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第六章  愛の織りなす景色

愛の織りなす景色(2)

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 その時、また観音開きの扉があいた。あわてた様子で入室してきた中年の男性は、ひかるへと真っ直ぐに走り寄る。

「輝様、報告が」

「何だ」

 男性は、正装をまとう肩を落として口を開く。

謹慎きんしん中の飛竜ひりゅう……殿が、自宅から姿を消し、行方をくらましました」

 少なくともあらぶる感情は見えなかった輝の目が、怒りにつり上がる。

 色々と学習した義人よしとは目つきが変わった輝から、さりげなく一歩、後ろに離れた。

「指示通り飛竜殿の屋敷に監視かんしの者を配置していたのですが、出し抜かれたようで……申し訳ありません」

「やられたものは仕方がない。監視役にすぐに行方を追わせろ。三日以内に発見できなければ捜索そうさくの人数を増やす。絶対につかまえろと伝えてくれ」

「分かりました」

 一礼して退出たいしゅつした男性を見送り、輝が怒りをき出すように深い溜息ためいきを吐く。

「どこまで浅ましい真似まねを。一時は一族をまとめる立場にいた者が……」

「追い詰められたらこんなもんですよ、人間なんて」

 こちらも小さくため息を吐きながら、義人が苦く笑う。

丸裸まるはだかになって、追い詰められて、初めての自分が出るもんです。俺にもおぼえがあります。肩書かたがきとか人脈とか、自分の武器であったものがごっそり抜け落ちた丸裸の人間なんて、本当に頼りなくて弱弱しいもんです。
 むしろそんな状態でも自分を見失わない人は、正真正銘しょうしんしょうめい、本当に強い人なんでしょうね」

 義人も色々あったのだろう。輝に笑って見せるその顔は、自分ではどうしようもない困難にけずられてかどが取れた表情をしている。いわゆる大人の顔だ。

 まだいらつきの残る胸の内を無理矢理押さえながら、輝も腕を組んだ。

「――そんな人間、いやしないさ。もしいたら、本物の傑物けつぶつってやつだろうな」




 寝付けない千早は、常夜灯じょうやとうの光が薄く照らす格子こうし天井を、ベッドに横たわったままぼんやりとながめていた。


 眠れない夜がつらかった。眠れないまま、同じことを延々えんえんと考えてしまうから。

 答えが出ている事を、繰り返し考えてしまうのが辛かった。どうにかして違う答えを出したい自分の欲が、考える事を辞めさせないのだと分かっている。

 すでに確定した答えが気に入らないのだ。どうしても、『現実』を受け入れられない。

 現実から逃げるあまり、心身共にバランスを崩している事を千早自身も気が付いている。けれどどうしても、自分に起こった出来事を受け入れることができず、千早は自家中毒じかちゅうどくを起こしてしまっていた。


 人の出入りが戻り始めた宗家屋敷そうけやしきは、それでも深夜は静けさに満ちる。

 弱った今の千早は、み入るようなこの静けさを心底ほっしていた。今までなら何も感じなかったささいな物音でさえ、現在の千早には苦痛なのだ。

 静かな世界に行きたい―――その願いの究極きゅうきょくは、決して願ってはいけないものだと理性では分かっている。つい先日は、低級霊たちにこの願いに付け込まれた。


 あの日から明は、決して千早を一人にしない。いつもそばにいて、夜も離れの一階に寝泊まりしている。

 つねに付き添ってくれる明は、繰り返し千早に優しい言葉をかけてくれる。まるで恋人にささやくような、甘く優しい言葉を。

 けれどその言葉たちは、千早の心を上滑うわすべりしていく。何を言われてもどんなに優しくされても、『現実』をかんがみれば、何も実を結ばないと思うからだ。

 自分に向けられる全てに心の動かなくなった千早は、今夜もただぼんやりと天井を見つめていた。

 
 ふと、千早の目がわずかに意思を取り戻す。長年の習慣で、感じ取った気配の正体を探る。正体不明の霊的な存在が、この部屋に入ってきたのだ。

 この離れには元々、強い防御がほどこされている。邪悪な存在は、余程よほどの存在でない限り侵入しんにゅうすることはできない。

 しかし今、千早が感じ取った霊体はこの部屋に入ってきた。この霊体が邪悪なモノでない証拠で、そして持つ力もまるで強くなく、むしろ弱弱しい。千早に姿を見せる事すらできずにいる。


 今にも消え去りそうな弱弱しい力でこの部屋に入り込んできたことに、千早は興味を引かれた。

 弱い霊体は、基本的に強い力を持つ術者をけるのだ。そして読み取った気配の中に、自分に向けられた強い感情を感じ取った。

 それは、必死さと、悲しみ。ごく小さなホタルのようなその霊体をよくようと、千早は久々に霊能の目を開き、強く力を込めた。


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