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第一章 動き出した予言
動き出した予言(6)
しおりを挟む千早の離れから出て池の周遊道を歩く輝に、一羽の美しい鳥が飛んでくる。
濃い青色で全長が五〇センチはある、大型のオウムだった。
足を止めた輝に、美しい瑠璃色のオウムは羽を広げ話しかけてくる。
『こんにちは、輝様。何かうかない顔ね』
オウムは修験道・桃生家の当主、桃生沙綾の式神だった。二週間前の事件の後、毎日飛んでくる瑠璃色のオウムを、輝はすっかり見慣れてしまった。
「浮きたつ理由は何も無いからね。ついでに言うと、あなたの要望にも応える気はない。いい加減そろそろ諦めてくれないか?俺も毎日あなたと問答するほどヒマじゃない」
『お忙しい所本当に悪いわね。だからこそ、私の提案はあなたの多忙を緩和させられると思うんだけど』
「どこがだ。あなたの提案は単なる個人的な要望だろう。
悪い事は言わない、あの女たらしの事は忘れた方がいい。あんな男と関わるより、あなたにふさわしい相手と見合いでもした方が数万倍マシだぞ。
第一あんなのを桃生家に引き取ったらそっちの家が大騒ぎだろう。御乙神に敵対心アリと誤解される可能性もあるぞ」
腕を組んで見上げてくる輝に、瑠璃色のオウムは滞空しながらゆっくりと羽ばたく。
『あなたまだ若いのにうちの側近みたいなこと言うのね。ホントに十八歳なの?老成し過ぎじゃない?』
「いろいろ事情があってね。急いで大人にならなきゃいけなかったんだよ。あなたは年なりに恋愛を満喫しているようで何よりだ。でも、相手は選んだ方がいい。アレは性格が最悪だ」
『ご高説痛み入りますわ、次期宗主様。どうしても明の身柄預かりには応じてもらえないのね。じゃあせめて面談くらいは許してもらえない?』
「できないね。あまりアイツに関わると、本当に桃生家と御乙神一族が敵対しかねないぞ。どうしてそこまでアイツにこだわるんだ。顔の良い男なら探せばいくらでもいるだろう」
『だってあなた、本気で明を殺すつもりでしょ。輝明様が明を生かす方針でなければ、今すぐにでも』
掛け合い漫才が本気の言葉に切り替わり、雑談のノリで応じていた輝が鋭い目つきでオウムを見やる。
瑠璃色の羽を広げたオウムから、睨み付けてくる桃生沙綾の視線を感じる。歴史ある霊能術家の当主を張るだけあって、御乙神輝に劣らぬ迫力ある視線だった。
『年なりに恋愛を満喫しているのはどちらの方かしらね。家の事情と恋心の板挟みになったあげく許嫁を巡って三角関係なんて、正に青春真っ盛りだと思うんだけど』
「……あなたも年齢なりに自分の立ち位置をわきまえた方がいい。俺達の様な稼業の者は、力関係を読み間違えると、命を落としかねないぞ」
睨み合う瑠璃色のオウムと御乙神輝の間に、凍る様な空気が渡る。
二週間前の事件の日、招待客として招かれていた桃生沙綾は、魔物による宗家屋敷の襲撃、そして魔物の首魁の姿を目撃している。
あの日から桃生沙綾は、御乙神家に拘束された明の身柄を預かりたいと再三申し出ている。
このしつこい行動の理由が、明への恋愛感情であるのは明白だった。
場の空気を断ち切ったのは、輝の方だった。きびすを返しその場から立ち去りながら、滞空するオウムに声をかける。
「同じ跡取り同士、忠告する。アイツの事は忘れた方がいい。
それより自分が背負う一族の皆の事を考えてやれ。あなたの行動ひとつで一族の命運が左右されることもある。自分の立場をちゃんと自覚しろ」
もう相手はしないとばかりに迷いなく歩いて行く輝の背中を、瑠璃色のオウムは滞空したまま見送った。
しばらく見送って、そして力強く羽ばたき、冬空へと消えていった。
御乙神家と桃生家、二つの霊能術家の跡取り同士のやり取りを、木陰から見ていた者がいた。
みすぼらしい姿をした親子だった。身にまとう着物は正にぼろ布そのもので、全身に汚れがこびりついた様子が、彼らの凄まじいまでの貧しさを伝えてくる。
悲惨なほどの貧しさに負けまいとするように、絆深い様子でしっかりと手をつなぐ彼らは、古い時代の農民のようだった。
輝を見つめる父親は、身なりはひどいが聡明な目をしていた。いかにも人の上に立つ、そんな風格のある男だった。
父親の大きな手をしっかりと握る息子は、年の頃は一〇歳くらいだろうか。すぐに親子と分かるほど、手をつなぐ父と同じ目をしていた。
不意に二人はみるみる痩せていく。生身の人間が干からび枯れていくその様子は、あまりに不気味で直視できるものではなかった。
そして二人は、あっという間に正にミイラとなり果てる。その姿は、絶対に生きている人間ではなかった。
子供は、肌色の骨となった指を父のそれに絡めなおし、言う。
『とうちゃん、いこう』
眼窩が黒い空洞となった父親が、ゆっくりとうなづき、息子の骨皮となった手をしっかりと握り直す。
『もうすぐ、うらみをはらせるよ』
子供のミイラが、幼い口調で底冷えのする声音で言う。
ぼろ布をまとった二体のミイラは、しっかりと手をつなぎ合い、そして陽炎のように消えた。
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