闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希

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第四章  決断

決断(3)

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 離れに来た目的を思い、千早ちはやはわれ知らず手を強くにぎる。息をひとつ吐いて、自分を落ち着かせてから玄関の呼び鈴を押した。

「明。お菓子を持ってきたの。よかったら一緒にお茶を飲まない?」

 声かけをしてから少しして、和風の引き戸が開く。

 少し開いた扉から千早を見た明は、さっしたのか追い返すことはなく千早を離れに入れてくれた。小さな庭が見渡せる客間へと案内する。

 千早が手土産に持ってきたのは、生姜しょうがの入った砂糖菓子、生姜糖しょうがとうだった。

 見た目は少し地味な菓子だが、生姜の風味と上質な砂糖が絶妙ぜつみょうに合わさってとても美味しい。明も好きな菓子だった。

 お茶は明がれてくれて、千早は包みを開け、一口大で白い和紙に包まれた生姜糖を皿に盛る。

 あめ包みにされた生姜糖は、白、桃色、緑とあり、うっすら色がすけているのがつつましくかわいらしい。


 昼間とは思えないほど静かな和室で、ふたり向かい合いお茶を飲む。

 ここ数ヶ月あまりにもめまぐるしく色々な事が起こり、こうやってふたりで過ごしていた頃が遠い昔に思える。

 たった半年くらい前なのにね、と、心の中で思いながら、千早は素朴そぼくでかわいいお菓子から目を上げる。

 明は、じっと千早を見ていた。何か話があると分かっていて、切り出されるのを待っている様子だった。


 先に口を開いたのは、明の方だった。

「体調はどうだ?ちゃんと眠れてるか?」

 こんな時でもまずは体調の心配してくれる明に、千早は思わず苦笑してしまう。

 くすくすと笑い出した千早に、明は憮然ぶぜんとする。

「何で笑うんだ」

「だって」

 茶碗を置いて、生姜糖しょうがとうの包みに手を伸ばした千早は、ふたつ取ってひとつを明に差し出す。

「私……明からしたら、すごい子供なんだろうなって思って。心配ばかりされてるから」

 差し出された生姜糖をなんとなく手を出し受け取って、明は少し複雑な顔をする。千早の言葉の意図が読めなかったのだ。

 笑みを消して、千早はまっすぐに明を見る。かたい表情には、懇願こんがんの様子があった。

 明も千早を見つめる。千早が何を言いに来たかは、うすうす分かっていたようだ。

「明は、今でも、お母様の敵討かたきうちを……あきらめていない?」

 明も茶碗を机に置いた。受け取った生姜糖をにぎって、右手を机の上に置く。


 今まで千早には見せたことのない、かたく冷たい表情で明は千早を見る。

 デリケートな領域に土足どそくで踏み込んでいる事は理解しながら、それでも千早は言葉をつらねていく。

(勇気を持って……!言うべきことを、言えるようにならなきゃ……!)

 それができなければ、自分はいつまでたっても明から子ども扱いされるだろう。

 強くならなければ――あの日、明に泣いて誓ったことを守ろうと、千早は御乙神みこがみ一族への復讐をあきらめさせる説得せっとくを説く。

「明も知っていると思うけど、もう御乙神一族は半分にまで減っている。そして『滅亡めつぼうの子』の件の対処はまちがいだったと認めている。みんなあなたに申し訳ない事をしたと後悔してる。
 これじゃダメ?ここまで追いつめられても、まだ御乙神一族を許せない?」

 輝の先視さきみで視える未来を聞いた。全てのカギは、明の心ひとつだということも。
 
 次々に入る訃報ふほうを聞くのは本当に辛かった。休みなく戦いに出るひかるや分家の術者たちを見送るのも辛かった。

 みな必死に、家族を、同胞どうほうを守ろうと正に身をけずっている。

「ねえ明。襲われて亡くなったのは大人だけじゃないよ。子供も亡くなっている。あなたが一度命を落とした年齢と同じくらいの子供も……殺されてしまった。
 その子たちもあなたと同じで、事情なんて何も分からなかったんだよ?今もまだ、生き残った分家の子供たちが屋敷に逃げてきている。
 あの子たちは何も知らないし、何の関係もない。この子たちだけでも守ってあげたいの。だから、星覇せいはの力を輝君に貸して欲しい……」

「千早。屋敷を出ていけ」

 愕然がくぜんとした千早が、明、と悲壮ひそうな声を上げる。
 
 凍るような眼で言葉を失った千早をにらみ、明は低い声で告げる。

「お前は御乙神一族の人間じゃない。自分を誘拐ゆうかいした一族のために命をかけることなんてない。このまま宗家屋敷にいたらそのうち必ず戦いに巻き込まれる。早く本当の両親の元に帰れ」

 今まで聞いた事がない明の声音に、千早は泣きそうになる。

 けれどここで退く訳にはいかなかった。ふるえそうになる身体を手をにぎって耐えて、声を張り上げる。

「今は帰れない。ひかる君が、お世話になった人たちが大変なことになってる。いざとなったら私も戦えるんだから、残って輝君に力を……」

「だからそれが駄目なんだろう!おまえはもう呪術を使ったらいけないんだ!自分を誘拐した連中を守るために自分を犠牲にするつもりか!お人好しにもほどがあるぞ!」

 とうとう声を荒げた明に、千早は涙目になる。それでも退かず、自分の思うところをうったえる。

「今日の話し合いで、輝君は魔物を……御乙神みこがみ織哉おりや召喚しょうかんして決着を付けることを決めたの。
 もう、最後の賭けに出たの。輝君はちがえてでも御乙神織哉を仕留しとめるつもりなのよ。ひかる君、一族のために命を捨てる覚悟なの……だからお願い、力を……」

 話をさえぎって明が怒鳴どなった。千早は初めて聞く、いら立った声だった。

「何がそんなに心配なんだよ。お前はもう輝の許嫁いいなずけじゃないだろう、御乙神の人間じゃないんだから。
 自分で決めた事ならほっとけよ、アイツの大好きな御乙神一族のためだろう!」

 懇願こんがんしていた千早が言葉を止める。代わりに、こらえた顔からぼろぼろと涙の粒が落ちていく。

「そんな言い方……ないんじゃない?輝君はいつでも一生懸命、一族の事を、皆の事を考えてる。
 今度も、命を捨てる覚悟で戦おうとしている。自分は何もしていない十八年前の責任を負って。
 まだ……十八歳だよ?いくらうらんでいる相手でも、人が必死に頑張っていることを、けなしたりしたらいけない……」

 ぼろぼろに泣いている千早が、席を立った。逃げるように客間を出て行く。

 魂が抜けたように呆然自失ぼうぜんじしつとしていた明は、玄関の引き戸が閉まる音がして、ようやく我に返る


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