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第五章 ふたりの千早
ふたりの千早(1)
しおりを挟む調査の結果、飛竜照子の話は正しかったことが分かった。
飛竜家の先に生まれた娘たちは、三人とも全く霊能力を持っていなかった。
それは異能を持って生まれるのが普通である御乙神一族の中ではまず無い事で、特に七家を務めるほどの家では、霊能力を持たない子供が生まれる方が圧倒的に少ない。
それが三人も続き、飛竜健信は焦っていた。『滅亡の子』の騒動で手に入れた、一族からの信頼が揺らぐと考えたのだ。
四人目の子供は、絶対に霊能力を持っていなければならないと、現代医療の力も取り入れ、数百年に一度巡るかどうかという好条件の日時に合わせ出産を目指した。
しかし予想外の事故が起こり分娩時刻が遅れる。
生まれた四女は強い霊能力を授かる星周りから外れ全く霊能力を持っておらず、焦った飛竜は絶対にしてはならない事をしてしまう。
同じ病院に、破格の霊能力に恵まれる完璧な星回りで生まれた赤ん坊が、一人だけ生まれていた。
我が子と同じ女児だったのも、飛竜に歯止めがかからなかった理由だろう。
新生児室に忍び込み、我が子と他人の子供を取り換えた。生まれて数日しか経っていない赤ん坊は、傍目には違いはまず分からなかった。
しかし照子は気付いてしまった。事実を知った照子は半狂乱で抗議したが、夫に恫喝され泣く泣く他人の赤ん坊を育てることになる。
照子は出産時の事故で、もう二度と子供は望めなくなっていた。子供は正妻との子でなければいけないと飛竜がこだわっていたせいで、婚外子も望めなかった。
これが、十七年も続く飛竜家の不和の始まり、そして絶対に隠し続けなければならない秘密の始まりだった。
年が明け、正月も過ぎたある日の朝。明、千早、そして義人は、とある街の住宅街にいた。
日本のどこにでも見るような住宅街に路駐された、メタリックグレーのランドクルーザーはかなり目立つのに、道行く人々はなぜか誰も気に留めない。
ランドクルーザーの運転席には義人が、助手席には明、そして広い後部座席にはミディアムボブに髪を整えた千早が座っている。
ノーカラーのキルティングコートに身を包んだ千早に、明が助手席から振り返り、声をかける。
「千早。寒くないか?きつかったら横になってていいんだぞ」
「千早様、姿が見えたら声かけますから、無理しないでくださいね」
明につられて義人も運転席から振り返り、上品なベージュのコートにくるまった千早へ言う。
千早が、昏睡から目を覚まし三週間が過ぎていた。
目を覚ました当時は、これ以上昏睡状態が続けば、生命維持が危ぶまれるという状態まで来ていた。
弱り切っていた身体が回復し外出ができるようになった今日、千早の強い願いでこの見知らぬ街に来ていた。
小さな公園脇に停められたランドクルーザーのはすかいに、一軒の住宅が見える。
築二〇年前後だろう、こぢんまりとした洋風の一軒家からは、うっすらと犬の鳴き声が聞こえてくる。
住宅の前には常緑コニファーの生け垣が造られ、オレンジ系のモザイク瓦屋根と優しいコントラストを作っていた。
かわいらしいアイアンアーチの向こうから、玄関を開けて誰か出てくる。犬の鳴き声がひときわ大きく聞こえて、それに答えるように若い女性の声がする。
後部座席の千早が、身を乗り出して住宅の様子を見ようとする。明は、前方の運転席へと顔を出してきた千早が苦しくないように、そっと体を支えてやる。
千早が、食い入るように外の景色を見つめる様子を、義人はうっすらと心配げな表情で見守っていた。
住宅から出てきたのは、家庭ごみのビニール袋を持ったスーツ姿の中年男性と、少し着崩したブレザーの制服に、黒のダッフルコートを羽織った派手目の女子高生だった。
優しさが顔に出ている父親は、美人の娘に何か言われ、困ったように笑顔で返している。
会話の内容は遠すぎて聞こえない。けれど父親が娘に甘い様子は、遠目にもよく伝わってきた。
女子高生の顔立ちは、飛竜照子や娘達にそっくりだった。髪型すら三人の娘達とよく似ている。髪質に合う髪型を探していけば、たどり着くのは同じようなものなのだろう。
彼女の名は『市橋愛美』。本当の父親である飛竜健信に取り換えられた、『本物』の飛竜千早だった。
義人の尽力で、本物の飛竜千早の居場所が判明した。皆で相談の上、今から五日前に、体調が回復してきた千早に真実を告げたのだ。
千早は特に動揺も見せず、静かに聞いていた。そして自分の本当の両親、そして本物の飛竜千早を、遠目からでいいから一目見たいと強く願い出たのだ。
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