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第三章 十三夜の月の下で
十三夜の月の下で(9)
しおりを挟む人の次元で剥き出しになった神格・白虎は、まとう力と人の次元が相容れず反発を起こす。
人の次元に神格の存在は、強力すぎるのだ。
爆発する様に白虎のおわす地面が弾ける。御乙神織哉が穿った大穴はさらに大きくなり、ついに崩壊を起こす。
地面をゆがめる力は建物まで到達し、屋敷は軋みを上げてねじれていく。
それはまるで、巨人の手で宗家屋敷がねじられる様だった。
もうどうする事も出来ず、術師たちはこの場から逃げ出し始める。混乱の中、まだ破壊が進んでいない屋敷の屋根に、燃える炎が出現する。
八岐大蛇を仕留めた宗主・輝明だった。空間自体がねじられていく中、黒衣の弟を見つけ、屋根から飛び降りる。
再び炎と魔風のぶつかり合いが始まる。
屋敷の崩壊はさらに拡大していき、輝明と織哉は屋根を飛び越え、切り結びながら池の方向へと移動していく。
その中で、白虎は自らの次元への帰路に就こうとしていた。
召還した術師の意志が感じられなくなり、己が役目は終わったのだと判断したのだ。
白虎は、自らの力で帰路となる霊能の道を開いた。そしてゆっくりと道を歩み自らの次元へと帰還しようとする。
天変地異のごとき破壊の中、誰も他人のことまで気に掛けられなかった。
大技を失敗し気を失った千早が、帰還しようとする白虎の力に巻き込まれたことに気づく者はいなかった。
父親である飛竜健信でさえもこの場から逃げ出してしまっていた。
気を失った千早は、白虎の豊かな毛皮に埋もれたようになり、そのまま神格の次元へと連れていかれようとしていた。
「千早ちゃん!」
気絶から目を覚ました輝が、誰も居なくなった執務室跡に駆けつける。
白虎は、千早を巻き込んだことに気づいていなかった。神格と人間では、その存在の重さが違い過ぎるのだ。
例えれば、人間の衣服にアリが付いていたとしても、見えない場所だと気づかない。特に今の千早は気絶している。存在に気付かれなくても仕方がない状況だった。
しかし剥き出しになった神格の力は、宗家屋敷をねじ切るほど激しい破壊を起こすものだ。
正に障壁となった白虎の力を乗り越え千早を取り戻すなど、神刀を持ってしても無謀な事だった。ただ命を捨てる行為でしかなかった。
(何か方法は……!)
輝が冷や汗をかくほど迷ううちに、白虎は自ら繋いだ霊能の道に入り、帰還しようとしていた。
いくら凄腕の術者でも、生身の人間がそんな所へ連れていかれたら絶対に生きてはいられない。
成す術が無く、身を震わせる輝の横を通った者がいた。
正体不明の神刀を振りかざし、明は異次元の力の障壁へと飛び込んだ。
「明――?」
身が、歪む――それは明の感じた事だった。
使い方も、力の源も分からない神刀の力を、無理矢理引き出し身を守ろうとする。
しかし握る手が、裂かれそうになる。刀からは暴れるような力があふれ、それでも明は必死に神刀を使いこなそうとする。
周囲からは身が歪む神格の力に押され、それに対抗しようと正体不明の暴れ馬のような神刀を死に物狂いでコントロールし、一歩間違えれば自分が吹き飛ぶのが分かる綱渡りの状況で、明はじりじりと千早に近づいていく。
(消し飛ぶ……!)
ゆったりと歩んでいく白虎に追いつこうと、外からと内からと壮絶な威力に耐えながら明も進み、千早へと手を伸ばす。
(あともう少し……!)
しかし手が届かない。明も、これ以上耐えられそうにない。
手どころか、半身が吹き飛びそうな威力に、右腕の感覚は既にない。気持ちだけで謎の神刀を握り続ける。
もう身が砕けるかと思った時、不意に白虎の歩みが止まり、毛皮に埋もれた千早に手が届いた。
反射的に毛皮から出ていた千早の右手を掴み、全力で引っ張る。
毛皮に埋もれていた千早の身体は、術師の正装が焼けたようにぼろぼろになって、体から舞い散っていった。
檜扇も、要と房飾りの水晶だけが地面へと落ちていく。しかしそれらも地面に着いた途端、砂の様に崩れてしまった。
長かった髪も、焼き切れたように毛皮に埋もれていた部分から無くなっていた。
特殊な工程を経て作られた正装、檜扇、そして自らの分身である髪が身代りとなり、神格の桁違いの力からかろうじて千早を守ってくれたのだ。
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