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第二章 継承の儀
継承の儀(3)
しおりを挟むびくともしなかった金剛壁が、次第に薄くなり、揺らいでくる。まだ呪文の読み上げが終わらない三奈も、金剛壁の術が破られつつある事を感じ取る。
しかし、呪文を止めない。ここで止めたら、今までの読み上げが無になってしまうからだ。
その時明が、初めて声を上げた。先程からひとりだけ部屋の隅に立ったまま、まるで他人事のように様子を見守っていた若者に怒鳴る。
「ぼっと見てないで手伝え黒龍!」
目を見開いた三奈だったが、呪文の暗唱は止めない。怒鳴られたのは、三奈に小刀を突き付けていた若者だった。
明に怒鳴られた後、若者は一人の襟首をいきなりつかみ、相手を軽々と板壁に叩き付ける。頑丈な板壁は壊れる事はなかったが、叩き付けられた人間の方がぐったりと動かなくなった。
突然襲ってきた仲間に、二人の若者も小部屋の護衛たちも、向かう相手を切り替える。囲まれた若者は目が黄色に変わり、瞳が縦眼に変化する。
背後で始まる乱闘には目を向けず、三奈は解呪に向けて一心不乱に呪文暗唱を続ける。
六人が昏倒させられた頃、明の両腕にはまる腕輪は、砂の様に崩れていった。
うっすらと残る金剛壁を手刀で切り裂き、三奈を懐剣でつついていた若者、もとい明の従える霊獣である黒龍は主の元へはせ参じる。
そしてかたわらの三奈から冷たい言葉を浴びせられた。
「あなた黒龍だったのね。なら最初から助けてくれればよかったのにもったいぶったことしてどういうつもりなのよ!ついでに背中、痛かったんですけど!」
どうしてくれるの!と、かなり本気で怒っている三奈を、明の前に片膝を着いた黒龍は全くの無表情で見やる。
「気配を隠された主の元へたどり着くには、護衛に化けて連れていかれるしか方法が無かった」
「私に直接聞けば良くはない?背中、絶対血が出てるわよ!」
「そなた宗主殿の命とあらば、我になど絶対に口を割らぬであろう。違うか?」
「だからって本当に刺さなくてもいいじゃない!」
「護りが固すぎて、新名主殿もいくら探っても主の居場所を見つけられずにいたからな。
ところで折小野三奈よいい加減騒がしいぞ。ちょっとつついただけではないか。それなりの歳なのだから相応の淑やかさを身に付けよ」
「背中刺されておしとやかでいられる訳ないでしょう!……ちょっと待って、何でここで新名主様が出てくるの?」
話の途中に出てきた意外な人物の名に、三奈が眉根を寄せる。
「どういう事だ黒龍。第一、今までどこにいたんだ。説明しろ」
周囲を警戒しながら、明が人間に化けたままの黒龍に命ずる。
本来は霊体の獣である黒龍は、自在に姿を変える異能を持っている。縁を結ぶ主の言いつけに、黒龍は人間の姿のまま話し始める。
「魔物の襲撃の夜、力尽きた我を救い匿ってくれたのは新名主孝だ。新名主殿は主を救うべく秘密裏に居場所を探し、ここから逃がす手はずを整えてくれた」
「どうして?新名主様は輝明様に反意を持っている方。飛竜様を支持する有力分家の一人よ。おかしいわよ、筋が通らない」
「確証はないが、心当たりはある。新名主殿は……」
気配の無かった小部屋から物音がして、三奈が怯える様に振り向き、明が険しい目を向ける。
「それは私から説明しよう」
昏倒する男たちが転がる向こうから姿を見せたのは、話題のその人、新名主孝だった。
硬く警戒する明の顔をじっと見て、四〇を過ぎた新名主は、不意にふっと表情を崩す。それは、七家を担い新名主家を背負う中年男性ではなく、しがらみを感じない少年の笑顔だった。
「一見そっくりに見えるけど、実は全然違うな。性格は奥様似なのですね」
あの人に似なくて良かったと、懐かしむ口ぶりで新名主は一人こぼす。そんな新名主に、化けたままの黒龍は言う。
「いつも第一の主とつるんでしょうもない事ばかりしておられたな。悪餓鬼が立派になられて何よりだ」
「お前も以前は置物と間違えそうだったが、この十八年で言葉を覚えたようで何よりだ」
親しげに罵り合う二人のやり取りは、嘘偽りはなさそうだった。それでも警戒を崩さない明に新名主は微笑みかける。懐かしげなまなざしは、明を通して別の誰かを見ているようだった。
「屋敷森の西南方向の外れの私道に、桃生家の者が車を待たせています。今すぐここから抜け出してそこに向かってください。後は桃生の当主が力を貸してくれるそうです」
「新名主様……どうして……」
いぶかし気に尋ねる三奈に、新名主が渋い含み笑いを見せる。それはいつもの、程よく黒くけれど一線は越えない、喰えない新名主家の当主の顔だった。
「君も知っての通り、輝明様は昔は融通利かな過ぎてあちこちぶつかり気味だっただろう?そこを影で調整していたのは実は織哉様だったんだ。
女たらしだの百人斬りだの言われていたけど、それも実際は噂が独り歩きしてただけだよ。あの見かけで鼻っ柱が強かったから色々誤解されがちだったけど、まあ、おおむね良い人だったんだよ」
ふっと鼻を鳴らして、ぽつりとこぼす。笑みを浮かべているのに、絞り出すような声だった。
「少なくとも、家族ごと抹殺されてしまう様な悪人じゃない。輝明様は、御乙神一族は、恨まれて当然だと俺は思う」
輝明様はやり過ぎたんだよ、と、視線を落とす新名主を、三奈は悲しみをこらえた顔で見つめる。
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