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第一章 囚われの子供たち
囚われの子供たち(3)
しおりを挟む三方同時の攻撃に荒く舌打ちをした飛竜は、二人の術師に素早く何事かを言い放つ。
日本刀を持つ三人が千早を含め南社長らを囲む様に陣取り、気合と共に床に日本刀を突き立てる。
霊能力の無い者にも一瞬の火花として見えたそれは、日本刀に溜め込まれた魔を祓う力を三人同時に解放し、強力な破魔の結界を形成したのだ。
全力で魔物の攻撃を食い止めながら、飛竜は怒鳴った。
「千早、一分以内に片を付けろ!」
父親の命に千早はガラス片とのにらみ合いを止める。
途端、飛んできた降るほどのガラス片は三人の結界にぶつかり砕け、微細なガラスくずとなって床に降り注いだ。
千早の術は、発動まで多少の時間がかかる。
その時間を稼ぐために飛竜たちは己が武器の力を全てつぎ込んだのだ。
失敗は許されなかった。
まだそこはかとなく幼さの残る面立ちに硬質の表情を張り付け、千早は強く両手を打った。
結界の外は、地獄絵図だった。
社長室は既に魔物の支配空間となっていて、霊能力の無い者にもその様子が視えてしまっていた。
全方向に無数の手が張り付き、憎々しげに爪を立て、殴り付け、害意に満ちた動きで張り巡らされた結界を破ろうと憑りついている。
そして黒い電気コードも激しく打ち付け、突撃し、中の者を襲おうと暴れていた。
年配の男性秘書はとうの昔に失神していた。
ボディガード達は状況の理解がどうしてもできず、だらだらと顔を流れるほどの冷たい汗をかいていた。
千早の気配が変わったのは、術者達は気が付いた。
空間を超え、より高い次元へと霊能力の『道』を繋いでいる。
その様子を見慣れた術者達も思わず目を止めるほど、太く強い『道』が千早から生まれていた。
一般レベルの術者は、細々とした糸の様な『道』を神格の住まう高い次元へと繋ぎ、わずかながら魔に対抗する力を授かるのが精一杯だ。
だから一般の術者は、日本刀などの呪具に祓いの力を溜め込み少しずつ開放して使うが、千早のやり方は違った。
千早の意識が、繋がった『道』の先に探していた相手を見つける。
言葉ではない、霊能の力で呼びかける。
繋がった先は、かつて大霊能者に召喚されこの地に守りを授けた、大地の神格、世間で言う所の、神、だった。
『かつてあなたが守りを授けた地が、魔物に穢されています。今一度、この地を清めてください――』
千早は、祓いの力を溜め込むことはしない。
破格の太く強い『道』が形成できるが故に、神格の力を直接この世界に呼び寄せるのだ。
ビルが激しく揺れた。
地震とは違い何かの一撃を喰らったような一瞬の衝撃で、ビルはわずかに傾く。
いつの間にか激しいポルターガイストは収まっていた。
ホラー映画さながらの無数の手は消え、電気コードも力なく天井から垂れていた。
社長室の床も、球体が転がりだすほどに傾いている。
そんな床にへたり込む南社長らを一瞥してから、飛竜は合掌を解き目を開けた娘に声をかける。
「地神に道を繋いだのか。見事だ。
ビルの傾き具合からして、呪詛の礎は地下の基礎部分にあったようだな」
目を開けた千早は、重苦しく浮かない表情だった。
この部屋に来て初めて見せる、少女らしい様子だった。
「呪詛の礎は、このビルを支える基礎のひとつの、底の部分にありました。……コンクリートの中に……本人の、白骨死体が」
言いにくそうに述べる千早に、思わずといった様子で南社長が視線を向ける。
恐怖と動揺の中にも、暴力的な威嚇が入ったぎらついた眼差しだった。
南社長の威圧的な視線を受けて、千早の顔は能面の様に硬い表情となる。
怯む様子も動揺も見せない、彼女の年齢よりずっと大人の、感情を凍りつかせた、仮面の様な顔だった。
しかし間髪入れず術師達は一斉に一方の壁へと振り返る。
普段の気概を取り戻しかけた南社長は、壁一面に現れた人間の顔を見て絶叫した。
「うわぁぁぁっ……!」
壁に立体的に造り込まれた芸術作品の様に、巨大な顔は凹凸を持って出現していた。
目を覚ました男性秘書が、腰を抜かしたままあえぐように言う。
「く、桑田っ……!」
恨み恨んだヘドロのような感情が、魔物特有の赤い目を腐ったように濁らせていた。
灰色と青白さを混ぜた巨大な顔は、しかし端の方から崩れ始めている。
呪詛の礎を破壊され、体を保てなくなっているのだ。
崩れながらも魔物は南社長に襲い掛かる。
