とらわれの華は恋にひらく

咲屋安希

文字の大きさ
上 下
7 / 44
第一章 囚われの子供たち

囚われの子供たち(4)

しおりを挟む
 


 翌朝よくあさ目を覚ますと、和洋折衷わようせっちゅうにしつらえられた寝室は、障子しょうじを通して明るく照らされていた。


 日差しの明るさから、普段より寝過ごしてしまったのが分かったけれど、体が重く、起き上がるのが辛かった。

 ベッドに横たわったまま、千早は白く照らされた障子をぼんやりと眺める。

 霊能の仕事の後は、けがれを落とす『物忌ものいみ』のため一人部屋にこもるのが古くからのならわしだ。

 実は物忌みの日が待ち遠しくて、この日をはげみに仕事をこなしている。これは誰にも言えない、千早の秘密だった。

 この後の『約束』を思い、千早はだるい体に気合を入れて起き上がる。

 ベッドから降り障子しょうじを開けると、縁側えんがわはさんだ窓の外は、湖のような池と巨石きょせき築山つきやまで造り込まれた、見事な庭園ていえんが広がっていた。


 ここは一〇〇〇年もの歴史を持つ霊能術家れいのうじゅか御乙神みこがみ一族の宗家そうけ、御乙神家の屋敷だ。その敷地しきちは広大で、屋敷というより古代こだいの城の様な規模である。

 千早専用のこのはなれを筆頭ひっとうに、敷地内には一〇件の離れが点在てんざいしている。

 どれも豪華にしつらえられた建物で、その中で最も景観けいかんの良いこの離れを千早は与えられていた。
 
 それは千早が次期じき宗主の許嫁いいなずけであるがゆえの特別待遇たいぐうだ。

 たとえ有力な分家ぶんけであっても、宗家屋敷内に居点きょてんを構えるなどまずあり得ない。当時、千早の父が宗主にかなり強く要求したらしい。


 離れを与えられてから五年がち、当時は分からなかった事も今では色々理解できる様になっていた。

 千早の生まれた飛竜ひりゅう家は、一族の中で最も力のある分家だ。

 飛竜家当主である父は分家の総代そうだいである七家頭しちけがしらつとめ、体調不良のため半ば隠居いんきょ状態である宗主に代わり、実質じっしつ御乙神一族を取り仕切っている。

 父の最大の願望は、自らが宗主になることだと千早は感じていた。

 けれどいかに能力が高く一族内から支持を得ても、古くからのならわしを一代で変えることはできない。

 一族のおさである宗主は、御乙神一族の象徴しょうちょうである、森羅万象しんらばんしょうに繋がると言い伝えられる神刀しんとう使つかであるのが絶対の条件だった。


 この不可思議ふかしぎ日本刀にほんとうは意志を持ち、みずから使い手を選ぶ。

 神刀しんとうの使い手にはほぼ宗家の男子だんししか選ばれないが、過去には分家の男子が選ばれた事例じれいがあるそうで、そのため一族の男子は全員、七歳になると神刀との対面、謁見えっけん儀式ぎしきを行う。

 千早の父、飛竜健信ひりゅうけんしんは神刀の使い手ではない。

 霊能力や身体能力など様々な才能に恵まれ、当時は久々ひさびさの分家からの使い手かと期待されたそうだが、残念ながらかなわなかったそうだ。

 そのせいなのか、父は一族内で権力を持つ事に執着しゅうちゃくしているように千早は感じる。

 当時まだ一〇歳の自分と十一歳の次期当主の婚約をし進め、その事実を誇示こじするように宗家屋敷内に拠点きょてんを構えさせ、理由を付けては千早の宗家屋敷への滞在たいざいを長引かせる。


 父は内心ないしん、千早に今すぐにでも次期宗主との子を産んでほしいと考えていることも分かっている。

 生まれた孫の後見こうけんとして、より強く権力を持ちたいのだろう。
 
 物忌ものいみも、飛竜の実家でもできることなのに、まもりの強い宗家屋敷が最適だと主張し、わざわざこの離れで行わせる。


 次期宗主のひかるは、早くからそんな内情を知っていたようだ。

 幼い頃は仲良く遊んでいたが、ちょうど婚約が決まった頃から輝は千早に冷たくなった。

 今では祭礼の時以外、姿を見ることすらない。徹底的に避けられている。

 
 ごく内々ないないうわさでは、輝には恋人がいて、そして頻繁ひんぱんに『え』があるらしい。

 輝は体調不良の宗主に代わり早くから退魔たいまの現場に出ていて腕が立つし、容姿ようしも甘く整っていて、実力容姿共に備えた正に夢の王子様だ。

 例え許嫁がいたとしても、我こそはとアプローチする女性はたくさんいるだろう。

 そんな状況で、千早とは、子供ができるどころか言葉を交わす事すらない。

 けれどそれを、千早は悲しいとは思わない。むしろ輝が早く婚約を破談にしてくれないかと考えている。


 顔を見るのも嫌な相手と生涯を共にするなんて、苦行くぎょう以外の何物なにものでもないだろう。

 千早も輝の事は嫌いではないが、恋人になりたいかと考えればそれは違った。

 輝に対して、どうしてもそんな気持ちになれないのだ。

 要はおたがい、恋人にする相手ではないのだろう。

 元々家の都合つごうで交わされた婚約だ。自分達の意志で行われた事ではない。


 輝には早く婚約を解消して、本当に好きな女性と幸せになってもらいたい。

 宗家からの破談申し出となれば、強引な父も承諾しょうだくせざるを得ないだろう。


 子供の頃仲よく遊んだ相手だからこそ、千早は輝の幸せを心から願っていた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日

葉南子
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞 奨励賞をいただきました! 応援ありがとうございました! ★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★ 妖が災厄をもたらしていた時代。 滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。 巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。 その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。 黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。 さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。 その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。 そして、その見合いの日。 義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。 しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。 そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。   ※他サイトでも掲載しております

あやかし狐の京都裏町案内人

狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。  正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。  千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。  けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。  そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。  そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...