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第六章  愛の織りなす景色

愛の織りなす景色(3)

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 暗闇に浮かび上がってきた姿に、千早ちはやは思わず目を見開いた。


 霊体の正体は、大変美しい女性だった。年の頃は三〇台半ばか。におい立つような色香いろかとあたたかな母性が同居する、成熟した大人の女性だった。 

 ぬける様な白い肌とりの深い顔立ちから、彼女が純粋な日本人では無い事が分かる。端麗たんれい容貌ようぼうは美女という呼び名がふさわしい、正に正統派の美貌だ。

 そして右肩に寄せてまとめられた髪は光を放つようにつややかな茶金髪ちゃきんぱつで、いかにも手触てざりのよさそうな美しい髪だった。


 美女は、千早に薄く微笑んだ。しかしその悲し気な笑みは友好の意味ではなさそうだった。

 何かを懇願こんがんしている気配があった。女性の持つ霊能の力はごく弱いもので、思考を伝えるほどの力を持っていなかった。姿を見せられたのも、千早の強い霊能力があっての事だった。

 そしてこの霊体は、非常に弱っていた。元々持つ霊能力が弱いのに、死後、たましいの行くべき場所へとのぼらず現世にとどまり続けたようだった。

 肉体を失った魂は、行くべき場所へと昇らないと持つ力を失っていく。

 魂の力は、存在を維持いじし次の生へと輪廻転生りんねてんしょうするために必要だ。力尽きれば、魂自体が消滅する。

 現世げんせ余程よほどの心残りがあって、魂の行くべき場所へと昇れずにいるのだろう。そう察した千早は、その時彼女の悲し気な微笑ほほえみに、引き金を引かれたようにある考えが浮かんだ。

(まさか……)

 思い当たった途端とたん、霊体はかき消えた。気配も部屋から消えて、現世に姿を現す限界を迎えたのだと感じた。


 千早は、意を決して身を起こした。しばらく寝付いていた身体は、自分のものではないように重い。

 おぼつかない足で部屋を出て、千早は壁に手を着きながら一階へと向かう。


 離れの一階は、二〇畳ほどのリビングと対面キッチン、そして可動式の引き戸で仕切られた一〇畳の和室がある。明はこの和室に寝泊まりしている。

 リビングの明かりも付けず、千早は閉じられていた可動式の扉を開く。

 中に明がいないのは、気配で分かっていた。代わりに出窓の床板とこいた香箱こうばこ座りをしていた黒猫へとたずねる。胸をざわめかせる不安を押さえきれない、切羽詰せっぱつまった口調だった。

「クロちゃん、いえ、黒龍こくりゅう。明はどこ?」

「……主は用事で出かけている。しかし今夜は我がここにいるから、ひめは安心して休ん」

「黒龍、明はどこに、何しに行ったの?」

 ここしばらくのうつろな様子から一転いってん、我を取り戻した千早に黒猫姿の黒龍は答えない。

 きびすを返した千早は、よろけながらもけ出した。スリッパのまま玄関を出て、あちこち壊れたままの池端いけはたの周遊道をもがくように駆けていく。

「姫!待たれよ!」

 黒猫姿の黒龍がすぐに追いつき、足元にまとわりつきながら千早ちはやを止めようとする。

 しかし千早は黒龍を無視して動かない足を必死に前に出し、ひかるの元へと向かっていく。



 執務室しつむしつ代わりの客室で義人よしとと話していた輝は、気配よりもあわただしい物音に気付き書類から顔を上げる。

 すぐに扉が開いて、ネグリジェ姿の千早が姿を見せる。

「千早様、どうしたんですか?そんな寒い格好かっこうで……」

「輝君。明の行き先を知らない?」

 見るからに不健康な顔色かおいろの千早が、鬼気迫ききせまる表情でうったえる。

「明のお母様が、私の所に来たの。力を振りしぼって、ものすごく必死に」

 女性の悲し気な微笑みは、ここしばらく千早に向けられる明の微笑みに瓜二うりふたつだった。

 顔の造形ぞうけいは似ていない。けれど、心情が表に出た表情の作り方がそっくりで、千早は彼女が明の母、佐藤さとう唯真ゆまたましいであることに気付いたのだ。

 
 立っていられず扉にしがみつきながら、千早はおどろいている輝へとさらに訴える。

「輝君は、明の行き先に心当たりはない?もし何か知っていたら教えて。すごく嫌な予感がするの……!」

 千早の訴えを聞きながら、表情がけわしくなっていった輝が、千早の足元に寄り添う黒猫を見やる。

「黒龍。お前、明から何も言うなと命じられているんだな?」

 黒龍からの返答はない。それは輝の問いかけへの十分な返事だった。


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