7 / 47
第一章 動き出した予言
動き出した予言(5)
しおりを挟む「彼女を離せ。千早ちゃんの事は、俺が責任持って預かると言ったはずだ」
父親の背中越しに見えた輝は、全力で走ってきてくれたのだろう、髪が乱れていた。
それでも千早の腕を離さない飛竜に、御乙神輝は更に凄んだ。
「彼女は俺の許嫁だ。父親と言えど、乱暴は許さない」
周囲で、軽い弾けるような音がする。静電気が起こった様な、そんな音だった。
輝が縁を結ぶ神刀・天輪の雷の力が漏れ出したのを感じ、千早は今度は別の意味で焦る。
神刀の使い手と一般の術師では、力量がまるで違う。輝が本気で力を振るえば父はただでは済まない。
掴まれていた千早の腕が離された。千早の方は一切見ず、うっすらと雷光をまとう輝を鋭い目で見やり、飛竜は低く言う。
「ここまでするのなら、必ず千早を嫁にもらってくださるのでしょうな」
凄味のこもった台詞に、こちらも退かない眼差しで受けた輝がうなづく。
「もちろんだ」
次期宗主と退かぬにらみ合いをしばらく続け、それから背後の千早に向けて言う。
「……あの馬の骨の両親は、そろって礼儀知らずの似た者同士だった。
あんな連中の合いの子など、本当にろくな奴じゃない。ここで輝殿とよく話をして頭を冷やせ。あの馬の骨と関われば、絶対にお前が不幸になる。これは絶対だ」
背中から語り、そして一度娘を振り返り、飛竜は輝の脇をすり抜けて階段を下りて行った。少し離れて見守っていた家政婦が、慌てて飛竜の後を追う。
「千早ちゃん、大丈夫?」
近寄ってきた輝が、掴まれていた左腕を取る。袖から見える手首は以前よりさらに骨ばってしまい、そこにうっ血したような赤い痕がくっきりと付いていた。
細身で優美な外見の輝は、しかし神刀の使い手だけあって千早の腕を取ったその手は硬くごつごつとしていて、いかにも戦う男の手だった。
その武骨な手が細心の注意を払って、この上なく優しく扱ってくれているのが分かる。
先程までの飛竜と睨み合った厳しさは消え、代わりに千早への気遣いに眉根を寄せ、輝は千早の顔をのぞき込む。
「怖い思いをさせてごめん。飛竜殿には、後からもう一度話をしておくから、安心して」
本当にごめん―――輝が悪い訳でもないのに、そう言ってすまなそうに謝って来る輝に、千早はうつむいてしまう。
言葉が出てこなかった。ただ「ありがとう」と笑顔で礼を言えばいいのに、その言葉が、微笑みが出てこない。
自分と目を合わさない千早に、輝の顔に悲しそうな表情が浮かぶ。うっ血した手首にもう一方の手をそっと重ね、まるで真綿でくるむ様に柔らかく包む。
「……もう、傷つけるような事は絶対しないから。だから、安心してここに居て。今はゆっくり休んで、体調の回復に努めた方がいい。何も心配せず、難しい事は何も考えず、とにかくリラックスして」
千早の痩せた手首は、ひんやりと冷えているようだった。まだとても本調子に見えない様子の千早に、輝は精一杯優しく声をかける。
それでも言葉が出ない千早に、輝は手首を包んでいた手でうっすら優しく千早の髪を撫で、そしてもう一方の手もそっと放す。
ようやく顔を上げた千早は、泣きそうな顔をしていた。ここ数日、日に日に笑顔の無くなっていく千早に、それでも輝は微笑みかける。
「俺が、君を守るから。絶対に、守るから。だから安心してここにいて。何も心配しなくていいから」
苦しげな表情の千早を見て、輝は寂しそうに微笑み、階段を下りて行った。
離れの中は静まり返った。千早はひとり部屋に戻り、ソファに膝を抱えて座る。
膝の上に顔を埋める。衣食住どころか父親との確執にまで助力をくれる輝に、千早は応えられないでいる。
父が言う通りだった。自分は輝の真摯な恋心を利用し踏みにじっている。
それが分かっていて、それでもなお自分を案じて守ろうとしてくれる輝に、もうどんな顔を向けたらいいのか千早は分からない。笑顔すら卑怯な気がしているのだ。
(どうしたらいいの……)
輝には感謝しているが、本音は触れられるのが嫌だった。髪に触れられるのも避けたくなる。
明に触れられるのはひとつも嫌じゃなかったのに、輝が触れてくるのはどうしても嫌だった。
(明……どこにいるの)
今までの宗主の方針から、明は必ず宗家屋敷のどこかに居るはずだが、千早は明の居場所を特定できなかった。
今の宗家屋敷には、次期宗主の御乙神輝が創成した結界が張り巡らされている。
今までの魔を弾く性質だけでなく、侵入者や屋敷内に対する監視の力も強化されている。
今、屋敷内で不用意に呪術を行使すると、あっという間に輝に気付かれる。千早の力量を持ってしても、秘密裏に屋敷内を探索するのは難しかった。
明は無事なのだろうか、ひどい事をされていないだろうか。心配ばかりが脳裏に浮かび、そしてまた自己嫌悪に陥る。
過去、落ち込んだ時、気分が塞ぐ時、明と話すと気持ちが整理された。
明の横であたたかいお茶を飲んでいると、ただそれだけで不思議と心が軽くなった。
明の事を思い、涙が浮かぶ。会いたい、と、心底思っていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
闇に堕つとも君を愛す
咲屋安希
キャラ文芸
『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。
