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第一章 囚われの子供たち
囚われの子供たち(4)
しおりを挟む翌朝目を覚ますと、和洋折衷にしつらえられた寝室は、障子を通して明るく照らされていた。
日差しの明るさから、普段より寝過ごしてしまったのが分かったけれど、体が重く、起き上がるのが辛かった。
ベッドに横たわったまま、千早は白く照らされた障子をぼんやりと眺める。
霊能の仕事の後は、穢れを落とす『物忌み』のため一人部屋にこもるのが古くからの習わしだ。
実は物忌みの日が待ち遠しくて、この日を励みに仕事をこなしている。これは誰にも言えない、千早の秘密だった。
この後の『約束』を思い、千早はだるい体に気合を入れて起き上がる。
ベッドから降り障子を開けると、縁側を挟んだ窓の外は、湖のような池と巨石と築山で造り込まれた、見事な庭園が広がっていた。
ここは一〇〇〇年もの歴史を持つ霊能術家・御乙神一族の宗家、御乙神家の屋敷だ。その敷地は広大で、屋敷というより古代の城の様な規模である。
千早専用のこの離れを筆頭に、敷地内には一〇件の離れが点在している。
どれも豪華にしつらえられた建物で、その中で最も景観の良いこの離れを千早は与えられていた。
それは千早が次期宗主の許嫁であるが故の特別待遇だ。
たとえ有力な分家であっても、宗家屋敷内に居点を構えるなどまずあり得ない。当時、千早の父が宗主にかなり強く要求したらしい。
離れを与えられてから五年が経ち、当時は分からなかった事も今では色々理解できる様になっていた。
千早の生まれた飛竜家は、一族の中で最も力のある分家だ。
飛竜家当主である父は分家の総代である七家頭を務め、体調不良のため半ば隠居状態である宗主に代わり、実質御乙神一族を取り仕切っている。
父の最大の願望は、自らが宗主になることだと千早は感じていた。
けれどいかに能力が高く一族内から支持を得ても、古くからの習わしを一代で変えることはできない。
一族の長である宗主は、御乙神一族の象徴である、森羅万象に繋がると言い伝えられる神刀の使い手であるのが絶対の条件だった。
この不可思議な日本刀は意志を持ち、自ら使い手を選ぶ。
神刀の使い手にはほぼ宗家の男子しか選ばれないが、過去には分家の男子が選ばれた事例があるそうで、そのため一族の男子は全員、七歳になると神刀との対面、謁見の儀式を行う。
千早の父、飛竜健信は神刀の使い手ではない。
霊能力や身体能力など様々な才能に恵まれ、当時は久々の分家からの使い手かと期待されたそうだが、残念ながら叶わなかったそうだ。
そのせいなのか、父は一族内で権力を持つ事に執着しているように千早は感じる。
当時まだ一〇歳の自分と十一歳の次期当主の婚約を推し進め、その事実を誇示するように宗家屋敷内に拠点を構えさせ、理由を付けては千早の宗家屋敷への滞在を長引かせる。
父は内心、千早に今すぐにでも次期宗主との子を産んでほしいと考えていることも分かっている。
生まれた孫の後見として、より強く権力を持ちたいのだろう。
物忌みも、飛竜の実家でもできることなのに、護りの強い宗家屋敷が最適だと主張し、わざわざこの離れで行わせる。
次期宗主の輝は、早くからそんな内情を知っていたようだ。
幼い頃は仲良く遊んでいたが、ちょうど婚約が決まった頃から輝は千早に冷たくなった。
今では祭礼の時以外、姿を見ることすらない。徹底的に避けられている。
ごく内々の噂では、輝には恋人がいて、そして頻繁に『入れ替え』があるらしい。
輝は体調不良の宗主に代わり早くから退魔の現場に出ていて腕が立つし、容姿も甘く整っていて、実力容姿共に備えた正に夢の王子様だ。
例え許嫁がいたとしても、我こそはとアプローチする女性はたくさんいるだろう。
そんな状況で、千早とは、子供ができるどころか言葉を交わす事すらない。
けれどそれを、千早は悲しいとは思わない。むしろ輝が早く婚約を破談にしてくれないかと考えている。
顔を見るのも嫌な相手と生涯を共にするなんて、苦行以外の何物でもないだろう。
千早も輝の事は嫌いではないが、恋人になりたいかと考えればそれは違った。
輝に対して、どうしてもそんな気持ちになれないのだ。
要はお互い、恋人にする相手ではないのだろう。
元々家の都合で交わされた婚約だ。自分達の意志で行われた事ではない。
輝には早く婚約を解消して、本当に好きな女性と幸せになってもらいたい。
宗家からの破談申し出となれば、強引な父も承諾せざるを得ないだろう。
子供の頃仲よく遊んだ相手だからこそ、千早は輝の幸せを心から願っていた。
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