巨大な顔は壁から抜け出て、大きく開けた口で恨む相手を噛みちぎろうとする。
しかし呪詛の礎を破壊されたからだろう、動きに切れがない。
けれどパニックに陥った一般人を殺すには十分だった。
「千早!何をしている!」
父親の激が飛んで、一拍遅れて千早は合掌し、森羅万象の炎の力、清らな炎を呼び出す。
巨大な顔は苦しみながら、透明な赤い炎に燃やされていく。
拠り所である礎を破壊された魔物は弱っていて、既に千早の敵ではなかった。
魔に堕ちた魂は消滅しながら、積もり積もった恨み言を吐く。
『許さない、許さないぞ南孝昭!永遠に呪ってやる!』
天井まである魔物の顔はほぼ燃え尽きて、濁った赤い目が、最後に千早を睨む。
それは憎しみに凝り固まった、壮絶な眼差しだった。
『よくも邪魔をしたな。許さないぞ御乙神一族よ。お前達を絶対に許』
魔物が燃え尽き、傾いた社長室には風の音と外界の遠い喧騒が聞こえていた。
後ろ手を付いて忘我していた南社長は、魔物が消滅した事を感じ取ったようで、座り込んだまま、しゃっくりの様ないびつな笑い声をあげた。
「……自分のミスで失脚したくせに、人を逆恨みして挙句あんな化け物になりやがって。悪いのは自分の脇の甘さだろうが。
恨むなら自分の頭の悪さを恨めよ能無しめ」
おい、と声をかけられ、その声を聞いた秘書は、笑う膝で無理矢理立ち隣の部屋へと向かう。
銀色のアタッシュケースを運んできた秘書からそれを奪うように受け取ると、ガラスくずや天井の破片やらで荒れた床に置き、開く。
ケース一杯に詰まっていたのは、日本銀行の大帯封が掛かった一万円の新券だった。
そこから二つ大帯封の塊を取り出し、一度手を止め、塊をもう一つ加えてから、秘書が手渡した絹の風呂敷に包んで結ぶ。
風呂敷包みを持って立ちあがった南社長は、服装こそ乱れているが、既に普段の自分を取り戻した様子で、しっかりと飛竜健信を見据えて風呂敷包みを手渡す。
「この度は本当に助かりました。ありがとうございます」
いえ、と短く返した飛竜は、契約よりも一〇〇〇万多く包まれた報酬をためらいなく受け取る。
風呂敷包みが手渡された際に、ごく小さな声で南社長が呟く。
「他言は無用でお願いします」
飛竜は口では返答せず、目線を合わせ小さくうなづいて見せた。
こちらもわずかに傾いた地下駐車場のゲートから、メルセデス・マイバッハとトヨタ・アルファードが出てくる。
南社長らの見送りを受けて、連なった二台の黒の自動車は夜の街を走り去っていった。
走行中の車内とは思えない静けさの中、千早は沈黙していた。
呪詛の礎を撃破した時、千早の霊能の視野にあるビジョンが流れ込んで来た。
必死の形相で走る中年男性。
何かから逃げている様子だった。
眼鏡を掛けていたが、その顔は壁に浮かび上がった魔物に間違いなかった。
やつれ果てた彼がたどり着いたのは、山奥の古びた社。
知る人ぞ知る、供物を捧げると憎い相手を呪ってくれると言い伝えのある社だった。
『俺を、俺の命を捧げるから、あいつらを、南孝昭を殺してくれ!どのみち俺は殺される。
どうせ死ぬのならあいつを道連れに、苦しめるだけ苦しめて死にたい!俺を散々利用し裏切ったあいつを殺してくれ!』
場面が変わり、大規模な足場の組まれた工事現場で、ダークスーツの男達に取り押さえられた男性と、南社長が映る。
南社長が顎で合図をすると、必死にもがく男性は地面に穿たれた巨大な穴に放り込まれた。
直径が五メーターを超える大穴は深さもかなりあるようで、男性の叫びが遠く細くなっていく。
そして重機が稼働し、錬成されたコンクリートが流し込まれる。
男性を穴に放り込んだダークスーツの男達は、南社長のボディガードだった。
重く黙り込んでいる娘に、飛竜は前を見たまま声をかける。
「千早。人間を踏み外し魔物に堕ちた者は、絶対的な悪だ。
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「……せめて社長に、慰霊を、謝罪を勧めるべきでは。これはあまりにも……」
「駄目だ。魔物に同情するな。どんなに追い詰められても魔物に堕ちた者は、もう人間ではない。そんな考えでは付け入られるぞ」
父親の強い口調に、千早はまた黙り込む。
車外を流れる、都心の華やかな夜景を見ることもなく、千早は萎れたようにうつむいた。
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