上 下
41 / 47
第五章  ふたりの千早

ふたりの千早(7)

しおりを挟む


 音一つ聞こえない深夜。崩壊ほうかいからまぬがれた屋敷の一室で、ひかるはひとり洋机ようづくえに向かっていた。


 あまり広くはない机上きじょうにあるのは、純白の和紙にしたためられた三通の手紙である。

 広域こういきに散らばった屋敷の残骸ざんがいから探し出した、父・輝明てるあき遺書いしょだった。


 一通目はごく実務的じつむてきな内容で、相続対象となる各種財産の目録もくろくや宗主の職務しょくむに関する指示がされたものだった。

 二通目は肉親として輝にてたもので、三通目は、明にてられたものだった。今朝、ようやく屋敷森やしきもりの中で遺書がおさめられた金庫を見つけたのだ。


 つねに死の危険がつきまとう術師たちは、初めて退魔行たいまぎょうに出るさい遺書いしょを作るのがならわしだった。

 父親の遺書は、宗主執務室そうしゅしつむしつの金庫にある事は知っていたので、輝は宗家屋敷内の破損状況はそんじょうきょうを調べるのと並行へいこうして、竜巻たつまきに吹き飛ばされただろう金庫を探していたのだ。


 開けられた二通の遺書をながめる輝の目は、力が無い。疲労もあるが、それ以上に気力ががれているのが映っている。

 遺書の内容は、色々な意味で衝撃的しょうげきてきなものだった。遺書に書かれていた、父親が口を閉ざしひとり背負せおっていたものを、今からは自分が引きぐのだと思うと、輝は胃の中のものを吐いてしまいそうな気分になった。

 遺書いしょには、父の身体をむしばむ病気についても書かれていた。ガンが進行していたと。神刀を持ってしても助からない、体感たいかんで分かると。


『お前がこの遺書いしょを読んでいるその理由は、十中八九、織哉おりやの手にかかっての事だと思う。けれどどうせ私は病気で余命よめいは長くはなかった、だから織哉を恨むことはしないように。
 先に織哉の命をうばい、大切な家族の命を奪ったのは私の方だ。そして明に、わずか五歳で今のお前と同じ思いをさせてしまった。』


 だからうらむなと。たった二人の神刀の使い手なのだから、憎み合うのはけよと。

 最近書き直したのが分かる遺書を読みながら、輝は何も気づかなかった自分を情けなく思っていた。

 一人前の様な顔をして、現実は父に多大ただいまもられていた事をようやくさとったのだ。

 情けない―――たよれる肉親を失った喪失感そうしつかん、何も気づけなかった自分への失望しつぼう、これから宗主そうしゅとして父と同じ責務せきむを負っていけるのかという不安。そして。

 輝の脳裏のうりに、最後に父と交わした会話がよみがえる。奇妙なほどに記憶に焼き付いている、池端いけはたで聞いた台詞せりふだ。


千早ちはやの事を本当に大切に思っているなら、よくよく考えて、千早が一番幸せになる道を選んであげなさい。一時いちじは痛みがあったとしても、最後には必ずその判断がお前の幸せにもつながるからな』


 千早が白虎びゃっこの力に巻き込まれた時、輝は動けなかった。神刀しんとうの力を全力で引き出せば対応できたかもしれなかったが、それはまさに命を張ったけだった。

 あの時、とっさの判断で輝はその賭けからりてしまった。そして賭けに乗ったのは、あきらの方だった。

 明とて、使い方も分からない、正体不明の神刀を継承けいしょうしたばかりで何の自信もなかったはずだ。けれど明は、千早ちはやの救出に飛び込んだ。


 結論けつろんが出たことをひかるは悟った。千早が『一番幸せになる道』がどれなのかを。


 つくえひじをつき、両手で顔をおおう。目元をかくした手から一筋、透明とうめいなしずくが流れてきた。

(何で何もかもいっぺんに来るんだよ……)

 父親を失った悲しみ。背負う責任の重さ。そして子供の頃から好きだった相手をあきらめなければならない苦しさを、輝は一人でえていた。

 今の千早を一人にしてはいけないのは輝も分かっていた。けれど輝は宗主そうしゅとしての仕事を優先した。

 結局はそういう事なのだと、自分に納得なっとくさせる様に歯をめる。


 でも、それよりも。本当は。
 
そばにいるのがつらいんだよ。顔を見るのが、辛いんだ……)

