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第五章 真実
真実(1)
しおりを挟む宗家屋敷を包む様に広がる屋敷森はうっそうとし、暮れかけた空に黒い境界をえがいている。
その屋敷森の中には、点在する離れの他いくつかの整備された広場が作られていて、上空から見るとその場所は穴が空いたように木々がとぎれていた。
屋敷森の中心近くに位置する広場には、今、点々とかがり火が焚かれ、地面に難解な文字や記号が並ぶ円陣がえがかれている。
それは『波長の回路』をつなぐための魔法陣だった。一般社会では西洋魔術のものが有名だが、同じ効力を持つ呪術が日本の霊能術家にも存在する。
求める効果が発現するよう、霊的な力を持つ文字や記号を組み合わせ、作動させるための霊能力を入力する。魔法陣は、ある目的を達成するために理論的に組み立てられた、出力機械の様なものだった。
夕方の風に、白い花弁が舞う。花の季節を迎えた広場は、周囲に植えられたソメイヨシノが満開となっていた。
本日夕方、満月が昇る時。御乙神一族の存続を決する戦いが始まる。
中央に円陣を組んだかがり火が燃え、その周囲を紙垂が下がった荒縄が幾重にもかこみ、さらに外側には術師たち四〇名弱が円陣を組む。
少し離れた場所に立つ東屋で、戦力外の者たちと共に、三奈と義人も決戦にいどむ同胞たちの姿を見守っていた。
東屋にいる戦力外の者たち全員が、御乙神一族の術師の正装をまとっていた。
正装は、覚悟のあらわれだった。万が一この戦いに敗北すれば、もはや御乙神一族に生き残る術は無い。
今回の戦いに、一族の存続、ひいては自分の命がかかっていると、みな理解しているのだ。
特注のショットガンを腕に抱く義人が、広場の入り口、屋敷森をめぐる白い土道を歩いてきた人影を見つける。
もの静かにやり取りをしていた術師たちが、気付いた者からその人物たちを見やる。皆の意識が歩いてくる二人に集まっていくのが感じられる。
術師たちの中心にいた宗主・御乙神輝は、出迎える様に二人に向かって歩きはじめる。
純白の正装をまとう千早は、ミディアムボブの髪をハーフアップにして銀の髪飾りで留めている。
連れだって歩いてきた明も、純白の正装をまとっていた。術師の正装をまとう明を、一族の者たちはそれぞれの思いをいだきながら見ていた。
中年世代から上の者たちは、遠い記憶の中の、まさに生き写しである神刀・建速の使い手を思い出していた。
若者たちは、美しさと雄々しさが同居した、奇跡のような外見に圧倒されていた。
明は母親から西欧の血を引いていて、それが肌色や体格に現れている。優れた容姿と内面からかもし出される雰囲気が、飾り気のない正装を豪華に見せていた。
明の正装を見たのは、輝は子供の頃以来だった。明はある時期から正装の着用をはげしく拒否しはじめて、結局輝明が折れたのだ。
千早は明の正装を見たのは初めてだった。部屋から出てきた明を見た時、不謹慎ながら見惚れてしまった。
明の容姿がずば抜けているのは理解しているつもりだったが、御乙神一族の正装がここまで明を引き立たせるとは思っていなかった。今まで見てきた、どの服装よりも似合っていた。
明は、やはり生まれついての御乙神宗家・神刀の使い手なのだと感じた。これが明のいつわりない本性なのだと。
自分との立場、住む世界のちがいを悲しいほど実感しながら、それでも胸が焦がれるようだった。
―――惹かれて、焦がれて、愛しくて。
輝が何か言おうとした時、明は、なにげない様子で千早の髪に手を伸ばした。
「明?」
「桜の花びらが付いてた」
「ありがとう。来る時、道脇に桜が咲いていたものね」
何のためらいもなく髪に着いた花びらを取る明と、それを避けもせずすんなりと受ける千早の間に、距離というものが感じられない。違和感のない、寄り添っているのが自然な二人の様子だった。
遠目にそれを目撃し、三奈と義人は何ともいえない顔つきになる。
(……新婚さんいらっしゃい……)
いえ別にいいんですけどね、と義人は心の中でだけつぶやく。
わずかに微妙な表情になった輝だったが、すぐに切り替え、明を見やる。
「来てくれてありがとう。一族を代表して、礼を言う」
そして深々と頭を下げた輝だったが、背後の動きに気付いて、慌てて振り返る。
新名主家を除く、生き残りの分家当主たち十二名が土下座をしていた。こんなことは、何の打ち合わせもしていなかった。
突発に起こったその行動を見て他の術師たちも、次々にひざを付き顔を伏せていく。
輝の背後、すべての術師たちが地に伏せた時、男の声が広場にひびく。
怒鳴るわけではなく、相手によく聞こえるようにと張り上げた声だった。
「明様、過去のこと、大変申し訳ありませんでした―――」
当時の心情もおのおのの事情もそれぞれ色々あるけれど、言うべきことは一つだけだった。
われわれが悪かった―――その一心で地に伏せた分家当主以下術師たちを、千早はおどろき見る。そして、かたわらの明をふりあおぐ。
明は、かたい表情で地に伏せる術師たちを見ていた。
けれど千早は気付いた。その表情に以前感じた、取り付くしまのない拒絶感が無いことに。
地に伏せる配下たちの姿に、輝はすぐに動いた。
分家当主たちの先頭にひざまづき、ためらいなく皆と同じく、地に頭を伏せた。
「己が力を過信し、何の罪もないお前たち家族の命を奪ったこと、本当に申し訳なかった。一族の総意として謝罪する」
地に伏せる同胞たちの姿に、東屋に待機していた戦力外の者たちも東屋を走り出て地に伏せていく。
「俺たちが悪かった。本当に申し訳なかった」
芝生張りの地面に伏せる純白の一団をながめ見て、明は口を開いた。
その表情は、きつく、きつく眉根が寄せられていた。
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