいわゆる御礼奉公中、まだ独身である宗主の恋人が屋敷に到着した。
毎回なぜかまとまらないらしい宗主の御見合いだが、今回は珍しくお付き合いが二ヶ月続いたそうで、めでたく屋敷に招かれるまで進展したようだ。
ジャージに長シャツ姿で廊下をぞうきんがけしていた美誠は、彼女が一人で歩いている所に出くわした。
宗主の恋人は、年の頃二〇台半ばの、清楚で上品な和風美人だった。外見の雰囲気は、美誠の師匠である御乙神千早に似ていた。
美しく着飾った所を邪魔しては悪いので、廊下を端に寄って道を開けた。
美誠の前を通り過ぎる時、脳裏に言葉が浮かんだ。思わず固まる美誠を、すれちがった女性は振り返り、にこりと笑った。上品で優しげな微笑みだった。
宗主のお見合い相手だから、どこかの霊能術家の令嬢なのだろう。霊能力を使って美誠にメッセージを送ってきた。
『さっさと消えてくれる?目ざわりなの』
――人は見かけによらないものだと、心底思った出来事だった。
その時のこと、そしてその後二人連れ添って出かける後ろ姿を思い出し、視界がくもる。あわてて上を向いてごまかし、唇を噛む。ひざの上の女の子は、ぽつりと言う。
「好きな人のことで、何かあったの?」
静かにたずねてくる女の子に、美誠は言うか言うまいか迷ったが、しょせんこれは夢と思い正直に話しだす。
「たいしたことじゃないの。ちょっとだけ、ちょっとだけ好きかなって思った人がね、お見合いが上手くいったみたいで、仲が良いの。それでその彼女さんに屋敷ですれ違ったんだけど、その時、目ざわり、消えろって言われたの。正確には念を送られたんだけどね」
「……お姉さん、その彼女に略奪宣言でもしたの?」
「それは絶対ないから。すれ違った時、道を開けただけよ。あの屋敷に宿泊が許されているのは、未婚の女性では私だけだから、前からこういう誤解がたまにあったの。
でも、誤解にしても初対面の相手にそれだけ言うって、見かけに寄らず結構きつい人だなって思って。まあ、あんな特殊な旧家は、あれくらい気が強くないとお内儀は務まらないのかもね」
女の子は何か考えるような顔をしている。気のせいか、目つきが妙に冷ややかに見えた。
「……それは気が強いというより、単に下品で凶暴だと思うけど。実は性格極悪なんだねその彼女」
「男の人って、性格より顔の好みが最優先みたいだからね。よっぽど顔が好みだったんじゃない?」
「それはちょっと偏見だと思うよ。教えてあげないの、その事。お姉さんの好きな人、彼女の裏の顔、知らないのかも。止めてあげないとそのまま知らずに結婚して、さびしい家庭を作っちゃうかも知れないよ?」
「分かってると思うよ。それくらい分からないとあの人の立場は務まらないから。性格のきつさも表裏があるのも折り込み済みよきっと。分かってて婚姻関係進めるほど、何かメリットがある相手なんじゃないかな」
「そうだね、そんな立場の人なら、色々考えてのことかも知れないね。でも、もしかしたらお見合い自体に疲れてて、もうこの辺でいいやって妥協して見落としたのかも知れないよ?」
「さあ、私には分からない。でもまあ、地位とか権力とか財産とか、ありすぎるのも色々大変よね……」
淡々と話しながら、動かしがたい現実に胸が痛かった。
常に数歩先を読み、周囲の目的を把握し、抱えている問題と照らし合わせ判断を下していく。その上、命がけの退魔業まで付いてくる。
そんな息詰まる日々が彼の日常なのだ。付き合うだけならともかく婚姻関係となると、普通の若者とは相手を選ぶ基準が全く違うだろう。少なくとも自分は対象外だと、美誠は思う。
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