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第四章 決断
決断(9)
しおりを挟む夕方、タクシーを使って帰宅した輝は、自室に入るなりあぜんとした。
四人掛けのソファに、数時間前に今生の別れを告げたはずの従兄弟と元婚約者が座っていた。
向かいの一人掛けソファに座る義人は、一〇〇〇回ため息を吐いたような顔で輝を見る。
「あの、申し訳ありません輝様……」
千早は立ち上がり輝に向き合う。涙にうるんだ目で、しっかりと輝を見すえる。
「輝君。今日は私も話があったの。明日私も戦う。それを……伝えたかったの」
戦いに加わる『許可』を取るつもりはない。参加すると『伝えたい』だけだった。
千早の言わんとしている事を読み取り、輝が口を開こうとするが、それをさえぎる。
「これが最後だから。育ててもらった御乙神一族へ最後の恩返しがしたいの」
「でも千早ちゃん、君は……」
「これが私の最後の『試練』だと思うの。ご先祖様が教えてくれた」
千早はにぎっていた銀の髪飾りを輝に見せる。
先代の異能の女性が告げた『人生で最後となる、恐ろしいものと戦う試練』とは、きっとこのことだと千早は感じたのだ。
この試練から逃げてはいけない。そのために彼女はこの髪飾りを残してくれたのだ。
あらためて銀の髪飾りを胸に抱いて、千早はうったえる。
「正直私も怖い。自分がどうなるか分からない。でも、ご先祖様がわざわざ言い残してくれたことをちゃんと守りたいし、なにより輝君に恩返しがしたい。
これだけたくさんのことを世話になっていて、何も返さず自分だけ守られるなんて、きっと後で後悔する。この先、胸を張って生きていくためにも、私なりのけじめをつけさせてほしいの」
しっかりと顔を上げて輝の目を見てくる千早は、以前の自信なさげな様子は見えなかった。
優しげな中にも芯の強さが生まれていた。
彼女も、いつの間にか大人に近づいているのだと輝は感じた。自分だけではない、人は皆、時が過ぎ成長していくのだと。
「お前ら御乙神一族を許したわけじゃない。母さんの復讐をあきらめた訳じゃない」
ソファに座ったまま輝の方を見ずに、明が独り言のように言う。
「ただ……今の父さんを見ていると、あれは何か……ちがうと思った。
俺は……相手に自分らのやったことがどれだけひどい事だったか自覚させ、謝罪させたい。それで母さんが帰ってくるわけじゃないが、どれだけ母さんが怖かったか、痛かったか、無念だったか、思い知って反省してほしい。
俺が本当にやりたいことは、多分その辺だ」
輝は明の広い背中をじっと見ている。その視線を感じているのかいないのか、明はただ淡々とみずからの心の内をこぼす。
「今の父さんのあれは、ただ自分を見失った末の虐殺だ。父さんのあんな姿を見たら、母さんは……本当に悲しむと思う」
遠い記憶の中の、仲の良かった両親。母を見る父の優しいまなざし、そして花が咲くようにうれしげな母の笑顔を覚えている。
今の父とは似ても似つかない。死んで存在が消えたよりもまだ酷い。別の恐ろしい存在へと生まれ変わってしまった父のことを、母はどう思っているだろう。
「父の暴走を止めたい。明日、戦いに参加する理由は、それだけだ」
「明……」
一時、黙り込んだ輝は、その場で深く体を折り、頭を下げた。
「ありがとう……」
背中に汗をかきながら事のなりゆきを見守っていた義人は、心の中で盛大に胸をなでおろす。
(よかったぁ……)
今の今まで、明は胸の内を明かさなかった。別邸には行かない、戦いに参加すると意思表示した千早に付いてきた体だった。
沈黙をつらぬく明に、義人は言葉をつくして輝明や輝の尽力、そして自らも一族の一員として謝罪の意を伝えた。
そして輝の帰りを待つ間の沈黙は、まさに地獄のような息苦しさだった。
輝の命を破って説得にふみ切って良かった。事務方としてできる最大限の仕事を果たしたと、義人は自分を盛大にほめた。
今夜初めて五人でテーブルを囲み、三奈の用意してくれた夕食を味わった。
いつも通り三奈の料理はおいしかったが、メニューは少しばかりちぐはぐな、和洋折衷のものだった。
豆腐の田楽に鶏のから揚げ、なぜかエビグラタンと手作りのホールケーキがあった。
メニューの組み合わせについては、四人とも多少違和感を感じたが、特に口には出さなかった。
なぜなら各自、自分の一番の好物がメニューに入っていたからだ。
明は豆腐の田楽、輝はエビグラタン、義人は鶏のから揚げ、千早はあこがれていた生クリームとイチゴのケーキである。
三奈の心づかいを知らずしらず堪能し、夕食はお開きとなった。
夜もふけ自分の離れに戻った千早は、寝間着の浴衣にコートをはおり、再び離れを抜け出していた。
乾かしたばかりの髪はまだ少し湿っていて、夜気の寒さに冷やされてくる。今夜は花冷えの夜だった。
冷え込む外気に反して、千早の身体は熱を持っているようだった。
心臓が、鼓動が外に聞こえそうなほど強く打っている。風呂上がりのせいだろうか、ほおもほんのりと赤く染まっていた。
千早の足が止まる。明の使っている小ぶりな離れは、木陰にかくれた玄関を、レトロな和風外灯があわく照らしていた。
白いボタンの呼び鈴を押し、しばらく待つと、ガラスの引き戸がうすく開く。
おどろいた顔をのぞかせた明に、千早は自分を落ち着けて要件を告げる。
「明。話したいことがあるの。入っても、いい?」
しばし無言で、そして明は千早を迎え入れる。
千早に気付かれないように、小さく息を吐いた。千早の通った後にふわりと香る甘い匂いに、また息を吐きつつ目をつむった。
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