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第二章 君を恋う
君を恋う(11)
しおりを挟む千早はいたたまれなくて足元を見つめる。慣れているとはいえ、毎回顔を合わせるたびにこの対応は、さすがにきつい。
三人の姉達は、何故か全く霊能力を持って生まれなかった。
母の照子は御乙神一族の分家の出で優れた術者であるにもかかわらず、霊能力を持って生まれたのは四女の千早だけだった。
他の三人が霊能力を持たない代わりに、末娘に全て力が集まったのではと噂されるほど、千早は霊能力が強かった。
父・健信は千早の教育にかかりきりとなり、三人の姉たちには見向きもしなかった。
公式の場に連れて行くのはいつも千早だけ。姉たちはその存在は無いものとして扱われた。
千早が幼かった頃、何とか父親の機嫌を取ろうとする姉たちに父が『お前たちは飛竜家の恥だ』と言い捨てた事は今でも忘れられない。
そんな夫の態度に母は激怒したのだろう、姉達を連れひんぱんに旅行や別邸に出かけ、家を空けるようになった。そして千早には全く関わろうとしない。
それどころか、千早は憎まれていた。母親にも、姉達にも。
特に母親の憎しみは深く、対面するたびに感じる刺さる様な敵意は、毎回千早の心を傷つけ、疲弊させる。
千早は重い足取りで一階にある自室に入り、着物を脱ぎ、キッチンへと向かう。遅くなったが、夕食を取るためだった。
「ちゃんと食べろよ」と、会うたびに真面目に言ってくる明の顔を思い出し、千早は思わずひとり笑んでしまう。
作り置かれた夕食は、白粥と肉の入っていない野菜の煮物だった。
霊能力を高めるため、肉食は絶対禁止で魚もごくたまにしか口にしない。脂肪分の多い洋菓子も禁止されている。
宗家でもここまではしないというほど、千早には子供の頃から厳しい食事制限が課せられていた。
ある時明と、普段の食事の話をした。その頃から明は食事を出してくれるようになった。
色々な食材をバランスよく食べないと体に悪い事を、わざわざ栄養学の本を見せながら説明してくれた。漫画や小説を通じて、一般の世界や普通の家庭の事を教えてくれた。
明は千早に、たくさんのことを教えてくれた恩人だった。
この豪華な家も、千早の高価な着物も、家族の豪勢な生活も、支えているのは千早の仕事の報酬であるのも指摘された。
「お前良いように使われてないか」と、何度も言われた。明に指摘され、改めて周囲を見てよく考えて、自分の置かれている立場を客観視できた。
でもそれでも、怒りは起きなかった。生まれつきで自分ではどうしようもない事で父に見捨てられた姉達に、せめて金銭で贖いたかった。
家庭に亀裂を入れたその元凶である自分を、金銭を賄う事で許してほしかった。
母たちが自宅に寄り付かないのは、千早しか見ない父への無言の抗議だ。
装飾や美容に金銭をつぎ込むのも、父に構われず寂しいからだ。
それが自分の仕事の報酬で賄われるのなら、千早は自分が少しでも許されるような気がしていた。
広いダイニングテーブルにひとり着き、味気ない食事を口に押し込む。
目の前に広がるのは、磨き上げられた白いシステムキッチン。明の住む洋館のキッチンの三倍はあるだろう立派なキッチンだ。
けれど千早は、あの古くこじんまりとしたキッチンが好きだった。
たまに明は料理も教えてくれる。二人であれこれ話をしながら料理を作るのは、とても楽しかった。
今日の昼の出来事が夢のようだった。
明るい空の下、にぎやかな人出の中で二人並んでソフトクリームを食べた。
本当は禁止されている食材だけど、初めて口に出来る事が嬉しくて、明が買ってくれたことが嬉しくて、決まり事など頭から吹き飛んでしまった。
明の優しい笑顔と、まぜっかえしてくる低い声。
冷たくて甘くて、たまらなくおいしかったソフトクリームの味と共に思い出される。何物にも代えがたい、幸せな時間だった。
テーブルの上に、涙の粒が落ちる。箸を置いて、両手で顔を覆う。
(分かってる。分かってるの……)
明の事が好きだと。友達ではない、男性として好きだと。ずっと前から気付いていた。
でも認めてしまえば、もう会いに行けなくなる。
自分はまかりなりにも婚約者がいる身だ。何の未来も描けない気持ちなど、認められなかった。
嗚咽で肩を揺らしながら、手の平に涙をこぼす。
止まらない涙の理由は、自分の気持ちだけではない。
(二人は、付き合ってる……)
桃生の女当主の冷ややかな目に気が付いていた。二人の距離が妙に近く、空気感が濃密だったことに気が付いていた。
二人が男女の関係なのは間違いないだろう。こんな事『友達』が指摘することでもないし、口を出す事でもない。
それでも、気付きたくなかった。何も知らずにいたかった。ただ明に優しくされて喜んでいる、無邪気な女の子でいたかった。
(いつまでも子供のまま、何も気づかなければよかった。自分がどんどん勝手に、大人になっていく……)
知らないとは、実はとても幸せな事なのだと、千早は涙をぬぐいながら思っていた。
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