 二人の深いきずな露見ろけんしていくたびに、輝は自分がどれだけ何も知らなかったかを思い知らされた。自分がいかに千早から遠い場所にいるかという事を。

 自分がバカだったと、打ちのめされるほど思い知らされた。ひとりよがりなプライドにこだわっている間に、あきら千早ちはやはおたがいをささえ合い、同じ時間に生きていたのだ。


 もう、自分が入り込む余地よちはない。分かっていても、言い聞かせても、胸が痛くてたまらない。

 つぶされそうな、さまざまな思いに耐えて、ひかるはひとりじっと頭をかかえていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。  正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。  千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。  けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。  そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。  そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。

ハレマ・ハレオは、ハーレまない!~億り人になった俺に美少女達が寄ってくる?だが俺は絶対にハーレムなんて作らない~

長月 鳥
キャラ文芸
 W高校1年生の晴間晴雄(ハレマハレオ)は、宝くじの当選で億り人となった。  だが、彼は喜ばない。  それは「日本にも一夫多妻制があればいいのになぁ」が口癖だった父親の存在が起因する。  株で儲け、一代で財を成した父親の晴間舘雄(ハレマダテオ)は、金と女に溺れた。特に女性関係は酷く、あらゆる国と地域に100名以上の愛人が居たと見られる。  以前は、ごく平凡で慎ましく幸せな3人家族だった……だが、大金を手にした父親は、都心に豪邸を構えると、金遣いが荒くなり態度も大きく変わり、妻のカエデに手を上げるようになった。いつしか住み家は、人目も憚らず愛人を何人も連れ込むハーレムと化し酒池肉林が繰り返された。やがて妻を追い出し、親権を手にしておきながら、一人息子のハレオまでも安アパートへと追いやった。  ハレオは、憎しみを抱きつつも父親からの家賃や生活面での援助を受け続けた。義務教育が終わるその日まで。  そして、高校入学のその日、父親は他界した。  死因は【腹上死】。  死因だけでも親族を騒然とさせたが、それだけでは無かった。  借金こそ無かったものの、父親ダテオの資産は0、一文無し。  愛人達に、その全てを注ぎ込み、果てたのだ。  それを聞いたハレオは誓う。    「金は人をダメにする、女は男をダメにする」  「金も女も信用しない、父親みたいになってたまるか」  「俺は絶対にハーレムなんて作らない、俺は絶対ハーレまない!!」  最後の誓いの意味は分からないが……。  この日より、ハレオと金、そして女達との戦いが始まった。  そんな思いとは裏腹に、ハレオの周りには、幼馴染やクラスの人気者、アイドルや複数の妹達が現れる。  果たして彼女たちの目的は、ハレオの当選金か、はたまた真実の愛か。  お金と女、数多の煩悩に翻弄されるハレマハレオの高校生活が、今、始まる。

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

月に恋するお狐様 ー大正怪異譚ー

月城雪華
キャラ文芸
あれは明治後期、雅輝が八歳の頃の事だった。家族と共に会合へ出掛けた数日後の夜、白狐を見たのは。 「華蓮」と名乗った白狐は、悪意を持つあやかしから助けてくれた。 その容姿も、一つ一つの仕草も、言葉では表せないほど美しかった。 雅輝はあやかしに好かれやすい体質を持っており、襲って来ないモノは初めてだった。 それ以上に美しい姿に目を離せず、そんなあやかしは後にも先にも出会わない──そう幼心に思った。 『わたしをお嫁さんにしてね』 その場の空気に流されるように頷き、華蓮は淡く微笑むと雅輝の前から姿を消した。 それから時は経ち、十五年後。 雅輝は中尉となり、日々職務に勤しんでいた。 そもそも軍人になったのは、五年前あやかしに攫われた妹──楓を探し出す為だった。 有益な情報を右腕や頼れる部下と共に、時には単独で探していたある日。 雅輝の周囲で次々に事件が起き──

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...