闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希

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終章

1, 新名主と妃杉

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 病院のリハビリルームは春めいた日差しに照らされ、トレーニングマシンの並ぶ室内はまぶしいほど明るかった。

 そんなリハビリルームで、ジャージ姿の新名主しんみょうずたかし妃杉きすぎ孝晴たかはるはベンチで雑談している。

 今は本日のリハビリメニューをひと通りこなし休憩中なのだが、四〇がらみの男二人が紙コップ片手にだれている姿は、激務にへばったサラリーマンにしか見えない。

「結局せきは入れないまま、二人で高校に通い始めたそうだ」

「そうなのか。もう一緒に住んでいるって聞いたから婚礼が先かと思っていたが」

「いや、娘が聞いてきた噂では、あきら様は早く身を固めたがっているそうだが千早ちはや様がしぶっているらしいぞ」

「どうして?一年前の戦いの時は終始ラブラブで、もう二人の愛のパワーで勝利したようなもんだとか聞いたぞ。後からよくよく考えたら、ひかる様が不憫ふびんすぎて泣けてきたと誰か言ってたな」

「……愛のパワーとかラブラブとか、四〇過ぎたおっさんが言うなよ恥ずかしい。奥さんにドン引かれるぞ」

「いやだって、他にぴったりくる言葉を知らないし。しかし何でだろうな。何が問題なんだ?」

「分かる訳ないだろ若いお嬢さんの気持ちなんて。自分の娘の考えてることすら分からんのに」

 新名主は肩をすくめてみせる。こんな他愛たあいない動きも、数か月前はできないほど体は動かなかった。


 御乙神みこがみ一族の存亡そんぼうを賭けた戦いから、もう一年が過ぎようとしていた。

 神刀しんとうの使い手であった御乙神みこがみ織哉おりやが魔物となり一族を襲い、それからわずか数ヶ月で分家ぶんけの数は半数以下まで減った。

 あの時期はまさに地獄絵図じごくえずだったと、新名主は苦く思い返す。

 新名主も妃杉も、戦いのさなか重傷を負い戦線から離脱りだつした。

 意識を取り戻した時はもう桜が散る頃で、すでに戦いは終わっていた。

 そして家族から、一族を滅ぼすとされていた『滅亡めつぼうの子』の真実、御乙神織哉の真意、そして一族が襲われた理由を聞かされたのだ。



 魔物をめっする事、それは新名主も妃杉も当然だと思ってきた。魔物に堕ちた理由はあれど、生きている人間をおびやかす存在は悪であると思ってきた。

 うたがうことなど微塵みじんもない、子供の頃から常識としてった、確固たる価値観だった。

 しかし今回の事で気付かされた。魔物の立場を考えてみるようになった。

 魔物に堕ちれば魂はけがれる。おそらく輪廻転生りんねてんしょうも叶わない。

 そこまでしてでも復讐を選んだ魔物の心情を、今まで真剣に考えたことはなかった。 

 ―――自分達の生業が、恨みをかっている事に気付けなかった。
 

 その代償は大きかったと、新名主しんみょうずは思う。
 
 屋敷どころか城のような規模だった宗家屋敷そうけやしき跡形あとかたも無くなり、一〇件の離れも広大な屋敷森もすべて吹き飛んだ。

 建物などまだいい。殺された者たちの命はもう、帰ってこない。
 
 
 昨年の十二月に、分家当主の招集があった。どうやら宗主は、新名主しんみょうず妃杉きすぎが動けるようになるのを待っていたようだった。

 その時、同席していた明が分家当主たちへ言い渡した。

『俺は復讐をあきらめたわけじゃない』

 こおり付く分家当主たちを前に、若い日の御乙神織哉と見紛みまがうような青年が、鋭い眼光で淡々と告げた。

『御乙神一族が、また力におぼれ人の道を踏み外すことがないか、俺の一生をかけて監視する。次に横暴を働いたときは絶対に容赦しない。星覇せいはを振るう。―――それが俺の復讐だ』

 それだけを告げて退出した。それ以来御乙神明は、公的な場所には姿を見せていない。


 どんな理由があれ、彼の父親は一族の者たちを多数手にかけた。その意味を身を持って知っているから人前に出ないのだろう。

 おそらくこれから先も、余程のことがない限り御乙神一族に関わるつもりはなさそうだ。

 彼は年齢の割に、自分の立場が客観的に見えている。そんなさかしい所も父親とよく似ているが、少々真面目すぎるところが気になる。

(父親とそっくりで国宝級のイケメンなのに、やっぱり織哉様と同じで優しすぎて損しやすいタイプだよな)

 織哉は内心、自分の地位をうとんでいたのに兄のため宗家に残っていたことを思い出し、新名主はまたガラにもなく切ない気分になる。

「なあたかし

 五部ごぶ咲きの桜を窓越しに見ながら、妃杉が口を開いた。それはどこか、重い口ぶりだった。

「……俺とお前が生き残ったことを、どう思う?」

 問われても、新名主は答えを返さない。――返せない。

 御乙神一族の半数が殺害された。新名主も妃杉も織哉の攻撃で生死のさかいをさまよった。奇跡的に一命をとりとめたが、今もリハビリが必要な状態だ。

 けれど、死ななかった。新名主が受けた刀傷かたなきずは即死ラインぎりぎりの深さで止まり、妃杉の胸をつらぬいた矢傷やきずは、ほんのわずか、心臓をれていた。

 これは偶然なのか、故意なのか。たくさんの命が失われたのに声高こわだかに話す内容ではないし、事の当事者はもうどこにもいない。

 真実はもう永遠に分からない。それでも、妃杉と新名主はその答えが知りたいと思った。

「桜の咲いているうちに墓参りに行かないか?織哉おりや様の」

 問いの答えを返す代わりに、新名主は提案する。


 明の希望通り、佐藤唯真さとうゆまの遺骨は宗家の墓所にほうむられた。
 
 織哉の遺骨はちりになり遺品も残っていないので、名前だけを小さな墓石に彫り、宗家の墓所にひっそりと建てられた。

 一族の者を多数殺害した織哉を、さすがに宗家の墓に葬ることはできず、織哉と唯真の墓は別に建てられたのだ。

 そして佐藤唯真は、正式に御乙神織哉の妻として宗家の家系図に明記された。入籍の手続きも行い、戸籍には『御乙神唯真』として名を記載された。

「そうだな、季節も良いし、酒でも持って行こう」

「織哉様の好きだった銘柄めいがらを持って行くか。墓の前で俺たちで飲もう」

「……それ、嫌がらせにならないか?これ以上祟られたらたまらないぞ」

「ちょっとぐらい良いだろう、からかってやろうぜ。昔俺もさんざんからかわれたしな。お前なんか昔奥さんが織哉様に夢中だっただろう。ホントにお騒がせなお人だったよなぁ」

「言うなよそれ……。ホントに何をするにも派手な人だったよなぁ」

 中年男性たちが、子供のような顔で笑い合う。

 もうすぐ正午。春の日差しが、なおうららかにリハビリマシンを照らしていた。


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