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第四章 背徳にまみれた真実
背徳にまみれた真実(1)
しおりを挟む襲撃の夜が明けて、翌日は高く晴れ上がった、気持ちの良い晴天となった。
輝く朝日が照らし出す宗家屋敷は、七つの棟のうち中央の三棟が破壊され、特に宗主執務室のあった棟は残骸すら無く巨大な穴が空いていた。
神刀の間と椿の間がある東の二棟と、西の二棟はかろうじて無事で、そこで生き残った術者たちが体を休めていた。
迎撃に集結していた約一〇〇人のうち、三十一人が死亡、四十二人が負傷し、結果として惨憺たる有り様だった。
中でも明の居た座敷牢周辺の警護に当たっていた術師たち二〇名は、生存者は二名のみだった。
生き残った二名のうち一人は七家の一人である新名主孝だったが、傷は深く意識不明の状態である。
この場所に配置された者は、魔物・御乙神織哉と直接戦うことになったのが大きな不運だった。
前回の襲撃での死亡者と合わせると、既に御乙神一族の三割に当たる四十六名が死亡している。
滅亡の予言は先視と違う形ではあるが、確実に成就の道をたどっている。それは生き残った者たちにとっては、腹の底から冷え込むような恐ろしい現実だった。
そしてこの襲撃で、宗主、御乙神輝明も命を落とした。十三年前命を奪ったはずの弟に、今度は自分が命を奪われたのだ。
神刀の使い手同士が殺し合うという、醜聞どころではない惨劇に、輝明の葬儀はほぼ密葬のような形で執り行われた。
元・神刀の使い手という強力な魔物に魅入られた今の御乙神一族に深入りする者は誰も居ない。それが分かっていて、宗主の座を継いだ輝は付き合いのあった霊能術家各家に知らせを出さなかった。
葬儀の出席者は、一族の者のみでわずか三人。歴史ある名門術家の宗主を送るにしてはあまりにも簡素な、寂しい葬儀だった。
魔物襲来の夜から四日後。倒壊を免れた千早専用の離れで、明は千早に付き添っていた。
どうやっても一族の人々の前には顔を出せないので、無傷だった千早の離れに引きこもり、多忙を極める三奈にアドバイスをもらいながら千早の世話を続けていた。
板の間に低くしつらえられたダブルサイズのベッドで、千早は眼を閉じている。神格の召還術に失敗した後から、千早の意識は戻っていない。
この四日間で、明は千早の身体を霊的に探った。その結果、魔物・御乙神織哉に指摘された通り、千早の身体は『人間』から変異しつつあることが分かった。
幼少期から異次元と繋がる呪術を多量に行使し続けたせいで、少しずつ、僅かずつ、千早の身体はこの次元の存在ではなくなりつつあったのだ。
それはほぼ起こる事の無い稀有な事例で、大抵の術師は一生この稼業に携わったところで肉体が変異するほどの異常は起きない。
しかし千早は、異次元につながる巨大な『道』を形成できる稀な術者だった。呪術の威力が普通の術者とけた違いだった事が災いしたのだ。
一般の術者では有り得ないほど異次元の力を浴び続けたせいで、千早の身体は『異次元の存在』へと変容しつつあった。それはいわゆる、精霊や妖しなど、人に非ざる存在だ。
そして変異の手始めとして、千早の身体は、『人間』としての生殖能力を喪失してしまったのだ。
千早の肉体が、今から『人間』へと引き返せるのか―――それを知るには、過去の様々な事例を調査するしか方法は無いだろう。
もう、千早にこの先まともな『人間』としての人生があるのかすら分からない。人並みに成長ができるのか、年齢を重ねることができるのか。
放っておけば体温が下がっていく体は、変異の証か、それとも召還術を失敗した代償なのか、それさえもはっきりと分からなかった。
千早の変異に気付けなかったことを、明は深く悔いていた。体が弱い事も続く体調不良にも気付いていたのに、ただそれだけだと変異を見逃していた。一歩踏み込み原因を探ろうとしなかった。
その『思考の一歩』が、頭の良し悪しの差なのだ。自分はなんて頭が悪いんだと自責しながら、明は人形のように横たわる千早を見つめる。
青白い額に、静かに手を置く。髪を分けられた額はひんやりとしていて、まるで陶器のようだった。
ここ四日寝る暇もなさそうな三奈から、とにかく体を温め続ける様にと言われ、明はこまめに千早の体温を測りながら電気毛布や電気あんかの温度を調整し、世話を続けていた。
部屋の扉がノックされた。返事をすると扉が開き、輝と三奈、そしてもう一人、薄手のハーフコートにチノパン姿の、二十代後半の青年が入室してきた。
彼は、御乙神分家・片野坂家の長男、片野坂義人だ。
術師になるほどの霊能力を持たない義人は、片野坂家当主の母親の勧めで宗家屋敷にアルバイトに来ていた。そして明は忘れていたが、約一ヶ月前の魔物の襲撃時に会っていた。
魔物に殺され、体を乗っ取られた義人の母親を明が斬ったのだ。当時は混乱した義人に強く責められたが、その時の事を再会した途端いきなり謝られた。
『あの時は申し訳なかった。母を、魔物から解放してくれてありがとう』と。そして危険だから帰るよう三奈が説得するのも聞かず、仕事を手伝い始めたのだ。
屋敷に勤める使用人たちは、安全のため屋敷から全員非難させていて、とにかく人手が足りなかった。
分家の者たちも戦える者は怪我人だらけで、相応の戦闘力を持たない者を魔物に狙われた宗家屋敷に招集するわけにはいかない。
義人曰く『実家は姉が継いだから俺に何かあっても大丈夫です。母の望みは俺が宗家のために働くことだったから、それを叶えたい』と言って譲らない。
負傷者の送致や医療措置の手配、建物の被害状況の把握や公的機関との調整、そして死亡した者たちの遺体引き渡しや状況説明など、いわゆる事務方の仕事は山のようにあった。
これらの仕事に、メガバンクの総合職だった義人は正に適任で、そして分家の長男でもあるので一族の事情にも通じ顔も効く。いわゆる『使える』人材だった。
三奈がいくら説得しても頑として帰ろうとしない義人に、輝が『いざという時、守り切れないかもしれないがそれでもいいか』と問い、迷いなくうなづく義人に滞在の許可を出したのだ。
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