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第三章 十三夜の月の下で
十三夜の月の下で(7)
しおりを挟むひとり椿の間を抜け出した千早は、衝撃に揺れる廊下を走り宗主の執務室へと向かっていた。
魔物が何を考えているのか、彼の目的は千早には知る由もない。けれど明が連れていかれたのだけは分かった。
助けなければ――その一心で土や小石が飛んでくる暴風の中を、千早は身を庇いながら執務室の方向へと急いでいた。
椿の間がある棟から見て、執務室は西の方角にある別棟にあった。そこは屋敷全体から見て、中心となる場所でもある。
地響きの中、渡り廊下の入り口までたどり着いたが、扉は既に無くなっていた。渡り廊下自体が、その先の棟ごと無くなっていたのだ。
瓦礫さえも綺麗になくなり、なかば更地のようになっている。そして宗主執務室があった辺りは、直径五メーターほどの大穴が空いていた。
その時、黒い土が剥き出しになった大穴へ、上空に浮かぶ黒装束の魔物から何かが落とされた。
その様子を、破壊された渡り廊下の入り口から目撃した千早は顔が引きつる。
落とされたのは明だった。何も考える間もなく、千早は森羅万象の力の一つ、風の力を呼び出し明を救おうとする。
しかし、清らな風の力は明にたどり着く前に弾かれた。
魔物が邪魔したのではない。明を中心に全く別の力が働き、まるで結界のように包み込んでいた。
そして明の身体は落下を止めた。地底から浮かび上がってきた、一振りの刀が明の前で停止する。
見た目は普通の日本刀だった。しかし刀から溢れ出る力は、恐ろしいほど圧倒的なもので、不用意に触れれば人間の手など破壊されてしまうような強力な力だった。
五〇メーターは離れた場所にいる千早にも、刀の発する正体不明の力はひしひしと伝わってきた。
あれは、神刀―――感じる力は、正体は分からないが間違いなく森羅万象の力だった。そして、正でも負でもなく、ただ純粋で圧倒的な力だった。
正体不明の日本刀は、ゆっくりと明へと近づいていく。それにつれて白銀の刀身は、ほんのりと群青の光をまとい始める。
空中に浮く明は、まるで刀に魅入られたように身動きせず、近づいて来る日本刀を見ていた。
黒い瞳に、群青の光が映り込む。誘われるように、明は日本刀に手を伸ばした。
瞬間。
明の周囲が深い群青の星空となる。今だ誘い込まれるように、今度は両手で日本刀を構えた明は、両手首にはまっていた輝明の霊能封じが爆発するように弾け飛んだ。
そして激痛の走っていた肩の傷が、あっという間に軽くなる。
刀から流れ込んできた力が、肩の傷を癒したのを明は感じた。恐ろしいほどの力が、自分の身体に流れ込んでくるのを感じ取っていた。
正体不明の神刀を構える明の周囲は、まるでプラネタリウムの様だった。
十三夜の月が昇る夜空に、さらに濃い群青の小宇宙が浮かび上がり、その中心で明は日本刀を構えている。
透明感のある深い群青に、撒いたような銀の星々が輝く。
その光景は幻想的だった。遠くから聞こえてくる戦場の響きを忘れ、千早は夜空に浮かぶ球形の小宇宙に見入っていた。
ばらばらと駆けつけ始めた術師たちも、夜空に浮かぶ小宇宙とその中心で日本刀を構える明の姿を見留める。
霊能の世界では、人の世にはあり得ない光景を見ることがある。それらを見慣れた術師たちでさえ見惚れる、幻想的な光景だった。
正に―――奇跡の顕現だった。
『明』
我に返った明が、背後を振り向く。
響いた声は、遠い、遠い記憶の中にだけあった、父の声だった。
もう忘れたかもしれないと思った父の声が、十三年の時を超え、明に呼びかける。
『一緒に来い』
空中を近づいてきた御乙神織哉が、息子へと手を伸ばす。
『共に、御乙神一族を滅ぼそう。今のお前ならできる』
正体不明の日本刀から、右手を離す。目の前の、赤い目をらんらんと光らせる父を、明は見返す。
その顔は、まるで十三年前の幼かった明の様に頼りなく、迷っていた。
十三年間、憎いと思い恋しいと思い、どこかで生きていると信じ探し求めた父が、手を差し伸べてきた。
この手をどれだけ探したか。つい先ほどの非道を見たばかりなのに、それでも差し出される手と誘われる声は、明にとって何より求めていたものだった。
この瞬間を待っていたはずなのに、十三年間このために生きてきたはずなのに――。
手を取らない息子へ、御乙神織哉はさらに手を伸ばす。
『一緒に、お母さんの仇を取ろう。憎い御乙神一族を滅ぼそう』
父の声が、ぶれる。幾種類もの声が、御乙神織哉の声に重なっている。
最初の一声から気付いていた。父の声に、他の誰かの声が混じっている事を。
明の霊能の目に、燃える様にうごめく闇が、父親の背後に視える。まるで泥沼の様に闇は父にまとわりつき、そこから発せられるたくさんの微小な声が父の声に重なっている。
身を引き裂かんばかりの激しい迷いが、明の顔を歪ませる。
震える右手が、ゆっくりと上がり、差し出された父親の手へと向かおうとする。
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