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第二章 継承の儀
継承の儀(1)
しおりを挟む『椿の間』は、かぐわしい木材の香りに満ちていた。
二週間前の魔物の襲撃により壁や屋根に穴が空き、その修復作業が終わったばかりだからだ。
締め切られた椿の間は、昼間にもかかわらず夜のように暗い。
その暗闇を、ぼんやりと灯る行燈と、派手に弾ける青白い雷光が照らしていた。
一〇〇人からの人数が収容できる板の間に、今日は次期宗主・御乙神輝を主軸とした十五人の術者達が円陣を組み、未来を視る占術・先視を行っている。
術者達は霊能力を同調させ、ある一つの未来を視ていた。
それは、二週間前この宗家屋敷を襲った魔物が、次に襲来してくるその時期だった。
全員の霊能の視野にクリアに映る、宗家屋敷の上空に浮かぶ少し欠けた月。
それは今日から数えて、八日後の十三夜の月だった。
その月の下、闇夜から溶け出す様に黒い装束をまとう人物が姿を現す。艶やかな黒髪と秀麗な面立ちは、間違いなく魔物の首魁、御乙神織哉だった。
魔物の赤い目が、まるで先視をする術者達の視線を捕らえたように目線を上げる。未来を見透かす占術のビジョンの中で、その幻影と視線が合うなどあるはずがない。
驚いた数人が思わず術を放棄する。集団呪術は一気に崩れ、先視のビジョンは消え失せた。
雷光がほとばしる暗闇の中に、不気味な沈黙が流れる。
熟練の術師達が先視の異変に戸惑う中、最も年若い御乙神輝は落ち着いて神刀・天輪の力を収束させ、行燈の薄ぼんやりとした明かりの中、落ち着かぬ様子の術者達に向き合った。
「光を入れてくれ」
声を上げると、部屋の隅に控えていた若手の術者がリモコンを操作し縁側の雨戸を開ける。
雨戸が動く音と共に、ゆっくりと昼日中の陽光が差し込んでくる。
明るくなっていく室内に、術者達は我知らず安堵の表情を浮かべる。
集団呪術を行っていた術者達は、皆、熟練の術者である。そんな彼らが陽光に安堵するほど、先ほどの先視は不気味なものだった。
その不穏をあえて表情には出さず、御乙神輝は皆に言い渡す。
「皆が視た通り、魔物の次の襲撃は十三夜の月の夜、今日から八日後の夜だ。これは宗主が先視で視た時期と一致している。間違いないだろう」
集団呪術に加わっていた分家の代表である七家の面々を見やる、
「一族の総力を挙げて魔物を迎え撃つのが宗主の意向だ。既に命が下っているだろうが、七家の方で術師達の招集を行ってくれ。でも、決して無理強いはしないでほしい。これは父の言葉だ」
陽光に照らされながら、御乙神輝は落ち着いて十四人の術者達に言い渡す。
冬の冷たい風が緩く吹く中、一人の術者が声を上げた。
「輝様。滅亡の予言は、十三年前に防がれたのではなかったのですか?」
いきなり本題に斬り込んだ老齢の男性は、七家の一人、折小野家の当主だった。彼は三奈の父親である。
折小野の声に誘われる様に、別の声が上がる。
「神刀の使い手が魔物に堕ちるなど、正直、有り得ない事ではないですか。宗家としてはこの事をどう考えているのですか?」
「死んだはずの滅亡の子も生きていた。魔物の首魁と滅亡の子、あえて事実を言えば、これらは親子です。消えたはずの滅亡の脅威が、復活したどころか、増えている。我々の先視には一族の行く末までは映らない。一体、未来はどうなるのですか?」
不安と不満の滲み出る声に、輝は表情を変えず、しばし思案する。そして口を開いた。
「正直に言う。一族の行く末は、天輪をもって視ても定まっていないのだ。これはもう、今からの我々の行動に未来が掛かっているという事だ。
だから、現在考えうる最良の策を、全力を持って実行せねばならない。それが、一族が生き残る方法だろう」
静かに語る次期宗主の言葉を、七家と術師達は聞き入っている。静まった椿の間に再度、御乙神輝が言葉を発する。
「先視とて、万能ではないという事だ。未来を変える強い力が働けば、定まっていた未来すら変えてしまうのかもしれない。
今言える事は、十三年前から一族の未来は揺れ動いている。だからこそ、今、一族全体で力を合わせて欲しい未来を掴みにいかねばならないのだ」
熱を込めて語る次期宗主の言葉を聞きながら、七家の一人、新名主孝は、口の中でごく小さく呟く。
「……ならば、織哉様は、何のために……」
その時、術者の中から声が上がった。太く強い声は、分家の総代である七家頭を務める飛竜健信のものだった。
「輝様、その通りです。欲しいものは自分で掴みにいかねばならない。これは普通に世の倣いだ。先視ですら視えぬ未来なら、逆に力の尽くし甲斐があるというもの。今こそ御乙神一族の力を見せつけてやりましょう」
背筋を伸ばし真正面から次期宗主を見据え、飛竜は堂々とした声で述べる。
次期宗主と七家頭の意見の一致を見て、術者達は呪術の儀を解散とし、その場から立ち上がる。
これからそれぞれ割り当てられた離れや部屋に入り、呪術行使後の禊を行うことになっていた。
皆が去った後、一人まだ座していた新名主の肩を誰かが叩く。
手の主は飛竜だった。顔を上げた新名主の脇に片膝を着き、顔を寄せる。
「急ぎの相談があるんだが」
「何でしょうか。襲撃まであと八日しかないから、どの準備もたしかに急がねばなりませんね」
ごく真面目に答える新名主に、低く、ひそめた声で飛竜は返す。
「滅亡の子を消す。手伝ってくれ」
思わず目を剥いた新名主の肩を、飛竜は強く力を込めて握る。
「御乙神を恨む魔物と滅亡の子、こんな最悪な親子を会わせててしまえばその先は分かり切っている。我々が生き残る未来を引き寄せるために、何としても阻止せねばならない」
手を置かれた肩は、着物に皺が寄るほどわし掴みにされている。
冷徹な光の宿る飛竜の目を思案顔で見返し、そして新名主は口を開いた。
「……分かりました。時間がありません、急ぎましょう」
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