迷いの道しるべは君への想い

第二章 継承の儀

継承の儀（４）

「一族のためとはいえ、あれだけ尽つくしてくれた弟を殺した輝明てるあき様を、俺はどうやっても支持しじできなかった。飛竜ひりゅう殿は確かに腹黒はらぐろいが、自分を慕したう弟を手に掛けた輝明様よりはマシだと思った。
　ただそれだけだったが、何を勘違かんちがいしたのか俺に滅亡めつぼうの子の暗殺あんさつを持ち掛けてきたから、さすがにそれはできないと自分なりに動いただけだよ」

「飛竜様が発案者はつあんしゃですか……。らしいというか、またかというか……」

　はあ、と、どこか芝居しばいがかったため息を吐つく三奈みなに、新名主しんみょうずも芝居がかった悪い笑みを見せる。

「織哉おりや様が命がけで縁えにしを結んだ、愛想あいそのない珍獣ちんじゅうがくたばりかけているのを運悪く見つけてしまったしな。
　ついでに桃生ものうの当主の派手はでな式神がしょっちゅう屋敷に飛んでくるから、手はずも整えやすかったし、もうやるしかないって感じでね。後は飛竜殿への言い訳アフターフォローを整えておけば万全ばんぜんかな」

「新名主しんみょうず孝たかしよ。お前は先視さきみを信じていないのか」

　珍獣ちんじゅう呼ばわりされた黒龍こくりゅうが口を挟はさんでくる。問われて新名主は、術師じゅつしの正装せいそうをまとう肩をすくめて見せた。

「俺も呪術が専門だから先視さきみの的中率てきちゅうりつは良く分かっている。しかし十八年前から視みえる未来も現状も、大幅おおはばに変わってきている。
　ここまで変われば、もう必ずしも御子息ごしそくが滅亡の子だとはいえないだろう。現状からすると御乙神みこがみ一族を滅ぼしそうなのは、どう考えても御子息ではなく織哉おりや様の方だしな」

「父と、仲が良かったんですね」

　考えるようにうつむいた明が、ぽつりとこぼす。その問いかけに、新名主が薄うすく笑った。

「……一〇人ほどの気の合う若手わかてでつるんで、よく馬鹿な事をしていました。酒の肴さかなにと織哉様が持ってきた鯛たいやアワビを食ったら、それが実は大祭たいさいの御饌みけで。うっかりまちがえたらしいけど、食べた全員が連帯れんたい責任で宗家そうけ屋敷の大掃除おおそうじやらされたりしてですね」

「昔からバカだったんですね、あの人」

　力が抜けたように息を吐はく明の肩を、新名主が優しく叩たたく。上げた顔をやはり懐なつかしそうに見て、新名主が明あきらの肩を押した。

「行ってください。できれば御乙神みこがみ一族の事は忘れて、新しい人生を歩んでください。あなたが滅亡めつぼうの子とならなければ、御乙神一族にとってもひとつ脅威きょういが減る。我々にとってもあなたがここから去る事は、利りのある事だと私は考えます」

「……恨うらみを、捨てろと？」

　乾かわいた声音こわねで言う明に、新名主は眉根まゆねを寄せ、痛みをこらえる顔をする。

「勝手を言って申し訳ない。しかし、あなたはまだ本当に若い。今から幸せになれる未来が洋々ようようと広がっている。
　織哉様の事は、我々が何とか……、何とか、します。でもあなたは実際は何をした訳でもないのだから、もうこの件には関わらず、穏おだやかに生きる事を選んでも良いと思うんです」

　さあ、とまた肩を押して新名主は明をうながす。

　明は立ち上がった。見上げてくる二人の視線を浴あびながら、いまだに目を覚まさない男たちが転がる入り口を見据みすえた。

「――黒龍こくりゅう。追手おってが来たらできるだけ時間を稼かせげ」

「御意ぎょい」

　祈いのる様な眼めで明を見上げていた三奈みなは、出た言葉に思わず目を見開いた。

「神刀しんとうの継承けいしょうが終わるまで、絶対に人を近づけるな」

「御意ぎょい」

「――えっ？」

　走り出した明の背中に、三奈が叫ぶ。

「あ、明！明やめなさい！やめなさいっ！」

　走り去った背中を見送って、すぐに三奈は振り返り、何の遠慮えんりょもなく新名主の着物をつかむ。

「新名主様！止めてください明を！早く追って！」

　三奈の手を外し、顔をこわばらせた新名主は走り出す。三奈も髪を振り乱し後を追う。


　階段を駆け上がり部屋の外に出ると、そこは長い廊下の突き当りだった。

　神刀の気配を探ると廊下の向こう、別棟べつむねに続く渡り廊下の扉とびらの、そのまだ先に貴たかく清きよらな気配があった。

　座敷牢ざしきろうの位置は、神刀が安置されている神刀しんとうの間まから宗家屋敷をほぼ横断おうだんする形で一直線いっちょくせんの場所だった。

　頭に入れていた宗家屋敷の見取みとり図と現在位置を照てらし合わせ、明は神刀の間を目指して長い廊下を走り始める。


　宗家屋敷は、七つの棟むねが渡り廊下で結ばれた造りをしている。一つ一つの棟が屋敷と呼べるほどの広さを誇ほこり、渡り廊下もそれなりの長さがある。

　座敷牢のある棟を出た所で、複数の霊体が立ちふさがる。戦闘に特化とっかしたその姿は、屋敷警備けいびの式神しきがみだった。

 しかし明は森羅万象しんらばんしょうの炎を呼び出し応戦おうせんする。黒龍こくりゅうも長く伸びた爪で加勢かせいし、すぐに片を付ける。二人は、また走り始める。　

　内庭うちにわの小ぶりな池を右手に見ながら、屋根窓付きの渡り廊下を走っていく。次の棟の扉にたどり着いたが、頑丈がんじょうな扉はしっかりと施錠せじょうされていた。

「主あるじ、下がって」

　身を引いた明と入れ替わりに、黒龍が扉に突進とっしんする。社寺しゃじに設置せっちされるような分厚ぶあつい古風こふうな扉に、黒龍は強烈きょうれつな体当たいあたたりをくらわせる。
　
　金音かなおとと共に重厚じゅうこうな扉が吹き飛ぶ。扉が墜落ついらくした長い廊下ろうかに、複数ふくすうの人影があった。