正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。
千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。
けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。
そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。
そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。
ハレマ・ハレオは、ハーレまない!~億り人になった俺に美少女達が寄ってくる?だが俺は絶対にハーレムなんて作らない~
長月 鳥
キャラ文芸
W高校1年生の晴間晴雄(ハレマハレオ)は、宝くじの当選で億り人となった。
だが、彼は喜ばない。
それは「日本にも一夫多妻制があればいいのになぁ」が口癖だった父親の存在が起因する。
株で儲け、一代で財を成した父親の晴間舘雄(ハレマダテオ)は、金と女に溺れた。特に女性関係は酷く、あらゆる国と地域に100名以上の愛人が居たと見られる。
以前は、ごく平凡で慎ましく幸せな3人家族だった……だが、大金を手にした父親は、都心に豪邸を構えると、金遣いが荒くなり態度も大きく変わり、妻のカエデに手を上げるようになった。いつしか住み家は、人目も憚らず愛人を何人も連れ込むハーレムと化し酒池肉林が繰り返された。やがて妻を追い出し、親権を手にしておきながら、一人息子のハレオまでも安アパートへと追いやった。
ハレオは、憎しみを抱きつつも父親からの家賃や生活面での援助を受け続けた。義務教育が終わるその日まで。
そして、高校入学のその日、父親は他界した。
死因は【腹上死】。
死因だけでも親族を騒然とさせたが、それだけでは無かった。
借金こそ無かったものの、父親ダテオの資産は0、一文無し。
愛人達に、その全てを注ぎ込み、果てたのだ。
それを聞いたハレオは誓う。
「金は人をダメにする、女は男をダメにする」
「金も女も信用しない、父親みたいになってたまるか」
「俺は絶対にハーレムなんて作らない、俺は絶対ハーレまない!!」
最後の誓いの意味は分からないが……。
この日より、ハレオと金、そして女達との戦いが始まった。
そんな思いとは裏腹に、ハレオの周りには、幼馴染やクラスの人気者、アイドルや複数の妹達が現れる。
果たして彼女たちの目的は、ハレオの当選金か、はたまた真実の愛か。
お金と女、数多の煩悩に翻弄されるハレマハレオの高校生活が、今、始まる。
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
月に恋するお狐様 ー大正怪異譚ー
月城雪華
キャラ文芸
あれは明治後期、雅輝が八歳の頃の事だった。家族と共に会合へ出掛けた数日後の夜、白狐を見たのは。
「華蓮」と名乗った白狐は、悪意を持つあやかしから助けてくれた。
その容姿も、一つ一つの仕草も、言葉では表せないほど美しかった。
雅輝はあやかしに好かれやすい体質を持っており、襲って来ないモノは初めてだった。
それ以上に美しい姿に目を離せず、そんなあやかしは後にも先にも出会わない──そう幼心に思った。
『わたしをお嫁さんにしてね』
その場の空気に流されるように頷き、華蓮は淡く微笑むと雅輝の前から姿を消した。
それから時は経ち、十五年後。
雅輝は中尉となり、日々職務に勤しんでいた。
そもそも軍人になったのは、五年前あやかしに攫われた妹──楓を探し出す為だった。
有益な情報を右腕や頼れる部下と共に、時には単独で探していたある日。
雅輝の周囲で次々に事件が起き──
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』
あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾!
もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります!
ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。
稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。
もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。
今作の主人公は「夏子」?
淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。
ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる!
古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。
もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦!
アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください!
では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる